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2023年10月14日土曜日

イガグリ小僧

 






今にも泣きそうな空だと思っていたら、突風まで吹き始めた。森の木々はごうごうと音を立てて揺らぎ、小枝、どんぐり、毬栗が、ばらばらと地面にたたきつけられる。と、ばしん、っと物凄い勢いで左腕に毬栗がぶつかってきた。


あまりの激しさと、痛さに、思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。帽子を被っているから頭に直撃される心配はないが、これは堪らない。トンカは大丈夫なのだろうか。当然のことながら靴を履いているわけでもないし、栗のイガが爪の先に入ってしまったら、痛いどころのことではないだろう。


そんなことは一向にお構いなし、といった風で、いつものように毬栗だらけの小径を小鹿のごとく駆け回っている。あまりに痛いので、そっとシャツをまくって腕を見てみると、栗の小さなイガイガがびっしりと腕に刺さっている。あっちゃあ。取り敢えず、つまめる分だけ取り除いたが、小さな赤い発疹が出始めている。トンカに比べて、なんてひ弱なんだろう。


なんだか、大雨になりそうな気配を感じるが、雨に打たれても、まあ良しとしようか。なんだか急に気が大きくなり、引き返そうかとの思いを打ち消して、森の奥に歩みを進める。トンカが、嬉しそうに飛び跳ねている。さあ、行こう!




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2023年10月6日金曜日

出会いの森

 





ばりり、ばりりと小気味よい音を立てて、コナラやクヌギのドングリの傘や実を足元で弾けさせながら森を闊歩する。隣ではトンカが負けずとばかりに、かりり、かりりと賑やかな音を立てて、栗の実を齧っている。


太陽はまだ西の空で薄っすらと輝いているが、そろそろ夕闇が迫ってきそうな気配が森中に満ちている。もうすぐ、暗闇でランプを灯しながら夕方の散歩をすることになるのか。そんな風に思いながら森の坂道を上っていると、やや遠くの栗の木の下に人影を認めた。


キノコ狩りをしているのだろう。8月の思わぬ収穫以来、気を付けてみてはいるのだが、ちっともセップを見かけていない。数日前に雨が降ったので、キノコ達がにょきにょきと目を覚まして姿を現しているに違いない。


姿が段々と鮮明に見えるようになってくると、どうやら青年らしいことが分かり、手には案の定大きめの籠を持っている。すれ違う時にお互い同時に挨拶の声を掛けていた。


「こんにちは!キノコですか?収穫の具合はどうですか?」

「こんにちは!お元気にしていましたか?」


え?知り合いの青年だったのかしら?そう思う間もなく、青年は言葉をつなげた。「森で冬に何度かお会いした方ですよね。鹿の写真を撮影していたの、僕なんです。」


一瞬、わけがわからなかったが、すぐにパズルはぴたりと収まった。嗚呼、ウィッツ!防寒具で頭まですっぽりと包まれていたので、瞳の色だけを覚えていたのだが、そうか、あの時の青年だったのか!


すごく嬉しくなってしまった。トンカにも伝わったのか、青年の周りをびゅんびゅんと歓喜のカンガルー跳びをした。青年が見せてくれた籠には、見事なセップがたっぷりと入っていた。青年の性格を表しているかのように、セップの足はどれも綺麗に削り取られ、丁寧に置かれたと思われる籠の中で鎮座していた。


夏に森で小鹿に出会った話をしたところ、大いに関心を寄せ、「僕も、母と一緒の時に、丁度ゴルフ場がある角で見たんですよ。」と教えてくれた。ひょっとしたら同じ小鹿だったのかもしれない。青年が母親と一緒に森を散歩し、小鹿を認め、二人で一緒に息を殺して小鹿を見守っている様子が目に浮かび、思わず微笑んでしまった。


僕たち、今夜はセップでご馳走です!


