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2023年11月28日火曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~出発編 ラメチャップへ(人生観)

 





カトマンズからラメチャップへの道は、前半は比較的平坦な道だったが、後半になるとアップダウンが激しく、時に山を駆け上がり、時に駆け降りる、スピンのきついカーブあり、と、ジェットコースター並みだった。これが夜中の運転だったら、どんなに恐ろしいことだろうと思い、日中に出掛けることにして正解だったと、胸を撫で下ろしたものだった。


景観が良い場所にくると、Rajさんは車を停めてくれた。その最初が、まるで村を見守るように巨大なシバ神像が聳え立ち、その背景にヒマラヤ山脈が白く輝いて見えるところだった。


遂にヒマラヤ山脈の麓に来ていると実感でき、大いに感慨深かった。緑美しい段々畑も、この地が亜熱帯であることを思い起こさせ、見入ってしまった。観音様や大仏様ではなく、ここはシバ神なのか、と改めて思った。


そういえば、Rajさんは自己紹介の時に、確か自分はブラフマンであると言っていた。つまり、ヒンドゥー教であることを暗に示しているわけだが、ここでブラフマンという所属カーストを公表したことに興味を持った。ブラフマンとはカーストの最上級の司祭にあたるのではあるまいか。


しかし、車の中で色々話をして、彼が田舎の農家の出身であることが分かっていた。特に豪農というわけでもなく、恐らくは村自体が農業のみで成り立っているような場所で、誰もがそうであるように、農業を営んでいるといったところではなかろうか。インドのカースト制度の概念が、ネパールにそっくり入り込んだわけでもなさそうだった。


そして、村人同士の繋がりは非常に強いようで、この旅行会社のオーナーであるラクスマンさんとは、同郷であると言っていた。奥さんも同じ村の出身とのことだった。そういえば、確かホテルのレセプションの男性は、ラクスマンさんのところで働き始めて、もう長いと言っていた。年功序列、終身雇用、会社への忠誠心、そういったものがネパール社会にもあるように思われた。


長い道中、色々な話題になったが、ある時、Rajさんと相棒が、お互いの家族のことで盛り上がっていた。彼らが自分たちの子供のそれぞの年齢やら、今していることを紹介し合っているのをぼんやりと聞いていたが、気が付くと二人の視線が私に向けられていた。


え?私?


非日常を味わい、ヒマラヤ山脈の麓に漸くたどりついたことに心動かされ、これからのトレッキングに胸騒がせていたところだったので、咄嗟にバッタ達の顔さえ浮かばず、正直彼らのことを口にする気にもなれなかった。


だから、ああ、まあ、ねえ。とスルーしてしまった。すると、何か悪いことを聞いてしまったのか、との気まずい空気が流れそうだったので、慌てて、「いえ、3人の子供がいて、幸せにしているわよ。皆大きくなって、家を出ているけれどね。」程度で、にんまりとしておいた。


その時だったのだろうか。どのタイミングでRajさんに離婚していることを伝えたのかは覚えていない。ラメチャップの小さな空港で、ルクラ行きの飛行機を待っている時に、小さなスチールの椅子に並んで座りながら、彼が「人生は一度きりです。だからこそ、大いにエンジョイすべきだと思っています。そう思いませんか」と話しかけてきた。


そして、新しいパートナーと一緒になることは、素晴らしいことだと思う、というようなことを力説し始めた。ええっ?それはそうだと思うし、別に、これまでだって誰かとの出会いを拒んできた訳ではないけれど、特にご縁がなかったということかしらね。


正直なところ、最近は特にトンちゃんを迎えて心豊かな生活をしていると自負していたし、以前は新たな出会いをと思っていた時期もあったが、今更パートナー願望などなくなってしまっていた。


が、そんな野暮なことは言わないで、にんまりと、今回出会いがあるかもしれないわね、と言っておいた。


すると、嬉しそうに、そうですよ、きっと良い人との出会いがあります、と真面目に言うではないか。なんだか可笑しくなってしまい、そして、ヒマラヤ山脈で心ときめく出会いがあるのも悪くないわね、なんて思ってもしまい、大いに笑ってしまった。


確かに、この地の男性は彫りが深く、精悍な顔立ちをしていて、私の好みにぴったりなのよね、と思うと同時に、冗談交じりとはいえ、彼の人生観を窺い知れたことは大いに興味深かった。と言えば大袈裟だが、つまるところ、ネパールでも日本でもフランスでも、人間の思うところはそう変わらない、といったことろか。


そう、人生謳歌しようじゃないか。ひょっとしたら、輪廻転生があるかもしれないが、とにかく、今生きているこの世は、今しか生きることが出来ない。であれば、大いに楽しまねば。


それが彼のもともとの宗教観からくるものなのか、20年のガイド歴の中で出会った、様々な国の様々な旅行者相手に得た体験から導き出したものなのかは分からない。それでも、そのように思っている彼に大いに興味を持ったし、何より、夢のエベレスト街道トレッキングで、心ときめく出会いもあるかもしれないと思ったら、にんまりしてしまった。



