2015年4月19日日曜日

春を贈る






「ママ、マダムに電話をしてあげて。」
帰宅した途端、長女バッタが心配そうな顔をして告げる。マダムとは真向いの家に住む未亡人のマダム。昨年、80歳の誕生パーティーを祝っていた。ご主人を亡くして5年になろうか。ノルマンディーに住む娘さんのところに、呼ばれては行くものの、「娘の家であって、私の家ではない。」と言っては一人で住まい、ペンキを塗ったり、庭仕事をしたり、かくしゃくとしている。ただ、二年前に泥棒に入られ、ご主人の趣味の猟銃を全て盗まれており、以来、家の周囲にビデオカメラを至るとことろに設置している。ご主人の書斎は今やモニターが幾つもあり、ちょっとした警備室さながら。それでも、モニターが作動しない、ビデオが動かない、電源が入らない、など、常に何か問題が生じ、その度に近所仲間に手助けしてもらっていた。我が家も何度か助っ人に行っている。いつも家の窓は開け放たれ、庭で作業をしながら、通りゆく人々に声を掛け、人生談、政治問題、明日の天気など、とにかくあらゆる話題で盛り上がり、この近隣にマダムを知らない人はいないだろうし、マダムが知らない人はこの近隣者ではないとさえ言えるほど。






慌てて電話を掛けてみると、長女バッタの想像以上に大事になっていた。バッタ達や私が、見知らぬ人や押し売りにインターフォンで応対していると、真向いの窓から、大きなバツを両腕で作って気を付けなさいよ、変な人を家に上げちゃだめよ、と伝えていたのに、どうやら、マダムは知らない人を家に通してしまったらしい。近くで工事をするので、お宅の木を駄目にしたくないので、庭の奥がどうなっているか教えてほしい、と言われたらしい。その日は、ガレージの親父さんが特別サービスをしてくれたこともあり、なんだか人に親切にしてあげたい気持ちで溢れており、どうぞ、どうぞ、と庭に通してしまった。その間に、仲間の二人が家に入り、マダムの亡くなったご主人の腕時計や、ノルマンディーの娘さんに渡そうと思っていた、ちょとした額の現金をごっそり盗ってしまっていた。厭らしいことに、その仲間二人は、ご丁寧にも警察の腕章をつけており、庭のマダムのところに笑顔でやってきて、挨拶したとか。



とにかく、マダムはパニック。泥棒に入られたのではなく、私がどうぞと門を開け、入れてしまったのだ、と自分を責めてばかりいる。会いに行けば、おいおいおいと泣き崩れる。臺灣の妹が沖縄に行った時にプレゼントしてくれた魔除けシーサーの置物を見せると、漸く笑顔になる。シーサーをマダムの手に載せる。「このシーサーがマダムを守ってくれます。」


木曜の夜、土曜の朝、土曜の夕方、日曜の朝。帰宅時、または外出しようとする時、マダムは待っていたかとばかりに門から出てきて小一時間、自分を責める言葉を重ねる。ノルマンディーの娘さんは母親に会いにこないのだろうか。息子さんは。皆、それぞれ、それぞれの事情があるのだろう。我が家に泊まりにいらっしゃいませんか、と誘うが、その必要はないと言う。


マルシェで真っ赤な苺を手にする。冷蔵庫に生クリームの瓶があったことを思い出す。マダムの心が一瞬でもぱっと明るくなってくれれば。温かな春を贈ろう。










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