セップが綺麗に盛られた籠を受け取った時の青年の母親の驚きと笑顔、そして彼らの興奮した歓喜の声が聞こえてきそうだった。


それじゃあ、またね。


青年に別れを告げると、夕闇の気配が次第に濃くなってく森を、やや急ぎ足で、それでも足元に気を付けながら、セップを見逃さないようにと家路に向かった。



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2023年10月1日日曜日

中秋の名月

 





ノルマンディーに週末出掛けるという友人夫婦と食事をして、外に出たら月が出ていた。中秋の名月。中国では大々的にお祝いするとかで、何度も彼らのホームパーティーに呼ばれたものだった。初めこそ、彼女が振る舞う本場の月餅は、日本で食べる甘いだけの月餅と似て非なるもので、大いに違和感を覚えたものだったが、今ではその味が懐かしく思われるのだから不思議なものである。


そう、今年も彼女は中秋節のお祝いをしなかった。あら、忘れていたわ、と軽く受け流したが、確か去年も同じように答えていたように思う。そして、夕食はスペイン料理のタパスか、レバノン料理にしようかと言ってきたのは彼女の方だった。以前だったら、中華料理に行こうと誘ったところなのに。


こうして、彼女は徐々に、しかし確実に母国の文化や風習をフランスで再現することをやめ、フランスの文化や風習に溶け込んできている。かくいう私も、似たようなものなのだろう。それで彼女らしさがなくなるということでもない。



明月幾時有 明月 幾時よりか有る

把酒問青天 酒を把りて青天に問ふ

不知天上宮闕 知らず 天上の宮闕には

今夕是何年 今夕 是れ何の年なるかを

我欲乘風歸去 我は風に乗じて帰り去らんと欲するも

惟恐瓊樓玉宇 惟だ恐る 瓊楼 玉宇の

高處不勝寒 高き処は 寒に勝へざらんを

起舞弄清影 起ち舞ひ 清影を弄すれば

何似在人間 何ぞ似ん 人間に在るに

轉朱閣 朱閣に転じ

低綺戸 綺戸に低れ

照無眠 眠り無きを照らす

不應有恨 応に恨みは有るべからざるに

何事長向別時圓 何事ぞ 長へに別事に向いて円かなる

人有悲歓離合 人には悲歓 離合有り

月有陰晴圓缼 月には陰晴 円欠有り

此事古難全 此の事 古より全うし難し

但願人長久 但だ願はくは 人の長久にして

千里共嬋娟 千里 嬋娟を共にせんことを



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2023年9月5日火曜日

赤まんま

 





小川のほとりに、赤まんまの群れを見つけた。ピンク色の粒々が愛らしく、そして懐かしく、つい手に取って一房頂戴してしまった。


我が家に戻り、空き瓶に水を入れて、赤まんまを挿す。


フランスの子供達も、赤まんまを摘んで、おままごとをするのだろうか。我が家のバッタ達はどうだったであろうか。不思議とバッタ達の幼い時よりも、自分の幼い時の記憶の方が鮮やかに蘇ってくる。


赤まんまは、親が一緒に遊んでやる時よりも、子供同士で遊ぶ時の方に登場するのであろうか。


赤まんまと同じピンク色のバケツ、赤い小さなカップ。カップと同じぐらい真っ赤な色をした赤とんぼ。


秋はもうそこまで来ている。


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2023年8月13日日曜日

千載一遇

 






夜じゅう雨音が絶え間なかった翌朝、空の壮大さを誇示するかのように頭上でたなびく鱗雲が、朝の光を浴びて薄桃色に染まっていた。こういう時に限って、携帯を持っておらず、心のシャッターを切る。


その日は一日中、晴れ間が出てくるようで、急に薄暗くなったり、雨が静かに降ってきたりと、不安定な空模様だった。それでも、いつものように夕方になると相棒のトンカと一緒に森に繰り出す。真夏とは思えない天候ながら、それでも蒸し暑さが一瞬ぶり返したようで、長袖で歩くと、汗がじっとりと出てきてしまう、そんな日だった。


こんな日は、鹿たちはどうしているのだろうか。ところどころで出現している泥濘に足を取られないように気を付けながら、鹿の姿が見えないかと木々の間に目を走らせて歩いて行った。トンカも蒸し暑さは苦手の様で、時々珍しく地べたに腹ばいになって、ひんやりとした土の感触を楽しんでいるかのように、相棒が来るのを待っていた。


このところの雨で、巨大な白いマッシュルームが道端に出現していたが、さすがのトンカも匂いを一度嗅いだきりで、目もくれなくなっていた。変わった種類の茸を見つけると、ついカメラを向けてしまうのは、昔取った杵柄といえば聞こえは良いが、単なるカメラ小僧の習性。出会いはシャッターチャンス、それが信条なのだから、仕方あるまい。


