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2023年10月20日金曜日

遂に堪忍袋の緒が切れてしまった巻 其の参

 






小川に沿った小径に差し掛かると、私は右に折れた。右は我が家に戻るルートであり、雨の日も、風の日も、日照りの日も、猛暑の中でも、真冬の暗がりでも、毎日通っている。そして、トンカが左に折れたことを気配で知った。


トンカよ。行くのかい。


これまでの私であれば、トンカの向かう左に一緒に行き、恐らく向こうから歩いてくるクロケットおじさんの傍で興奮しているトンカの首にリードをつけ、おじさんにお愛想を言って、トンカを引っ張って連れ戻したであろう。しかし、その時の私は疲れていた。


剥き出しの本能を見せつけられることも嫌だったし、私の命令よりもクロケットおじさんの魅力に引きずられるトンカを見ることが辛かった。ならば私もクロケットおじさんに負けずに、バゲットを一本与えれば良いのか。ハムの塊でもリュックに忍ばせて、ここぞとばかりに取り出せば良いのか。違うだろう。


散歩の時間帯をずらせば良いじゃないか、とも考えたが、何せ仕事が終わってからの散歩。これ以上遅くなると、それでなくても日が短くなっている昨今、帰りが暗くなってしまう。そして、これ以上早い時間帯での散歩は無理だった。


散歩の場所を変えれば良いじゃないか、とも考えた。しかし、鬱蒼とした森の中を通る場所は私の大のお気に入りで、あそこに足を踏み入れると毎回感動し、幸福感に浸れる。そこで鹿を追いかけるトンカの姿を見ることは、何よりの癒しだった。小川の小径も、散歩の途中に喉を潤すに最高であり、小川に映し出されたリフレクションの世界をのぞき込むことも楽しかった。


果たして。


左に折れたトンカは、一向に戻ってこない。口笛を鳴らして呼んでも、大声で名前を呼んでも戻ってこない。それが全く効果のない行為であることは、これまでの経験で知っていた。


一人、小川のほとりにしゃがみ込み、トンカを待つ。この状況から脱却せねばならない、この状況を作ってはなるまい、そのことだけを考えていた。哀しみだけが心を支配し、じわじわと虚無感に襲われ、気が付くと顔を覆って泣いていた。


ようやくクロケットおじさんと彼が連れている彼の近所の黒い大きな犬とトンカが、連れ立ってやってきた、筈である。正直なところ、詳細は覚えていない。おじさんが良い方であり、トンカを可愛がってくださっていることには感謝していますが、もうトンカに餌を与えないでください、そう懇願している自分がいた。


クロケットおじさんは、分かったけれど、私は呼んでもいないのに、ついてくるのだよ、と困惑気な顔で言い始めた。私が餌をあげなくても、私が連れている犬にひかれてくるんだよ。


いえ、おじさんが餌をエンドレスで与えるから付きまとうのです。それを止めて欲しいのです。他の犬と出会った時には、一緒に遊んでも、その後は必ず私のもとに帰ってきます。おじさんと一緒の時には、トンカはどんなに呼んでも戻ってきません。おじさんのところにいるのは、おじさんが餌を与えるからです。それを止めてください。


クロケットおじさんは、そんなに言うならリードをつけて散歩をすべきだね、と言い始めた。その間、悲しいかな、トンカはずっとおじさんに付きまとっている。お座りをして見せたり、ポケットに手を掛けてみたりと、おじさんの関心を得ようと必死になっている。


トンカのつぶらな瞳に見つめられ、おじさんは「マゾじゃあるまいし」とつぶやいた。


えっ?マゾ?いいじゃないですか!マゾで上等。そうですよ。私はヒステリックで、マゾヒストなんです。


いや、貴女のことではない。


おじさんは大いに困惑気だった。今思えば、確かに、トンカにねだられているのに、おやつをあげない行為のことを言っているのだろう。この場合のマゾの対象とはトンカのことか。その時の私には、どうでも良いことだった。とにかく、その言葉に誘発されたがのように、トンカに有無を言わせずリードを引っ張り、走り出した。


哀しみで胸が張り裂けそうだった。おじさんを恐らくは傷つけてしまったことだろう。それでも、兎に角、この関係を終わりにしたかった。トンカは、分かっているのか、分かっていないのか、その日は散歩から帰ってくると、真っすぐお気に入りのソファーの片隅に陣取ると、深い眠りに落ちた。


そう。いがみ合いの後に何が残ろうか。忘れてしまうことが一番。嗚呼、忘れてしまえれば良いのだが!取り敢えずは、先ずは眠ろうか。



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2023年10月19日木曜日

遂に堪忍袋の緒が切れてしまった巻 其の弐

 