ということで、この旅行記、全く通常の旅行記の呈をなしていないのだが、ビスターレ、ビスターレ。その時々の思いを綴るのも、悪くはないではないか。



夢のエベレスト街道トレッキング(これまでの章)

プロローグ

カトマンズ編 出会い 

カトマンズ編 迷子

カトマンズ編 コペルニクス的転回

カトマンズ編 政治談議

出発編 ビスターレ、ビスターレ



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2023年10月14日土曜日

イガグリ小僧

 






今にも泣きそうな空だと思っていたら、突風まで吹き始めた。森の木々はごうごうと音を立てて揺らぎ、小枝、どんぐり、毬栗が、ばらばらと地面にたたきつけられる。と、ばしん、っと物凄い勢いで左腕に毬栗がぶつかってきた。


あまりの激しさと、痛さに、思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。帽子を被っているから頭に直撃される心配はないが、これは堪らない。トンカは大丈夫なのだろうか。当然のことながら靴を履いているわけでもないし、栗のイガが爪の先に入ってしまったら、痛いどころのことではないだろう。


そんなことは一向にお構いなし、といった風で、いつものように毬栗だらけの小径を小鹿のごとく駆け回っている。あまりに痛いので、そっとシャツをまくって腕を見てみると、栗の小さなイガイガがびっしりと腕に刺さっている。あっちゃあ。取り敢えず、つまめる分だけ取り除いたが、小さな赤い発疹が出始めている。トンカに比べて、なんてひ弱なんだろう。


なんだか、大雨になりそうな気配を感じるが、雨に打たれても、まあ良しとしようか。なんだか急に気が大きくなり、引き返そうかとの思いを打ち消して、森の奥に歩みを進める。トンカが、嬉しそうに飛び跳ねている。さあ、行こう!




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2023年10月11日水曜日

ヴェルヴェンヌの効用






朝夕こそ冷え冷えとしているのに、日中は真夏日のような暑さが続いている。地球にしても、大袈裟に言えば宇宙にしても、毎日いつも通りの平穏な日々というものは、存在しないのだろう。


そんなことは既に鴨長明が看破していたではないか。


行く河のながれは絶えずして

しかももとの水にあらず

よどみにうかぶ泡沫は

かつ消えかつ結びて

久しくとどまりたるためしなし

世の中にある 人と栖と 又かくの如し


庭にあるヴェルヴェンヌの爽やかな香りを凝縮した、自家製ハーブティーを淹れる。世界中の色々なざわめきが、その瞬間だけなくなり、自然の恵みを味わう。



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2023年10月5日木曜日

都合の良い女

 





君の笑顔にもう一度会いたいとずっと思っている。


そうだ、僕のオフィスに来ないか?

美味しい珈琲も、ちょっとしたビスケットもあるよ。ゆったりとしたソファーでくつろいでもらってもいい。


今日、どうしても君に会いたくなった。18時以降なら、いつ来てもらってもいい。




って、言われてもねえ。

フルタイムで仕事をしているし、ホームステイの高校生の夕食の準備もあるし、トンカの散歩も欠かせない。こちらの都に一切聞く耳も持たずに、自分の都合に合わせてくれるのが当然とばかりに言われてもねえ。


都合の良い女と思われたのだろうか。ま、悪いけど、無理だわ。


いつか好機が訪れるだろうから、その時にね。


そう書き送ったところ、それに対する返事はない。ま、そんなものか。



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2023年9月25日月曜日

天高く馬肥ゆる秋




 


どこまで踏み込んでいいのか、

どこまで踏み込むべきなのか。


自立した成人となったのだから、相談されないのであれば、話があるまで待つべきなのだろう。


それでも、親が子の幸せを願い、子の将来を心配するのは、当然のことではあるまいか。


天高く馬肥ゆる秋

そんな言葉がふっと唇にのる程晴れ上がっている秋空を仰ぎながら、溜息ひとつ。


なるようにしかならない。

大丈夫だよ。ママは何があっても君を応援しているし、君が選んだ道こそ、今の君が通るべき道なんだと思っているよ。


さあ、空を見上げてごらんよ。天空を駆ける駿馬が見えそうじゃないか。



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2023年9月16日土曜日

秋の気配

 







ノルマンディーで趣味の陶芸を楽しんでいる友人からメッセージが入る。「好天続き。週末は海に繰り出す予定。遊びに来られたし。」


彼女が、旦那の会社の都合で日本駐在から一年も経たずに帰国してから既に一年になろうか。以前は毎週末の様に会っていた大切な友人夫婦なのに、すれ違い続きでちっとも会えていない。そもそも、彼女の犬嫌いを知らなかったことが要因だが、知っていたからといって、トンカを我が家に迎えないという選択肢はあっただろうか。


加えて、以前は近所に住んでいたのだが、最低三年の駐在になるとの当初の予定により、住んでいた家を3年契約で貸してしまっている。子供達もバッタ達と同年代で、一人はバリ、一人はロンドンでそれぞれに生活をしている。従い、友人夫婦はパリでのアパート生活をしている。