そんなこんなで、汗をかきながらも、時々立ち止まっては写真を撮り、のんびりと森を歩いていたところ、先日小鹿と出くわした場所に差し掛かった。と、目の前の道のど真ん中に、にょきっと生えている茸が目に飛び込んできた。


むむむ。これは、まさか。


手に取ってみると、身がしっかりとしていて手ごたえがある。鼻に持っていくと、何とも言えない芳しい香りが勢いよく頭脳を直撃し、大いに度肝を抜かれてしまった。こ、これこそが、あのセップ様ではあるまいか。


バカンスの真っ最中で、森には人っ子一人いない。だからなのだろうか。まさか道の真ん中に、幻のセップ様がおわしますとは思いもよらず、これこそ千載一遇の出会い。ありがたし。


素人は無暗に森で採った茸を食すべからず、なんていうことは、百も承知であるが、この香りと、そしてむっちりとした重みは、本物でせう。間違う筈はあるまい。本能がそう伝えている。ふっふっふ。



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2023年7月21日金曜日

雨を待つ

 




このところ、猛暑とまではいかないが、とにかく雨が降らない日が続いている。パリ程天気予報があたらない場所はないだろうし、そして、空模様が頻繁に変わるものだから、誰しもが天気予報をあてにしなくなる。それなのに、つい毎朝見てしまうのは、トンカとの散歩があるからだろうか。


気温が30℃を超えそうな時は、南に面したシャッターを下ろして外出しないと、留守番をしているトンカが煮え上がってしまう。雨が降りそうな時には、全ての窓がちゃんと閉まっているか確認する必要がある。


天気予報情報によれば、午後の降水確率が80%であったとしても、いつの間にか20%となり、次第に0%になってしまうことも少なくない。だから、森の中は乾燥しきっているし、地面がひび割れしている場所も出てきている。下草は焦げ茶色だし、藪を形成している植物は項垂れている。


それが、久しぶりに昨晩は静かな雨音が聞こえていた。朝には既に大地は水分を吸い取ってしまったかのように乾いてはいたが、トンカの足取りにもしっとりとした優雅さを感じることが出来た。草原も青々とした香りが匂い立っていた。


もう少し雨が降ってくれないものか。そうしたら、出来損ないの折り紙の様にくちゃくちゃにたたまれた私の心も、湿り気を帯びてふわりと膨らむだろうのに。




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2023年6月26日月曜日

一陣涼風

 





猛暑が続いていて、特に日中はへばってしまっている。さすがのトンカも、外に遊びに行きたいとねだるので庭に出してあげても、すぐに家の中に戻ってくる。こう暑くては、どうしようもない。


そんな時は、贅沢にレモンを使って、爽やかなドリンクを作ろう。


レモンは薄いくし切りにし、大きめのグラスにたくさん入れる。できたら、レモン半個分ぐらい入れるとよい。そこに、冷えたペリエを並々と注ぐ。香り付けに、ミントの葉を数枚入れてもいい。しゅわしゅわしゅわっと心地よい音とともに、爽やかな香りが弾け飛ぶ。


一陣涼風。


お薦めです。



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2023年6月7日水曜日

笹団子ならぬ蓬団子

 






日本にて新緑まばゆい山道を散策していた時のこと。もう少し早い時期なら蕗の薹や土筆が楽しめたのにと思っていると、やわらかな蓬を発見。周りには熊笹が繁っているし、これは笹団子を作れとの自然界からの仰せに違いないとばかりに、蓬の葉をせっせと摘んだことがあった。一方熊笹といえば、葉自体はそこそこ大きいのだが、どこかが枯れていたり、欠けていて、団子を包むにはあまり適していないと思われ、その場では取らずじまいだった。


当初、笹の葉に包まれた俵型の餡子の入った草団子を作りたいと思っていたのだが、笹を別途探しに行かねばならなかったし、餡子も作っていなかったので、取り敢えずは蓬を入れた丸い団子を作ろうとなった。実はこれが大成功。


蓬はしっかりと茹でた後でも意外に硬い繊維があって、篩でへらで濾そうと試みたが、とんでもない、包丁で細かく叩く必要があった。それでも、粉と混ぜると、鶉の卵のように斑になってしまい、もう少し丁寧に包丁で叩くべきだったと後悔した。