その日も、いつものように森の中を駆け回り、栗を齧り、泥水を味見し、枯れ葉を蹴散らしながら小川のある散歩道にたどり着く、千と千尋の神隠しに出てきそうな小径を夕陽に黄金色に燃えながら走り降りていた。ふと、トンカが立ち止まる。顔を心持ち上にし、耳をピンと立てて様子を伺っている。実際にはトンカの耳は自力では立たないのだが、神経を張り詰めている様子が全身から伝わってくる。


トンカにとってのサンタおじさん、私にとっての困ったおじさん、つまり例のクロケットおじさんと出会う道に差し掛かったということだった。そして、トンカはサンタおじさんの気配を全身で感じ取っている。


ちょっと前なら、微笑ましい姿だった。森で鹿と出会う時にも、同じような姿勢を取ることがあったし、全身全霊を掛けて何かをするトンカを見ることは喜びでもある。しかし、その後のトンカの態度、何も見えなくなってしまう様子に辟易していたので、一瞬にして心にずしんと鉛の塊を感じてしまった。


トンカは動物で、餌の前では本能をむき出しにする。子供達が捨て散らかした食べかす、ハイカーたちが落としていったティッシュ、時に彼らの汚物、スカウトたちのキャンプ後の残飯など、見つけようものなら飛びついてしまう。そこからトンカを引き離すことは至難の業である。


最近、ようやく落ちているティッシュを食べなくなったが、それでも、特にそれに汚物が付いている時などは一瞬にして口に入れて飲み込んでしまう。それがトンカの本性なのだと言われれば、返す言葉は一言もないが、それでも餓鬼のように貪る姿を見ることは辛い。


トンカは以前勝手にすっ飛んで、車道を私を探してかっ跳んでいる時に確保してくれた夫婦が大好きで、見掛けると大喜びで挨拶に行く。そんな姿を見ることは嬉しいし、彼らに甘える姿は微笑ましく、こちらも気付くとにんまりとしてしまう。


しかしながら、サンタおじさん、困ったおじさん、所謂クロケットおじさんの場合は、全く違うのである。なぜなら、おじさんはエンドレスでクロケットを与え続けるような態度をとるので、トンカはいつまでたってもおじさんの傍を離れない。私が呼んでも、隣で駆け出しても、何をしても効果がない。つまり、私の姿が見えなくなってしまうのである。


クロケットおじさんのポケットから全てのクロケットがなくなってしまったら、森でキャンプ後の残飯を見つけた時の様に、トンカは暫くすれば私のもとに慌てて全速力で戻ってくるのだろうか。そんな恐ろしい、トンカを試すようなことは出来ないし、していない。それでも、そんな不安を感じさせるこの出会いが、トンカの動物としての本能を見せつけられることへの苦々しさもあって、苦痛になってきていた。



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2023年10月18日水曜日

遂に堪忍袋の緒が切れてしまった巻 其の壱

 





鹿の後を追いかけて行っても、森で何かに引っかかっても(大抵はキャンプやピクニックの後の食べ残し)、数分もすれば、いや数十分もすれば、必ず戻ってくるトンカ。そして、必ず待っている私。相互信頼関係が築き上げられたと思っているのだが、一つだけ例外がある。


トンカにとっては会えばたっぷりのおやつをくれるサンタおじさん、私にとっては、トンカがちっとも言うことを聞かなくなってしまう困ったおじさん。おじさんにいつも出くわす場所にくると、トンカはソワソワして立ち止まっておじさんの姿を探し、私の存在はその間すっかり消えてしまう。


以前にも書いたことがあるが、おじさんはポケット一杯にクロケットを持っていて、トンカに出会うと大きな手にいっぱい取り出し、与え続ける。時には、二度目の大盤振る舞いもある。最初から大いに戸惑ってしまっていた。トンカを可愛がってくれていることには、感謝しかなく、お礼を言いつつも、一つだけで結構です、と言い続けて来た。


こういうことは、最初が肝心なのだろう。やめてください、とはっきりと断れば良かった。おじさんは善意の塊であり、トンカは大いに喜んでいるのだから、どうにも困ったものであった。しかし、おじさんに会うたびに、トンカはおじさんしか見えなくなり、いや、現実にはおじさんの持っているクロケットしか見えなくなり、私がどんなに呼んでも効果がない。