ノルマンディーに大きな家を持っているので、週末は大抵ノルマンディーで過ごしている。旦那は本社の重要なポストに就任し、これまで以上に毎日忙しく海外を飛び回り仕事をしている。彼女と言えば、旦那の日本駐在を機に勤務先の会社を取り敢えず二年間休職したが、フランスに戻って来たことを会社に告げずに休職状態を維持し、趣味の陶芸で専門学校に通い資格を取り、加えて、不動産取引の資格も取ってしまった。


それが、ついに来週は職場復帰をするという。ところが、復帰にあたり給与アップを交渉しているというから驚いてしまった。二年間も不在にしていたのに、給与アップを願い出るとは凄い度胸である。この強気な姿勢は、友人ながらも天晴としか言いようがない。


これまでの彼女の人生そのもの、と言えようか。いつだって攻めの姿勢にありながらも、上手くいかなければ縁がなかったときっぱりと捨て去る潔さを持ち合わせている。自分のスタイルが気に入らないのであれば、結構、といったところか。他人に迎合することは一切しない。


全く私と正反対ではないか。それでも、何故か会った時から気が合う。それに、そうは言っても、内面に秘める彼女の繊細さを幾度となく目にしてきた。多くの価値観を共有し、共鳴し合う貴重な同士であることも確かである。


今週末はバッタ達が皆それぞれにフィレンツェ、デルフト、ダンケールで過ごしていて、誰も家にいないので、残念ながら家を空けることはできないと言うと、近所の誰かに犬を預けることは出来ないのか、と返事がきた。


彼女が犬を好きになることは、恐らくない。彼女と週末を過ごすには、トンカを誰かに預けないことには実現しない。


そうねえ。空を仰ぎ、透明な青色の広がりを見つめる。秋の気配が確かに近づいている。



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2023年9月14日木曜日

些細なこと

 





とても些細なことではあるものの、何か違和感を覚えていたところ、ぱっと霧が晴れるかのように問題が明確となり、それを解決した時の爽快感といったらないだろう。


問題解決の糸口は、実はちゃんとそこに転がっていて、それを見ようとするかしないかだけで、世の中が全く違って見えてくるのだから面白い。


とどのつまり、ネバーギブアップの精神であれ、ということか。こんな日には、ゆっくりと時間を掛けて香り高く淹れた珈琲を飲みたくなる。先ずは、珈琲豆を挽くとしようか。アマゾンの密林、パパイヤの緑の大きな実、色鮮やかな鳥たちの鳴き声。


こんなことで幸せを感じることが出来る我が身を、ちょっと笑いながらも、それでいてありがたいこととも思う。ふと、目を閉じる。



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2023年9月13日水曜日

ボンジョルネ





 


緯度が高いだけあって、フランスにおける日照時間の変化にはすさまじいものがある。日本のように、畳一筋分づつ日が短くなる、などという奥ゆかしいものではない。夏時間であることも影響して、既に朝6時半にして外は闇。バス停でバスを待つ間も、漸く東の空が薄っすらと明るくなり出すといったところ。恐らく月末には、街路灯の光の下でバスを待つことになるのであろう。


だからこそ、この時期には日の出時の表情豊かな空を撮影するチャンスが転がっている。バスを終点まで乗らずに、一つ手前で降りて、街並みが目覚める様子を楽しむことも乙である。あらゆることを、あらゆる場所で、駆け足でやっていた昔が嘘のようである。


そんな風に、バスを降りて教会の白亜の時計台を見上げた時、降りる時に軽く挨拶をした女性が「先週、バスが来なくてお困りになりませんでしたか?」と尋ねて来た。その女性なら近所に住んでいて、時々バス停で見掛けており、会えば朝の挨拶をする程度ではあったが、知らない仲ではなかった。


確かに市内のバスのダイヤは全く当てにならないので、軽く挨拶をするように、相槌を打つように返事をしたところ、待っていましたかのように堰を切って話始めた。先週は時間になってもバスは来ず小半時間待たされたこと、それなのに漸くやってきたバスに切符の所有を確認する係員が入ってきたこと、若者が罰金を取られたこと。バス運行の遅延による利用者への損害は棚に上げて、罰金を取るとは何事か、と烈火の如く怒っており、どんどんと自分の言葉に興奮し、先週のことなのに怒り冷めやらぬ様子。


こちらは、正に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら、あっけにとられて聞いていた。横断歩道の信号が青になっても話は続き、遂に赤になってしまった。女性は通りの建物に目を向けて、自分は市内で働いているからそれでも被害は少ないが、貴女のようにRERでパリに通勤する人たちにとって、バスが遅れることでの影響は大きいでしょう、とすごい剣幕。


しかし話すだけ話したら、気持ちも収まったのか、あら、貴女駅に行かないとね、と横断歩道の信号が赤になっていることに漸く気が付き、ちょっとだけバツの悪そうな顔をした。その様子に笑みがもれた。以前だったら、いつだって駆け足で髪を振り乱しながら突進している頃だったら、イライラしていただろうことも、ちっとも気にならない。