しかし、驚くなかれ。なんと茹で上がった団子は、ちゃんと綺麗な緑になってくれるじゃあないか。更に、もっと驚いたことに、時間が経つにつれ、その緑の色の濃度が増すのであった。これが感動せずにいられれようか。そして、味も蓬のほのかな香りが、ぐっと増していくのだからたまらない。


団子も上新粉と餅粉の配分を変えることで、歯応えが変わることが楽しい。数日たって、固くなった団子を口に含んで、飴のように楽しむのも一興。こうして、日本ですっかりと蓬団子の虜になってしまった私が、フランスに戻って、バッタ達に作ってあげたいと思わぬはずがないではないか!さて、フランスでの試みは次回のお楽しみ。



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2023年4月18日火曜日

春爛漫

 






今年の三月は、気温が早朝に氷点下に落ち込むといった、例年になく寒い日が続いていたのに、4月になる頃には急に暖かくなり、気が付いて見ると春爛漫となっていた。


いつもなら、クロッカス、連翹、そして水仙など、先ずは黄色が春の訪れを告げ始め、次第にヒヤシンスが甘美な芳香を運びこみ、チューリップが黄緑色の硬い蕾を持ち始め、それが段々と赤、紫、白、黄と色付き始めると、さくらんぼ、レインクロード、クエッチ、ミラベルといった果樹の枝先が膨らみ、次々に華やかに花を咲かせ、梨、そして、林檎にと主役が移っていくのが常だった。


ところがどうだろう。今年は全てが同時に咲き始めた。ともすると、リラや牡丹まで一気に咲いてしまう勢い。


そして、森では木々が芽吹き、奥まった沼は新緑に包まれていた。さながら、モネの家の蓮池のようではないか。



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2023年4月10日月曜日

春の日の夢物語






トンカと散歩をしていると、驚くほどの記憶力に圧倒されてしまうことがある。何かに憑かれたかのように藪の中に突進する時は、以前そこで何かを獲得したことがあることが多い。鹿を追いかけた場所でも、尻尾をぴんと立ててじっと様子を窺う。恰も、あの時の鹿にまた会うことを期待しているかのようである。


トンカが神経衰弱をやれば、すごいことになるのかもしれないと思い、先ずは同じ香りをつけたペアのカードを複数セット用意すればよいのかと考えた。と同時に、トンカの場合は記憶ではなく、残り香があるから反応するので、必ずしも稀に見る記憶力の持ち主である必然性はないことに気が付いた。


自分の単純さに笑いが止まらない。親バカとはよく言うが、いやはや。


春の日が見せた夢物語。


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2023年4月8日土曜日

春よ、ようこそ!

 





日本には四季がある、と良く言われるが、フランスでは日照時間の変化の激しさで季節の移り変わりを感じると言えようか。もっと詩的な言い方はないものかと考えてみたが、今のところは名案が浮かばない。年間トータルにしてみたら、地球上どの緯度においても日照時間に変わりはない。緯度が高く、夏に白夜となるのであれば、そこの冬は太陽が全く出てこないと時期もあることになる。


フランスの場合は白夜こそないが、夏時間を採用していることからも、夜の11時まで日が暮れない日々ある。真冬には朝の8時になっても未だ暗いこともある。そして、日々、日の出と日の入りの時間が、あれよあれよと変わっていく。


ほぼ定刻にトンカと早朝散歩に出ているので、この変化が手に取るようにわかるのも面白い。このところ日中暖かいので、あちこちで雑草が随分と育って草原状態になっている。そよ風で葉先がきらめいて、波のように見えるのも、をかし。早朝は霜が降りて細い葉の周りが真っ白になり、それが朝の日差しを浴びてあっという間に緑濃くなり、葉先に小さな雫が宿るのも、をかし。


嗚呼、春よ。ようこそ!


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2023年4月2日日曜日

花より団子のお花見会

 




いつもなら大地ではクロッカス、水仙、ヒアシンス、チューリップの順で咲き始め、次第に連翹が黄金に輝き出すと、樹木の花芽がぷっくらとし出して、さくらんぼ、ミラベル、クエッチがそれぞれに純白の花を咲かせるのだが、ここにきて駆け足で暖かくなったものだから、一斉にすべてが咲き誇っている。


花が散ってしまう前にと、慌ててトンカの友人師匠と連絡し合い、我が家の庭でお花見をすることにした。あいにく我が家はトンカと私だけだったが、彼女の家族は大型プードルとスピッツを飼っていて、バッタ達よりは二、三年年下のお子さん二人がいる。皆さんお揃いでどうぞと誘ったのだが、当日旦那さんは出張で不在、そして恐らく子供達は遠慮すると思うわ、とのことだった。