一度は、トンカを連れて行きたいのであれば、どうぞお連れください、とまでおじさんに言ってしまったこともあった。その時から、おじさんに会う場所にくると、はしゃぐトンカをよそに、心に錘がつけられたかのように辛く、悲しく、なんでこんなことになっているのだろうかと自問してきた。毎回、トンカがおじさんのところに走って行き、お座りをしてドッグフードを与えられている傍で、トンカにリードをつけ、引っ張って連れ戻す、ということの繰り返しだった。


おじさんは、ちっともこちらの気持ちを分かってくれていないようで、リードで連れ戻されるトンカが名残惜しそうにおじさんを見つめていると、ほらっとクロケットを投げてくる時もあった。そんなことしないで欲しい。やめてください。心の中で叫び続けてきた。


私にも、散歩の途中でトンカの仲間たちに煮干しを振る舞う時がある。それでも、一つだけが基本で、私自身もトンカには一回に一つだけあげている。下手をすると、おじさんのおやつは一回に与える餌の半量ぐらいに相当することもある。


いつかはっきりと断らねば、そう思ってきたのだが、そのいつかが、先日思わぬ格好で起きてしまった。



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2023年8月24日木曜日

アルマジロ

 





以前、母とバッタ達とブラジルに遊びに行った時のこと。アマゾンのような奥地で、一人一人が大きなタイヤに乗って川下りをしたことがある。勿論インストラクターの元でであったが、当然小さな滝つぼあり、ごつごつとした岩あり、急斜面あり、とアトラクションに事欠かなかった。何度もタイヤから放り出され、真っ青になりながらも大笑いしたものだった。


確か数十名はいただろうか。皆で揃って集合場所からマイクロバスで川岸に出て、そこで水着に着替え、タイヤを渡されることになっていた。その際にトイレを探したところ、当然ながらそんなものはないことに気が付く。仕方なし、と母と一緒に皆からちょっと離れた小藪に入り、着替えをしていたところ、隣でカサカサと音がする。


ふと見まわしたところ、ぎょっとしてしまった。なんと、アルマジロ君が隣にいたのだから。きっと、彼も私以上に驚いたのだと思う。あの堅い殻をカサカサと動かせて、おい、おい、ここで何しているんだよ、と言わんばかりであった。大慌てで一緒にいた母に知らせたことは言うまでもない。母も仰天してしまった。正にアルマジロと裸の付き合い。


動物園でしか見たことがないアルマジロが目の前にいることに、感動よりも恐怖の感情が勝ってしまって、とにかく早くそこを逃げないと、と慌てたことも今では良い思い出。


なにゆえに今アルマジロのことを思い出しだのかと言えば、どう対応して良いのか分からない知り合いの方のことを考えているうちに、自分がアルマジロのようだな、と連想してしまったからである。


悪い人ではない、それは分かっている。しかし、過去に何度も心が冷え切ってしまう言葉を吐かれ、身体がさっと防御態勢をとってしまうのである。できることならば、素通りして欲しい相手であり、一生言葉を交わすこともないだろうと思っていたのに。


自分で言うのも変な話ながら、お人好しで、頼まれると断れず、おだてられるとその気になってしまう、おめでたい性格な自分が恨めしい。それでも、今のところは身体がアルマジロ化している。硬い殻をカサカサと言わせて。



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2023年8月17日木曜日

C’est la vie 、どうしようもないこと

 





トンカは三人兄弟で、トンカの他に2匹のオス犬がいる。ゴールデンは大抵8匹ぐらいの赤ちゃんを産むらしいので、3匹は少ないらしいが、そこは父親の影響なのだろうか。


ムクムクとして真っ白なゴールデンレトリバーのママから生れた3匹は、大きさこそ違え、皆同じように全体に栗色をしていて、首から胸にかけてクリーム色で、表情がとても愛らしかった。トンカを迎えに行った時には、既に兄弟の一人は数日前に貰われて行ってしまっていた。トンカが一番小さくて、最後までママのおっぱいを飲んでいた様子だったが、先に貰われていった子は、トンカよりも二回りも大きかったそうだ。


その子の名前はCajou。カジュウと発音し、フランス語でカシュナッツを意味する。毛色がカシュナッツのようだからと名付けたのだろうが、なかなかどうしてお洒落で、気が利いていると思ったものだった。


ところが、そのカジュウの飼い主が、自分の手に負えないと地元のSPA、動物保護団体に引き渡したと、末娘バッタが、友達である、トンカのママ、ウシュカの飼い主のお孫さんから聞いてきた。


