「お母さん、いらしてください!」
土曜の午後。ヴァイオリンのレッスンをしているバッタ達を余所に、ママ達同士でおしゃべりに余念がない。これまでは子供たちのレッスンには必ず同席し、音楽を楽しんだものだったが、どうやら、そういった母親の思いが煩わしいと思う年頃とかがあるようで、別に頼まれたわけでもないが、二回に一度は日向ぼっこを決め込んでいた。同年代のママ達とティーンを持つ親の悩みや、日常の他愛もないことを話すことは、実に良い気晴らしになる。気の置けない仲間とのおしゃべりこそ百薬の長であろう。
そこに、呼び出しを受けてしまう。
鳶色の瞳を大きく見開いて、ポーランド出身のアナマリアは、信じられないといった様子で報告する。末娘バッタに弓の持ち方を指導している際、どうも様子がおかしいので正してみると、指が痛いとか。アナマリアが末娘バッタの弓を手にしてみると、確かにフロッグの形状が固く、指の原を痛め、しっかりと持てないという。母親として、知っていたか、と聞かれてしまう。
末娘バッタの顔を呆れ顔で見てしまった。全くそんなことは聞かされていなかった。しかも、その弓は、息子バッタから譲られた4分の3のヴァイオリンと一緒についてきたもの。つまり、もう2年近く使っていることになる。黙っていたのか。
「これが当たり前かと思っていた。」
いや、だって。肩当てが合わない、顎当ての場所を端から中央に変えると言っては、何度アトリエに通ったか。いや、待て。いつだって、それは姿勢の悪かった息子バッタの為であったか。
ふと彼女のジーンズに目をやる。膝に穴が開いている。長女バッタのお下がり。この間、膝を突いて破れてしまったと言っていた。そう言えば、このところ急に背が伸びたのか、これまでのズボンは小さくなったと言っていた。長女バッタのジーンズではぶかぶか過ぎるとか、生意気なことを言っていたが、確かに足の長さは私と一緒。一方でウエストや脚の細さが一緒の筈がない。未だにインパラやガゼルの肢体。そうか。一本だけ履けるジーンズを何度も洗って生地が薄れていたに違いない。
遠慮、か。
四泊五日の学習旅行に行って主のいない部屋に入る。ベッドメーキングは綺麗にされており、洋服ダンスも整然と片付いている。旅行の用意も一人で全部揃えていた。現金が手元にないと言えば、自分のお財布からお小遣いを出していた。朝早く空港で集合と言うので、こちらとしては冗談で、近所に友達はいないのかしら、と言えば、一人で友達と一緒に早朝出ていくように取り計らっていた。
末っ子って、もっと甘えん坊なのかと思っていた。
遠慮、か。
息子バッタを連れて買い物に行く。末娘バッタのジーンズを3本、彼女の好みのシンプルでスリムなものを買う。Tシャツも一つ選ぶ。ついでに、矢張り大きくなった息子バッタのトレーナー、Tシャツを購入。
末娘バッタの友達のママからSMS。「空港の夜の迎え、良かったら家の子と一緒に連れて帰るわよ。」
申し出に感謝するも、丁重に断る。
「ママ、迎えに来てね。」と小さく囁いた末娘バッタの声が未だ耳元に残っている。
それで、どの便で帰るんだっけ。
どうも三人目となると親は緊張感が薄れてしまうらしい。手渡された筈の旅行計画の紙が見当たらない。それでもね、愛情だけはこんこんと湧き出ているのよ。末娘バッタの思わぬ遠慮の様子が、意外に自分の子供時代に似ている気がして頬を緩める。ヴァイオリンも遂にフルサイズを見なくては。今度の週末は、一緒にアトリエに行こう。
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皆さんからのコメント楽しみにしています
いぢらしい…!! ^^
返信削除ニコちゃん♡
返信削除コメントありがとう。ちょっと我慢しちゃうタイプなのよね。ちゃんとむぎゅっとハグしてあげようと思うわ。
そうしてあげて ^^
返信削除我慢強い子なのね
ニコちゃん
返信削除「ママ、お尻は触らないでよ!エッチ!」と言われてしまったわ。う~ん。急に大人になっていくティーン達。彼らも戸惑うこと多いだろうけど、こっちも戸惑うわぁ。^o^