天気予報はやっぱり当てにならず、良い日を選んだはずなのに当日は肌寒く、とてもではないが外でピクニックをするのは厳しい天候となってしまった。それでも、お花見決行で結構よね、と確認し合った。せっかくだけど、家の中で食べましょうよ、と。食事会は人数が大勢いた方が楽しいと相場が決まっている。ご近所の散歩仲間に声を掛け、彼女がデザートを作って持ってきてくれることになっていた。


「本当に皆でお邪魔していいのかしら。」


友人師匠からそんなメッセージが届いた。勿論よ、嬉しいわ!と返事をしながら、「皆」とは、子供たちのことなのか、犬君たちのことなのか、と疑問に思った。が、その時はその時。茶巾寿司を作ろうと準備をしていたし、海老の殻でとった出汁はたっぷり出来ていたし、子供達が来てくれればトンカも大喜びする。


果たして。トンカが興奮し出したので玄関に出てみると、おお、大型プードル君、ちびっこスピッツ君を引き連れ、お子さんたちも一緒に、友人一家がお揃いでやって来てくれた。「息子の友達も呼んじゃったのよ。いいよね。」というので、最初は犬君の友達かと勘違いをしてしまったが、高校生の友達のことであった。大笑い。勿論よ!




トンカは訓練をした甲斐なく、興奮して飛び回って皆に挨拶をしている。犬君たちは外で遊んでもらった方が落ち着くかもしれない、となったが、せっかくなのでと皆で外でさくらんぼの花を愛でることにした。ひとしきり遊びまわったり、おしゃべりをして、お腹もすいてきたし、と家に戻り、スープを温め直していると「あら!トンカが!」と、友人のお嬢さんが素っ頓狂な声を上げる。何事かとサロンに行けば、なんと、一つだけ格好が悪くできてしまった茶巾寿司をお皿に分けて置いておいたところ、それをぺろりと食べてしまった後だった。


皆大笑いをしているが、ちょっと、ちょっと、トン助よ。それはないでしょう。でもさあ、ねえ。美味しかった?寿司飯には、椎茸、人参、さやいんげん、海老が入っていたが、卵焼きはもちろんのこと、お米一粒も残さずに、食べてしまったのだから、美味しかったのだろう。もうちょっと味わって欲しかったけど、いや、そこじゃないよね。いやはや。


友人はお稲荷さん、細巻き、唐揚げをたくさん作って、お重に入れて持ってきてくれた。ジューシーなお稲荷さんは大好物。嗚呼、なんて幸せなのだろう。そして圧巻は散歩の友人のデザート。日本産のサツマイモをマルシェで見つけたとかで、サツマイモのシフォンケーキを焼いてきてくれたのだが、これが得も言われぬ美味しさ。まろやかで、軽くて、優しい味わいで、一口ごとに唸ってしまった。もう一つは、苺大福。可愛らしい赤い苺がまっしろな大福からのぞいていて、見て楽しみ、味わって楽しむ、素晴らしい出来。


花より団子とはよく言ったもので、おしゃべりと美味しいお食事に夢中になり、あっという間の楽しいひと時に。どうもありがとう!今度はもうちょっと太陽が出ていて、暖かい時に外でにぎやかにやろうね。


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2023年4月1日土曜日

旅立ちの日に

 





ネコヤナギが好きだった。あのビロードの艶やかな房が、なんの変哲もない枝からにょきりと出てくることが、摩訶不思議でならなかった。以前、道路の脇のあぜ道で、自由気ままに咲き誇っているネコヤナギの枝を失敬してきたことがある。庭の片隅に植えてみたが、残念なことに根付かなかった。


あれから、何度も同じ場所に行くのだが、刈り取られてしまったのか、ネコヤナギの姿を見かけることはなかった。


それが先日、長女バッタとトンカと午後の散歩を楽しんでいた際、小川のほとりに、それらしき枝を発見した。枝には幾つも、尖った芽の先が見え隠れし、銀色に輝いていた。ネコヤナギの季節にしては、ちょっと遅すぎはしないかと思ったが、今年は急に寒くなったり、暖かくなったり、そうかと思うと、また寒さがぶり返したりと、季節感が分かりにくい日々が続いていた。出遅れた枝があっても、いいではないか。