ボンジョルネ、良い日を、と笑顔でお互いに挨拶を交わし別れ、駅に向かった。今、正に、東の空の地平線から太陽が昇ってくるところだった。



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2023年9月6日水曜日

門出に

 





今年の夏は猛暑日が少なく、8月に入ると涼しくなってしまって、このまま秋に突入かしらと思いきや、意外にしぶとく、熾火が時々ぱっと燃えあがるかの如く、太陽がぎらぎらと大地を照らし、アスファルトは焼けた鉄板のように熱くなっている日々が戻ってきている。


それでも日照時間は明らかに短くなってきており、朝の散歩の時には薄暗くて、LEDの首輪が必要になる程。通りの家々はひっそり閑としており未だ暗く、時折ぽっと明かりが灯っている場所があると、そこからやわらかな珈琲の湯気や、ホットチョコレートの香りが漂っていて、幸せが漏れ出しているように思われて心が温まる。


そんな朝の風景など、実生活では無縁であったはずなのに、おかしなものである。バッタ達が未だ寝ている時に起きだして、暗闇で着替えて脱兎のごとく玄関を飛び出し、車にエンジンを掛けて会社に向かったあの日々。


ふと、バッタ達に可哀想なことをしてしまったかしら、との思いが過る。しかし、自分が自分であること以外に何ができただろう。そう思うと、バッタ達、君たちは偉いよ。これからの人生で、どんな苦難にも立ち向かえる鋼の精神を養えたのではあるまいか。どんなことにも、幸せを見出すことができる能力を身に着けたのではあるまいか。


新学年がスタート。これからの人生、幾つものスタートがあるだろう。その度に心機一転し邁進して行かんことを。そして、そんな君たちに、幸多からんことを。



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2023年9月3日日曜日

君の耳に乾杯

 







未だ夏であることを思い起させるような暑い日となり、こんな時間に散歩に出てしまったことを恨めしく思いつつ、それでも元気に尻尾の先を威勢よくくるりと丸めて闊歩するトンカの後ろ姿を愛しく思いながら歩いていた時のこと。グレーのピットブル君が藪からさっと姿を現した。


彼とは何故か暑い日に出くわすことが多く、散歩仲間のグループとは一線を画している存在である。ピットブルという犬種がそうさせるのかもしれないし、飼い主の若い青年がどちらかと言うと定年間近の飼い主たちとつるむことを面倒くさく思っているのかもしれない。


フランスではピットブルを飼う場合、居住する自治体が発行する所持許可書を取得せねばならず、常にそれを携帯していないと罰金を科される。トンカを散歩している時に、これまでパトロール中のパトカーとすれ違ったことが何度かあるが、いつも警官はニコニコしていた。ところが、飼い主によっては、散歩中に糞を入れる所謂プーバッグを所持しているか抜き打ち検査をされたことがあると聞いて、びっくりしたことがある。


正確には飼い主によって、ではなく、犬種によって、ということなのだろうか。トンカなど人畜無害そのものの優しい顔をしているので、警官も気にも留めないのであろう。だからか、グレーのピットブル君の飼い主は、ピットブル君とトンカが匂いを嗅ぎ合う挨拶をすることさえ、あまり良くないことと思っている節がある。何かあった後では、遅すぎるからであろう。お互いに悲しい思いをしかねない。


ピットブル君は、いつでもテニスボールを齧っていて、ワンと吠えることもない。これは、無暗に吠えたり、噛みつかないように躾をされているということなのだろうと思われる。


それでも、何回目かの逢瀬ともなると、お互いに挨拶をするようになるし、気も緩み次第に打ち解けた雰囲気が生まれてくる。しかも、この炎天下、お互いにやれやれ、暑いですねえ、お疲れ様です、との気持ちを共有したくなるものである。


ピットブル君、ちゃんと躾が出来ていて立派ですね。いつもボールを口に咥えていて可愛いこと。名前は何ですか。


と聞いてみたところ、非常に聞き取りにくい名前を告げられた。同じように発音してみたものの、どうやら違うらしい。すると、スペルを綴ってくれた。「デー、アー、エール、カー」え?ダーク?ふと若者のTシャツを見ると、なんだかアラビア文字が躍っている。ああ、彼の母国語のアクセント濃い発音なのか。


ふっと、暗澹たる思いが胸を過る。ピットブル君に、もうちょっと幸せな名前を付けてあげても良かっただろうのに。いや、それはこちらの勝手な思いあがった考えか。煙草の匂いが暑い叢のむっとした香りとともに鼻を掠めた。


皆、それぞれの人生があり、その人にとって何が幸せかなど誰にも分からないし、本人だって分かっていないことも少なくない。それでも、生きていくのが人生。


おい、ピットブル君。幸せになるんだよ。そして、君の飼い主君をいつまでも愛で包んであげるんだよ。君のシックでお洒落なグレー色をした、ピンと尖った愛らしい耳に乾杯。



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2023年9月2日土曜日

旅は道連れ世は情け

 