信じがたい思いがした。トンカの兄弟のことは、時々思い出しては、元気にしているかと思っていたのだが、まさか飼育放棄されているとは!何とも身勝手な話ではないか。考えようによっては、野良犬として外に放り出すよりは、SPAに連れて行って、専門家の手に委ねることは悪くないのかもしれない。別の飼い主との出会いだって、これからないとは言えない。


しかし、である。


怒りと同時に、何とかできないものかと切なくも思った。トンカと同じ顔をして、恐らくトンカと同じようにカンガルー跳びをし、いたずらをし、やんちゃなカジュウが、さみしい思いをしていると思ったら、居ても立っても居られなかった。


それで、ウシュカの家では引き取ってあげられないのかしら。


末娘バッタが、無理らしいよ、と言う。友達のおばあちゃん、つまりウシュカの飼い主が、「C’est la vie.」と呟いたらしい。それが定め、どうしようもない、といったところか。しょうがないことなのよ、ということだろう。


我が家でカジュウを引き取ることを思う。トンカは大喜びするだろう。でも、我が家で2匹の元気なカンガルーを飼うことは、どうなのだろうか。さて、さて。


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2023年8月11日金曜日

森での駆け引き

 





もともと森は人気がないのだが、週末には時々マウンテンバイクに乗った集団や、ノルディックウォーキングとやらで二本の杖をガンガン鳴らして早歩きで駆け抜ける集団や、木の枝を背負ったスカウトの子供達と出会うことがある。ところが、今は何せ国中バカンス一色。一体皆どこに行ってしまったのだろうと思う程、誰もいない。


だからだろうか。このところ、夕方の散歩の折には頻繁に鹿と出会う。出会うという表現が正しいのか、トンカが見つけ出すといった表現が正しいのか。トンカと同じ柔らかい栗色の体躯なので、トンカかと思ってしまうことがある。大腿部の大きさに何か違和感を覚えていると、その傍をトンカが走り抜けることで、鹿だったのか、と分かることもある。


その日は、既に大柄の鹿が軽やかに森の中を横切って走っていく姿を見ていた。トンカは急いで追い駆けていったが、すぐに戻って来た。その辺の判断は、どうやっているのだろうか。トンカが深追いをしたことは、一度もない。いつまで経っても戻ってこない時は、どこかでトンカにとって美味しいものを見つけて、貪っている時である。


そこは森の中でもちょっとした坂になっていて、立派な大木が小径に沿って並んでいる、大いに絵になる場所であった。数メートル先を歩いていたトンカが、右方向を見つめたまま、ぴたっと立ち止まり、その後暫く微動だにしなかった。これはシャッターチャンス到来、とばかりに、数枚撮った。大抵携帯と言えど、カメラを向けるとぷいと歩き始めたり、別方向に飛んで行ってしまうトンカなので、もう少し近距離で撮影したいと、そろそろと近くに寄っていったが、それでも動かない。こんなこともあるのか。近距離で数枚、トンカの横向きの姿を撮影する。


トンカの緊張した姿に、近寄りがたさを覚えたが、どうした、とばかりに歩みを進め、トンカが見つめる方角を見た途端、仰天してしまった。2メートルもしない近距離に、トンカと同じ大きさの、トンカと同じ淡い栗色をした小鹿が可愛らしい顔をのぞかせていたのだから。その小鹿とトンカは、暫くの間じっと見つめ合っていた、ということなのだ。


緊張の糸が張り詰めたような二匹の動物同士の駆け引きは、人間の出現によりぷつりと中断され、一瞬のうちに小鹿は姿を消してしまった。


知らなかったとはいえ、トンカ、ごめんよ。


トンカはそんなことを一向に恨むでもなく、何でもないかのように、いつものように歩き出した。森は思いもよらない出会いに満ち溢れている。



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2023年8月8日火曜日

幻影






その朝は、外に出た時からいつもと様子が違った。いつもなら威勢よく歩き出すのに、珍しく我が家の門の匂いを嗅ぎ、見る度に刈り取らねばと思っている雑草に鼻を押し付けるようにして一つ一つ匂いを嗅ぎ、歩道のあちこちで臭いを嗅ぎ、遅々として歩みが進まなかった。


漸くいつもの運動場の駐車場に差し掛かるところで、遠くに誰か無法者が置きっ放しにしたらしいスーパーのカートを発見し、威嚇の姿勢を取り始めた。「トンちゃん、ただのカートよ。大丈夫だよ。」そんな言葉が耳に入る筈もなく、カンガルー跳びをして近づき、ちょっと吠えた。