これから化けるぞとの生命感にあふれる枝を、申し訳ない、失敬しますよ、と手折る。トンカが眩しそうに見上げている。ふふふ。大切に持ち帰って、瓶に差して置いた。


毎日、膨らみの変化を楽しみながら、水を変えていたのだが、奇しくも長女バッタがフィレンツェに旅立つ朝、芽がぱっと出ていた。それはネコヤナギの房などではなく、黄緑色のやわらかな葉となるようだった。拍子抜けはしたが、却って愛おしく思われたことも事実。


長女バッタの旅立ちの日ということも、いいではないか。生命力あふれる、逞しい、その身体で、新たな挑戦に一人旅立っていく貴女。皆の期待なんか、かっ飛ばすぐらいの勢いで、大いに化けておくれ!


いってらっしゃい


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2023年3月15日水曜日

大根の半月切り

 





早朝の散歩に出る頃には、東の空が明るくなってきている。漸く朝らしい朝が迎えられる季節に突入したと喜んでいるのも束の間、10日後には夏時間に切り替えられてしまう。従って、日本との時差は一時間短縮されるが、相変わらず真っ暗な朝を暫く迎えることになる。


この時期にしては冷え込んでいて、手袋の中でも手がかじかんでいるのが分かる。大地は霜で真っ白となっていて、南の空には極薄の大根の半月切りのような月が光っている。それでも鳥たちは春の訪れが嬉しいのか、姿こそ見えないが、まだ薄暗い中でもにぎやかに囀っていて、楽しい一日となる予兆をもたらしてくれている。


鉢植えであっても、季節の巡りは分かるのだろうか。我が家の胡蝶蘭の三つの株が、それぞれに薄紫、純白、ピンクと花をつけていて、その気高さ、絢爛さに魅入ってしまう。


春は来ぬ、か。


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2023年2月4日土曜日

恵方巻き

 






節分となりて大阪人がすなる恵方巻きといふものを、我もしてみむとてするなれば、あやしうこそものぐるほしけれ。


具材にとぼしけれど、我が家にあるものを総動員し、作ってみるなり。


黄金の厚焼き玉子

ディジョンの粒マスタードを絡めた、しっとりむっちり手作り納豆

ぱりりと細切り胡瓜

ジューシーツナ

大塚さん手作り梅干しの紫蘇

ペルーのぽってりアボカド

炒り胡麻


カマルグの無農薬玄米と焼き海苔


切らずに食するなど、はしたなきこと、いかに縁起担ぎとはいえ、えせず。福を逃がすことにならぬようにぞ、念じけり。



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2023年1月20日金曜日

邂逅

 




うっかりと運動靴をお勝手口の外に置きっ放しにしてしまっていたので、早朝散歩に出かける際、氷点下の世界で一晩晒されていた靴に足を入れると、ひんやりどころか足が縮こまってしまいそうだった。


先週は春先の様な陽気だったので、風にたなびく程に育っていた緑の原っぱも、バリバリに凍っていて歩くと小気味よい音がした。トンカは濡れることが苦手なだけで、雪、氷、霜は興味津々で、鼻を突っ込み、舌で味わい、小躍りしながら走り回っていた。


先日マルシェを覗いた際、小粒ながら山吹色の丸い形のレモンに目が留まった。ベルガモット!もうこんな季節になったのね。


手に取ると、優しい穏やかな香りが、爽やかに鼻をくすぐる。なかなか会えない恋人に久しぶりに出会ったように顔を紅潮させ、大切に二つ手にして会計に進んだ私を見て、お店の女性が一体どんな風に味わうのかと聞いてきた。


紅茶に果汁を入れて楽しみ、ケーキの香り付けとして楽しみ、オレンジピールにして楽しみ、タジン鍋に入れて楽しみ、ああ、他にも沢山楽しみ方はある。


先ずはゆっくりと香りを楽しもうか。地中海の青い空、碧い海、そして太陽を感じながら。



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2022年12月3日土曜日

スパイスの香り豊かなYuvuzela亭特製スペキュロス

 





毎年ノエルの時期に楽しみにしていた、分厚いスペキュロスがここ数年手に入っておらず、ご無沙汰をしている。スペキュロスがないノエルなんて、とまではいかないが、何か物足りなさを感じていたところ、ふと、自分で焼いてみたらどうだろうと思ってしまった。