最近変な癖がついてしまって、夜中にふと目が覚め、つい携帯でメッセージを確認し、ツイッターの投稿を目で追ってしまい、気になると深追いをして、小一時間近く経ってから、また眠るといったことをしている。当然、翌朝の目覚めは芳しくなく、なんだか頭がぼーっとしている。


これは良くない、と就寝中は飛行機モードにするのだが、それでも効果がない。身体が微妙な電磁波を感じ取るのだろうか。随分前の、スマホ時代ではない携帯の時には、電源を切ってもアラーム機能は生きていた。と、思う。ところが、スマホは電源を切ってしまうと、アラーム機能は使えない。


アラームがなくても、定刻に起きる自信はあるし、週末は問題ないのだが、何かあったらと思うと流石にアラームは付けていたい。それなら、電池式の時計を使えばいいのだろうが、こちこちという音が気になってしまいそうで、飛びつけない。


それが、ありがたいことに、この一週間、眠りに着いたら翌朝までぐっすりと眠ることができている。当然、翌朝の目覚めは爽快である。携帯を飛行機モードにし、枕元ではなく、ベッドの脇の床に、ごろっと置いて置くことにしただけであるが、効果抜群と言えようか。


海外に住んでいると母国のニュースが気になるものだが、最近は母国語で現地と同時に入手することができる。これは非常にありがたい反面、しっかりと自己管理をしないことには日本時間で生活をするようになってしまう危険を孕んでいるのではあるまいか。学校に行ったり、仕事をしたりと、現地の社会に組み込まれた生活をしている分には良いが、リタイアした場合には、どうだろうか。


と、隣でトンカが猫みたいに音を立てて毛繕いをし始めた。トンカという相棒がいるうちは、朝夕の散歩という日課があるので、比較的健康な規則正しい生活が送れそうだな、と思うに至る。


旅は道連れ世は情け。トンカよ、我が人生に現れてくれて、ありがとうよ。社会に貢献する上でももうちょっと仕事を続けるけれど、そのうちリタイヤするだろうから、その時は、よろしくね。



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2023年8月28日月曜日

晩夏

 







一時思い出したかのように暑さがぶり返したが、それも二、三日のこと。すぐに朝は肌寒く、長袖のジャケットを羽織らずにはいられない日に戻ってしまった。通りでは子供たちの声が聞こえ出し、路上駐車の車の数も増えだした。バカンスも最後の週となり、月並みな表現とはなるが、正に光陰矢の如し。


この9月からフランスの理系エコールの最終学年となる末娘バッタ。単位互換制度を利用して、ダブルディグリーを目指すとかで、オランダのデルフトに旅立つ。そこでの大学院のディプロムを得るには二年間の就学が必須なので、留学期間は二年となる。日本での研修を終えて帰って来たばかりなのに、もう旅立つ準備をする彼女は、頼もしくもあり、消化不良にならないかと心配にもなり、親としては不安を抱かずにはいられない。


若さとは、そんなものなのかもしれない。新しいことに向かって突き進む時の高揚感。それが全ての原動力となり、自分の人生を切り拓いていくのである。大いに鼓舞激励せねばなるまい。大した相談もされずに一人で出発の日を決め、電車の切符を手配し、見送って欲しいとも言われてはいなかった。それでも前日になって、ここは盛大に送ってやれねばとの気持ちになり、会社がまだバカンスモードで仕事がフル稼働していないことをいいことに、急遽休みをとり、北駅まで見送ることにした。


オランダでは長女バッタが3年間、学生生活を送っている。北駅で彼女を見送ってから、もう7年になることに、月日の流れの早さを改めて感じてしまう。未だ20歳になっていない長女バッタを見送る時の悲壮感はない。ぱんぱんの大きなスーツケースに、彼女の姿を隠してしまう程のリュックを背負った22歳になった末娘バッタの姿は、頼もしい限り。


テロの関係で、以前はホームには乗客しかアクセスできなかったが、どうやら規制が緩んだのか、誰もが見送れるようになっている。末娘の車両は先頭近くで、プラットフォームのずうっと端だった。そこまで見送ってあげようかとも思ったが、雨が降り出したこともあって、ちょうど屋根が途切れたところで別れの挨拶をした。


いってらっしゃい!元気でね!風邪ひくんじゃないわよ。ちゃんと勉強してね。困ったことがあったら、いつでも連絡するのよ。それじゃあ、またね。びず!



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2023年2月19日日曜日

漆黒のテーブル










息子バッタが学生仲間5人で始めた共同生活も、この2月で一旦終了を迎える。フランス国内は勿論、スイスや英国など、皆それぞれの研修先に散っていく。パリ近郊に残るのは、息子バッタともう一人の友人のみとなり、今度は二人での共同生活を始めることにすると教えられた。


息子バッタは既に昨年の9月から博士課程に進学していたので、雇用契約保持者ではあるが、最低賃金に毛が生えた程度の収入。一方、友人君は企業研修の身分で、しかも未だ内定という。従い、この二人がアパートを借りるとなるとかなりハードルが高い。アパートを借りる上で、学生の身分の方が有利というから不思議である。


