小ぶりな生姜を一寸ほど、縦に四つ切り、
粒胡椒を一つまみ、
オレンジの皮を一回り削り取り、
ホットスパイスシナモンティーの葉を小匙二杯。
これをたっぷりの一杯の水で煮立てる。
火を止めて蓋をし、じっくりとスープを出す。
最後に会ったのはいつだろうか。
ちょうど一年前の今頃かもしれない。まだ寒くてお互いに分厚いセーターとたっぷりとした外套に身を包んでいた。車に乗り込む前に、辛いだろうよ、元気だせよ、頑張れよ、と抱きしめてくれた夜。夏じゃなくて良かったのか、残念だったのか、一瞬戸惑う。が、すんなりと腕から解放され、ちょと肩透かしを食らったかのようで、慌てて運転席に滑り込む。
二人分の分厚いセーターとたっぷりとした外套が程良い距離なのだろう。お互い暗闇の中で光の線となり、それぞれの思いを抱え北回りに環状線を走り抜け、二つの光の線がそれぞれに止まり、待つ者のいない暗闇に消えていった、あの日。
いや、その後、もう一度会っている。
確か、分厚い外套など必要のない季節になっていたに違いないが、あまり記憶にない。
それから、何度か電話でやり取りをしている。
最後は途切れがちのRERの中から。
そして、日々の忙しさに埋もれてしまって、連絡は途絶えてしまっていた。
それが、いつのことだろうか。
「元気かい?」とメールが舞い込んだ。
「いろんなことに絶望している。こんなに悲観的になったことはないよ。離れようと思う。」
絶望?
子供の学校に?今の職場に?
「フランスを離れたいと思っているんだ。秋には日本にも行ってみたけど、あまり良い印象はなかったよ。今、北欧の国からオファーが来ている。ただ、家族は未知の国での生活に困惑していて、乗り気じゃない。だから、きっと行かないと思うよ。」
誰からか求められているなんて、素敵なことね。北欧なんか行ってしまうと、私が一番悲しく思うけど、きっと北欧まで遊びに行くわよ。人生には流れがあって、逆らっても、もがいても、どうしようもなく、うまく波乗りをしてエンジョイしないとね。
そんな風に返事を書いた。それに対しては特に返事がなく、それから暫くして、驚き呆れるニュースに、彼も同じように呆れるだろうとメールをする。すると朝の3時頃の時間で返事が返ってくる。ニューヨークにでも出張に行っているのだろうか。
「いや、今日、これから中国に10日ほど出張に行くところだよ。だからって早起きしていたわけじゃないけどね。このところ、悩んでいて眠れないんだ。」
ボンボヤージュ。ぜひ10日後に会おうよ。
そのメールへの返事はもらっていない。中国の出張が気晴らしになり、充実したものであったことを祈るばかり。
甘くエキゾチックな香りがキッチンいっぱいに広がっている。濾したスパイシーなスープに蜂蜜と溶かしバターを入れかき混ぜる。擂ったオレンジの皮と三温糖を混ぜ、そこにベーキングパウダーと一緒に篩った小麦粉を入れ、エキゾチックな香りのするスープで生地を作る。クランベリーを一握り混ぜ、パウンドケーキ型に入れる。アーモンドスライスをたっぷりと振り掛け、手で押さえる。
150度に熱したオーブンで小一時間。暫くすると香ばしさが鼻をくすぐる。
ヴァイオリンのレッスンの時間になってしまったので、オーブンの火だけ消して中に入れたままにする。
焼き上げて二日ばかり味をなじませるらしい。それから一週間は十分楽しめるとか。
分厚いセーターを着込み、もこもこのダウンジャケットを着て陣中見舞に行こうか。
ジンジャー、オレンジ、胡椒、クランベリー、アーモンド、蜂蜜。一口食べただけで、元気になっちゃいそうな材料揃い。
二切れ程包んで、お薦めの本を忍ばせ、庭の水仙を入れた紙袋を玄関に置いてこよう。
春は来ぬ。
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