そうなると頭の中はいつでもスペキュロスのことを考え、暇さえあれば、スペキュロスのレシピをチェックし、比較検討してしまう。ベルギーやオランダのビスケットなのだが、皆それぞれ好みのレシピで、スパイスの配分を工夫したり、型を工夫したりして楽しんでいることが分かった。恐らく、各家庭の味というものがあるのだろう。


どうして今まで思いつかなかったのだろうか。アレンジ大好きな私にぴったりのビスケットではなかろうか。そうなると我が家の香辛料の瓶を眺めまわし、これぞと思うものをピックアップすることから始まった。当然のことながらシナモン、そしてクローブ、カルダモン、コリアンダー、ナツメグ。大丈夫、皆揃っている。


粉砕機にクローブ、コリアンダー、胡椒の粒を適当に入れ、カルダモンは実を割って中の粒のみ取り出して入れ、細かい粒になるまで粉砕する。ナツメグの実を削り始めると、独特の豊かで奥行きのある香りがぱっと広がった。シナモンの香りがポイントとはいえ、トンカの香りも混ぜたらどうだろう。トンカ豆を削ると、今度は甘い香りが空中に放たれる。これにジンジャーを加え、Yuvuzela亭のスペキュロスに入れる香辛料は確定した。


室温に戻したブルターニュの有塩バター100グラムに、赤茶のキビ砂糖100グラムを入れてクリーム状になるまで混ぜ合わせる。香りを封じ込める意味を込めて、先ほど調合したお手製香辛料を入れ込む。ここに溶き卵一つ入れ、最後に小匙一杯のベーキングパウダーを混ぜた小麦粉250グラムを振り入れ、生地が丸くまとまるまで混ぜ合わせる。


生地は冷蔵庫で二日ばかり寝てもらって、焼く30分前に冷蔵庫から取り出し、好きな型に成形し、180℃に熱したオーブンで10分から20分ほど、様子を見ながら焼き上げる。


キッチンは甘く高貴な香りで満たされ、幸せとはこのことかな、と思ってしまう程。厚みがあったからか、薄っすらと焼き色がつくまで20分はかかったろうか。ラックの上で冷ましてから、お気に入りの缶に入れて保管。ふふふ。嬉しくて笑みが自然とこぼれてしまう。


さあ、いかがでしょう。Yuvuzela亭のスペキュロス。挽きたての珈琲もお淹れいたします。トンカと一緒に、皆様のお越しをお待ち申し上げます。


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2022年11月2日水曜日

逃したセップは大きいの巻

 






冬時間になって、日暮れの時間も随分と早まっているが、気温だけは異様に暖かく、なんだかちぐはぐな日々が続いている。それでも、青空に輝く太陽の下での森の散策は最高に爽やか。いつもより遠くまで足を延ばしてみようか、そんな気にさせてくれる。


かさかさかさ、と枯れ葉が敷き詰められた絨毯を歩く音が耳に心地よく、野ばらの真っ赤な実がちょっとした装飾になっていて心を和ませる。枯れ葉の厚い絨毯に埋もれている、イガからすっかり飛び出した栗を上手に見つけ出して、こりこりとトンカが食べる音もいたってのどか。


かなりの急勾配の坂を嬉しそうに駆け抜けるトンカの後姿に、笑みがもれる。壊れかけた煉瓦の塀の上を歩く様子は、もしかしたら猫のDNAも持ち合わせているのではないかと思わせる程。


と、丁度目をやった先にぷっくらとしたこげ茶色の傘のきのこがこちらに笑顔を向けている。ま、まさか。天下のセップ様では?いや、さすがに、まさかであろう。写真だけ撮って、その場を離れる。息子バッタがフラットシェアリングをしている仲間の一人がキノコ採りの名人で、彼らが住んでいる近くの森で20個以上のセップを採取し、皆で美味しく食べたという話をしていたことを思い出した。


その日は3時間以上のウォーキングとなり、山歩きの靴を新調したばかりだったからか、足が珍しく火照ってしまっていた。この時期にぐっしょりと汗ばむことは悪くはないが、風邪を引きかねない。急いで着替えて、ソファーに落ち着くと、息子バッタに早速キノコの写真を送る。


と、珍しいことに息子バッタからすぐにメッセージではなく、電話が入る。なんだか興奮している様子で、何事かとよく聞いてみると、セップを見つけたことを喜んでくれているのだった。