恐らく、学生の場合は保証人の経済力に先ずは着目するのだろう。そして、なけなしながらも本人に収入があるとなると、本人の経済力が審査の対象となるのだろう。


当初の目論見とはやや違ったようだが、それでも漸く二人はパリ近郊の、息子バッタの研究所からそう遠くない場所にアパートを見つけることができた。家具付きと言っていたが、最小限の家具らしく、テーブルや椅子を調達せねばならないらしかった。


それなら、今の家に引っ越しするまで使っていた伸縮式の丸テーブルがあるけど、と伝えると、久しぶりに我が家に寄って、地下室で眠っていたテーブルを吟味し、やや難点はあるものの保存状態も悪くないとして、友人君と相談をし、それを使うことに決まった。


漆黒の丸型テーブルで、伸縮式なので楕円形にすることができ、余裕で6人分の場所がある。モンパルナスのステュディオで、友人達と皆で鍋を囲んだことを思い出した。漆黒のテーブルに、壁一面に同じトーンの漆黒の本棚を並べて、シンプルながらも大いに気に入っていたアパート。


バッタ達のパパとは、別の人生を歩むことになってしまったが、あの頃の彼のことを今でも愛しく思うし、当時の二人での生活を懐かしく思い出す。いや、思い出すことが出来る程、時間が経過したということなのか。幸せな時間を紡いだ、その瞬間、瞬間を静かに見守ってくれた家具を、こうして息子バッタが使うことになるとは思いもよらなかった。


ちょっとセンチになっていたのだろう。バッタ達の父親が別件で連絡をしてきた際に、息子バッタが引っ越すこと、我々が以前使っていて、地下室に眠っていた漆黒のテーブルを彼が使うことを告げた。


漆黒のテーブルなど、もう忘れちゃったかもしれないけれど。そう付け加えたところ、全く覚えていないとの返事が返って来た。彼にしてみたら、音信不通で一切連絡が途絶えている息子バッタの今の状況をとにかく知りたい気持ちが強く、彼の健康状態、研究の進み具合、居住空間、一緒に共同生活する仲間のことなど、別のことの方が気になるようだった。


そうか。覚えていないのか。一瞬、哀しみが走った。


彼は一切合切の過去を捨てて、出て行ったのだから当たり前だろう。いや、一切合切の過去を残して、出て行ったのか。そして、私はその過去に、まだ囚われているのか。いや、待てよ。過去に捕らわれない人間など、いるのだろうか。過去があって、今があるのだから。


こんな時にはケーキを焼くに限る。ちょうど、血がしたたるようなオレンジサンギンヌがある。このオレンジで、ふんわりと軽いケーキを焼こう。甘い香りがキッチンに溢れてくる頃には、気持ちは既に南仏の燦々たる太陽と、爽やかな青空の下で遊んでいる。

 


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2023年2月17日金曜日

トンカの尻尾

 





このところ一日の寒暖の差が激しく、明け方は氷点下の凍える気温なのにも関わらず、日中はぽかぽかの太陽が気温を12、3℃に上げてくれる。夕方の散歩の折にも、スタート時点では未だぽかぽか感が十分にあって、厚手のコートや手袋をしているとすぐに汗ばんでしまう。


ところが、太陽が陰ろうものなら一瞬にして冷気が忍び込む。急に頬にひんやりとした大気の流れを感じることがある。そして、次には今度は生暖かい大気が押し寄せてくるので、不気味な程である。


こんな大気の流れを体感しながら森の中を散策すると、兼好法師ではないが、あやしうこそものぐるほしけれ、の心境になってしまう。それこそ、よしなしことがとめどなく次々と脳裏をよぎり、参ってしまう。


それを察知したのか、しないのか、突然トンカが1メール程度垂直ジャンプをしたかと思うと、藪の中に突進していった。助走無しでの、この瞬発力。トンカの運動能力の高さに唖然としてしまう。スポーツ大会に出場させてやりたいところだが、トンカは気まぐれだし、自由に好きに飛び跳ねる時こそ、トンカの真骨頂が発揮されるのだから、今のままで良しとしようか。


意気揚々と、誇らしげにピンと上向きに立っているトンカの尻尾を見ながらの散歩は、こちらの気持ちも自然と上向きとなっていく。



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2023年2月12日日曜日

春近し

 







朝、眼鏡を手にしてグラスが酷く汚れていることに気が付いた。雨にでも降られて、そのままにしてしまった様な状態。前日のことを考えるが、特に思い至ることがない。眼鏡をしたままシャワーを浴びることもなかったし、と思いながら、軽く水洗いをする。


今でもよく覚えているが、小学4年生の時の視力検査で右目がちっとも見えずに、視力が0.4しかなかったと判明した時の衝撃といったらなかった。その日に友達とドッジボールをして、右目にボールの直撃をくらっていた。それを必死に教師に伝え、特殊事情があったことを考慮に入れてもらおうとした。テストで悪い点を採ったように、いや、それ以上に、身体的欠陥を指摘されたようで、ひどく焦った。左目の視力は1.5であったから、なおさらのことだった。


翌年の視力検査でも右目の視力は戻らず、心は鉛の様に重く、何も考えられなかった。


身体検査の結果は当然家庭に伝えられ、眼科に連れて行かれ、眼鏡を作ってもらった。左目の視力は1.5と問題なかったので、通常の生活には全く問題がなかったのだが、右目を使わないことでの影響や、左目ばかり酷使することでの影響を考慮すれば、眼鏡で視力矯正する方が良いとのことだった。


しかし、生活上全く問題がなく、眼鏡をしたからといって何かが良く見えるわけでもないので、せっかく買ってもらった眼鏡も、ほぼ使われずにランドセルの中で眠っていることが多かった。


そして、中学に入ると、家の勉強机の引き出しに入れて置きっ放しにしてしまった。その後、高校に入っても、オーストラリアに行っても、大学に入っても、左目の視力は常に1.5だったので一切眼鏡のお世話にはならなかった。


それがどうして、どの段階でそうなったのかはすっかり忘れてしまったが、コンタクトレンズのお世話になるようになっていった。左目の視力が徐々に弱くなってしまったことが最大の要因ではある。

そのうち視力の良さを誇っていた友人達が、ちらほらと眼鏡のお世話になっているのを見て、近眼であることは、そう悪いことでもないのだな、と思うようになっていった。


それでも、昨年あたりから照明を落とした、雰囲気のあるレストランのメニューが読みにくくなり、これまでは商品の説明書や能書き、パッケージに記載されている文言、あらゆる文字を読むことが趣味だったのだが、それが億劫になり、寝る前の読書も辛くなってきた。そうなると選択肢は、読むか読まないか、となる。


従い、遠近両用眼鏡を誂えることになったのだが、そこに至るにあたって驚いたことがある。なんと眼科でコンタクトレンズを使うこともできると言われ、遠近両用のコンタクトレンズがあるのかと、技術革新なるものを肌で感じた一瞬だったが、いや、さすがにそうではなかった。発想の転換といえるだろうか。片方のレンズを遠視用に、もう片方を近視用に使うことで遠近両用とする、ということだったのだから椅子から転げ落ちそうになった。


ちょっと、ちょっと、ちょっと。小学生の頃に、右目が近視だということで、左目しか使わないで生きていくことの弊害を眼科医や眼鏡屋さんから教えられたのではなかったのか。体に良いもの、悪いもの、体に良いこと、悪いこと、そんなものは実際のところ主観が大いに入るものなのであろう。分かっちゃいるけど、の世界といえようか。


そうなると、多くの情報を得て、自分の感性で取捨選択をし、これが今の自分には最善、と思う道を進むしかないのであろう。と、ここまで偉そうに書きながら、実のところ、小学生の時に両親から買ってもらった眼鏡を使わずに、ランドセルの底に眠らせておいたことに思い至り、人間とは感性の動物であり、誰から言われずともちゃんとそうして来たのではないか、と笑いたくなってしまった。


そんなこんなで近視用眼鏡、遠近両用眼鏡、読書の時専用眼鏡が揃うことになった。ここで漸く文頭の場面に戻ることになる。そう、朝掛けた眼鏡は以前に作った近視用眼鏡で、驚くなかれ、半日過ぎて漸く眼鏡のフレームを確認して自分の間違いに気が付いたのである。なんともずぼらな話。春も近い、ということか。



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2023年2月2日木曜日

自然体

 





グレングールドのバッハが流れると、トンカはとっても落ち着く。バッハの螺旋階段を駆け上っていくスタイルに共鳴するものがあるのだろうか。グールドといえば、小学生の頃、ピアノを練習していた双子の妹が弾く曲だとかで、母が彼のレコードを買ってきたことがあった。


皆で居間のソファーに座って、神妙にスピーカーから流れる音を拝むように聴き入ったのだが、途中で母が変な顔をし出した。いや、母だけではなく、妹も困ったような顔をしている。スピーカーに問題があるのか、レコードに傷がついているのか、途中で低い唸るような音が混じっているのである。


それがグレングールドの鼻歌であったことは、そのレコードについていた解説書を読んだ母が解明し、教えてくれた。すごい衝撃を受けたことを覚えている。ピアノを弾く時は、姿勢を正して、正確にリズムをとって、楽譜通りに音を出すものだと思っていた。いや、正に「音を出す」ことしかしていなかったのである。音楽を奏でることへの理解が、ちっとも深まっていなかったし、それがどういうことなのかも、考えることさえしていなかった。


当時の子供たちのピアノの発表会なんて、そんなものだったし、プロの演奏会に行く機会も滅多になかった。プロが陶酔して演奏している姿を見ても、それを真似ようとは思いもよらなかったし、そんな風に弾くものだとも思わずに、別世界のことだと思っていた。


恐らく、子供ながらに、我を忘れて何かに没頭する姿を人に見せることは、気恥ずかしく、禁忌なのだと思っていた節がある。何故だろう。自分の感情を表に出すことは、恥ずかしいこと。そんな風に教育を受けたわけでもなかろうに。