「え?本当にこれがセップなの?ママ、写真だけ撮って、キノコは採ってこなかったのよ。」


驚いたのは息子バッタの方だった。先日、息子バッタが久しぶりに家に帰った時に、一緒に森を散策し、セップの見分け方を教えてもらっていたのだが、まさか本当に、あんな大きなセップが見つかるとは露も思わず、そのままにしてしまっていた。


「明日、同じところに行かないとね。」


そう言われたが、さあどうどうしよう。なんだか、最初に見たキノコ(セップ?!)の大きさが、一回りも二回りも大きく思えてきてしまう。豊かな秋の香りがぷんぷんと漂ってくる。炒めた時のとろりとした食感までもが生々しく迫ってくる。


逃した魚は大きい、もとい、逃したセップは大きい。


トン、どうする?明日も森の奥まで、ちょいと行ってみる?相棒からは、すやすやとした安らかな寝息しか聞こえてこない。秋は日に日に益々深まる。



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2022年10月24日月曜日

深まる秋

 





毎日のようにメッセージを送ってきた知り合いから、ぱたりと連絡がなくなった。メッセージをもらうこと自体が唐突だったが、終わり方も唐突だった。時には一日に数回送って来たこともあっただけに、何か気分を害することを書いてしまったのかと変に考え込んでしまった。


それこそが相手の思う壺なのではと、ちょっと意地悪く考えなくもなかったが、よそよそしい返事ばかりしていたので、すうっと消えていったのかもしれないと思うことにした。


森の写真を送った時に、どの辺の森にいるの?と聞いてきたことがあった。具体的な通りの名前を出してきた時もあった。森に通りの名前なんてあるものなのか、それぐらいにしか思わず、本気で相手にしていなかった。


夕陽がやわらかく包み込むような森の写真に、森でちっとも会わないけれど、森の散策は最高に楽しいよ、と送って見る。


暫くして返事がくる。「ちゃんと森の散歩に一緒に行っているよ。ハリネズミのように、姿が見えないだけなんだよ。」


うーん。確かに、我が家の庭のハリネズミ君も、滅多にお目見えしない。夜トンカが庭に出た際、けたたましく吠えるので外に出てみると、相手がハリネズミ君だったりする。そうか。ハリネズミ君の仲間だったのか。まあ、元気なら一安心。忙しいということなのだろう。そのうちに、今度こそ本当に森の散策に誘おう。秋がどんどん深まってきている森に。



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2022年10月19日水曜日

今にも泣きそうな夕焼け空





 


雨の日も土日も関係なく森を闊歩するのは、犬とその仲間達だけではない。夕方、日が暮れかける頃に出会う、ロマンスグレーの紳士もそのうちの一人。山歩きにぴったりの出で立ちで、颯爽としている。特に編み上げの靴が眩しい。


始めの頃はすれ違う時に簡単に挨拶をする程度であった。トンカは面白いことに、森の中で出会う人間に対しては、我関せずの態度を一貫して取る。犬仲間には、どうしても挨拶をしないと気が済まず、鹿や狐に至っては、追いかけずにはいられないのに、不思議なものである。


従い、くだんの紳士に対しても、ちらりとも見ずに通り過ぎてしまう。紳士も紳士で、にこりともせず、トンカに目を向けるでもなく、歩くリズムを全く変えずに真っすぐ前を向いて歩き去る。


それでも冷たい態度ということは全くなく、すれ違い様にトンカにふわりと手を差し伸べた時が一度ならずとあったし、醸し出す雰囲気が上品で、こちらも自然と背筋を伸ばして挨拶をしてしまう。


先月末には暖房を入れねばと思う程の寒さだったのに、今は逆に季節にしては穏やかで、やもすると暑い程の日が続いている。それでも小雨は降るし、森の中は秋色に染まっている。どんぐりはばらばらと楽し気に地面をたたくし、栗のイガも容赦なく降ってくる。


そんな秋深まる夕刻、紳士が森の奥から現われた。すれ違い様、ボンジュール、ムッシューと声を掛けた瞬間、いや、それよりもほんの一呼吸前に、ベレー帽をさっと取り、ボンジュール、マダム、と渋い声の挨拶が響いた。


夕空が今にも泣きそうな色をし始めた。森の秋はますます深まる。



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