幼い頃はとても泣き虫だったので、人前で泣くことは恥ずかしいことで、親が死んだ時ぐらいにしろ、とは言われたものだったが、なにゆえに四角四面な性格になったのかは、謎である。そして、その四角四面な性格がぱちんと弾けて、大らかになったきっかけはオーストラリアへの高校留学だったことは、以前にも言及している通り。


こうして、グレングールドの奏でる音楽をこよなく愛するトンカの様子を見ながら、自然体であることの素晴らしさと、大切さをしみじみと思うのだった。



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2023年1月30日月曜日

それぞれの事情





 


私が犬好きだと思ったからか、先日知り合いから3ヶ月の柴犬の子犬の引き取り先を探しているので、心当たりがないかと連絡があった。


柴犬といえば、バッタ達の学校関係の知り合いで、柴犬を飼っていて、その溺愛ぶりがつとに有名な女性がいた。その柴君は10歳を迎えた頃から耳が悪くなってきていて、いつもの散歩道を歩いている時に、車に轢かれて死んでしまった。その話を聞いた時には衝撃を受けた。その時はご主人が散歩に連れて行っており、その帰りだったという。愛犬を目の前で事故に合わせてしまったことで、どんなにか自分を責めたことだろう。


柴犬の子犬が飼い主を探している。しかも飼い主が、週日は毎日仕事で外出、週末も家にいないことが多く、散歩に連れ出すこともままならず、犬を飼うことがこんなに大変なことだとは自覚していなかった、というのだから聞き捨てならない。


柴君がこの世を去って、既に3年ぐらいが経っている。ひょっとしたら、今回何かの縁かもしれない。知り合いの女性も最初は気になって連絡を取って来た。しかし色々な事情があって、結局は上手くはいかなかった。そのうちの大きな理由の一つに、柴君を亡くした女性が心情的に別の柴君を飼うことを拒否したことが挙げられる。


会えばトンカをこの上なく可愛がってくれているので、正直新たな犬を迎えることに、そこまで抵抗があるとは思っていなかった。ところが、全くの別件で我が家に遊びに来てくれた際に、例の仔犬の話になった途端、はらはらと涙をこぼし、泣き崩れてしまったのである。自分には、あの子しかいないし、あの子を裏切ることはできない、と。


そして、ご主人が散歩をしていた際に、携帯を見ていて耳の悪い柴君や車に注意を払っていなかったこと、交通事故の後、獣医から安楽死、緩和治療、家庭でのターミナルケアの3つの選択肢を提示されたこと、ご主人も周囲の犬仲間も全員が安楽死を勧めたこと、などを、とつとつと語ってくれた。


彼女が尊敬する日本の獣医師に電話で相談したところ、安楽死をさせると魂は浮かばれない、と伝えられ、家に引き取って最期をみとったこと。結果三ヶ月の間苦しませてしまったこと。それでも、魂は安らかにある、そう思っていること、などなど。


私には掛けられる言葉がなかった。


皆それぞれの事情があり、色んな思いを抱えて生きている。



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2023年1月25日水曜日

いざ出陣

 







朝6時、未だ闇の世界が支配する時間に起きて、それでも朝を感じる新鮮な空気を楽しみながら散歩をする。それから急いでパリに行くために、駅までのバスに遅れないように家を出る。無駄に玄関に明かりをつけて、騒々しくしてトンカを刺激しないように、本当にそっと、そっと出掛けることにしている。


バッタ達の時もそうだった。彼らが未だベッドでぐっすりと安心して寝ている時に出ていく。もしも起きてきたら、声を掛け、様子を見て、着替えを出したり、朝ごはんの心配をしたり、忘れ物がないか確認したくなったり、いつの間にか時間が過ぎてしまう。そして、何か思い切りの悪い思いを心に残して出掛けることになり兼ねない。


だから、お互いの平安の為にも、そっと出掛けるに限る。


そのためには、玄関に既に鞄を用意しておくのが常だったし、靴も、すぐに履けるように、いつもの場所に置いてあった。


その日も、いつものように、そっとオーバーを着て、靴を履き、カバンを取って出掛けるところだった。ところが、どうも靴紐がいつもより長い気がした。それどころか、靴が大きいではないかと思った。バスの時間までに余裕があるわけではなかったので、靴紐は最悪バスの中で直せばよいかと、玄関を出て歩き出した。


街灯の明かりで、履いている靴が運動靴で、しかも週末に来ていた末娘バッタが、森に行くために汚れても良いようにと使ったものであることが判明した。それは末娘バッタのものどころか、息子バッタのもの。


ここで引き返したら、バスに乗り遅れることは必至だった。それどころか、静かだったトンカが何事かと騒ぎだすだろうし、それをなだめるために、顔を出してちょいと可愛がってあげねば、私の気持ちも収まらないだろことは自明だった。


えい、ままよ。


息子バッタの運動靴をそんなに汚さずに済んだ、と末娘バッタが言っていたことを思い出し、改めて見てみると、確かに汚れはついていない。しかし、運動靴は運動靴。しかも、サイズも4センチは大きいだろうか。靴紐をしっかりと締め直し、気持ちも切り替え、いざ出陣。



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