匂いに敏感な君なら、あれが生命体ではないことは十分分かることじゃないか。そうは思ってみるものの、ああいった物体を怖がる習性があることは、これまでのトンカの反応からも分かっていた。


それでも、そのカートのお陰で探偵ごっこは一旦終了したのか、いつもの歩調に戻って草原を小走りに進み始めた。と、突然、今度は後ろを振り返り、立ち止まってしまった。見ると、先ほど通って来た道の後方に、白い毛に茶色の斑点模様のフレンチスパニエルの姿が確認できた。老犬なのか、ちょっと足元が覚束ない様子で草むらにゆっくりと入っていくところだった。


トンカはスパニエル爺さんの存在が気になるのか、びくとも動かない。近寄るには距離があるし、スパニエル爺さんがこちらに来るのを待つには、随分と時間がかかることだろう。ここ数日見掛けなかったが、時々出会う、犬を連れてランニングをしている無愛想な男性の犬だろうと思い当たった。


その男性は、すれ違う時に「ボンジュール」と言っても、返事すらしないし、こちらを見ることさえもしない。連れているスパニエルは、トンカが挨拶をしようと近寄っても、さっと避けて通る。いかにも、他の犬と戯れることを禁じられているかのように。そして、ちらりとトンカを見て、申し訳なさそうに、ちょっとよろよろとした感じで男性の後を付いて行く。


男性は、自分が連れている犬が用を足そうが、一切お構いなしに自分のペースを崩さない。車で来ていて、ランニングが終わると、さっとドアを開け、それが何年もの習慣なのだろう、犬も飛び乗り、ぱっと去って行ってしまう。


トンちゃん。待っていてもしょうがないよ。先に行っていようよ。特に会って挨拶をする相手でもないので、トンカに先を促す。意外にトンカは頑固で、じっとスパニエル爺さんを見つめて動かない。が、ここはえいっとリードを引っ張り、トンカを引きずるように前進させた。それでも、何度か後ろを振り返り、スパニエル爺さんが付いてこないか見ていたが、流石に道の曲がり具合で姿が見えなくなると、諦めて、ぱっと頭を切り替え、足早に草むらを歩き始めた。


どちらにしろ、もうすぐ森の手前の広場に差し掛かる。そこで朝は戻ることにしているのだから、スパニエル爺さんとすれ違うことになるだろう、そう思っていた。ふと、無愛想な男性の姿が近くになかったな、と思った。いつもは男性の後を、スパニエルがやっとのことで付いてきている様子だったのだから。


なんとなく気になって、スパニエル爺さんの姿を探しながら今来た道を戻ってみたが、爺さんとは遂にすれ違うことなく、駐車場の脇の道まで来てしまった。いつも男性が停めていた場所に、車はない。というよりも、広い駐車場のどこにも、停めている車は一台もなく、がらんとしている。


一体、スパニエル爺さんはどこに行ってしまったのだろうか。それとも、あれはスパニエル爺さんではなかったのだろうか。だとしても、一緒に散歩をしている人の姿はなかったのではないか。では、迷い犬だったのだろうか。バカンスで飼い主がいなくなってしまったのだろうか。あの犬のSOSをトンカは察知して、じっと見つめていたのだろうか。


見知ったスパニエル爺さんではなかったのかもしれない。それでも、どこかのスパニエル爺さんであって、そして、ひょっとしたら、いつも散歩をしていたあそこの草むらの香りを嗅ぎに、思いが立ち寄ったのかもしれない。そう思うと、それは確信に満ちた思いになり、朝の空に舞い上がった。



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2023年8月4日金曜日

トンカとミラベル

 





我が家の庭に二本あるミラベルが、今年は冷夏にも関わらず枝が折れる程に鈴なりに実をつけている。当たり年、ということなのだろうか。


さくらんぼの時には、毎朝トンカが庭に喜び勇んで飛び出して、夢中でたくさん食べて、最初は笑ってみていたものの、当たり前のことながら便がゆるくなり、実の割に大きな種が消化できずに排出され、トンカにとっては分からないが、私にとってはさくらんぼは大いなる悩みの種となってしまった。散歩の途中に何度も排便をしたからといって十分ではなく、寝る前にもう一度夜に外に出したとしても、甘酸っぱいさくらんぼの魅力に負けて、すぐにさくらんぼの木の下に行ってしまい、家に戻ってこないことさえもあった。


トンカが外に出る前に、庭に先に出て目一杯地面に落ちているさくらんぼを拾おうとするものならば、トンカが大騒ぎをして、朝っぱらからご近所さんを起こしてしまいかねない。仕方なしに、用意ドンでさくらんぼ拾いの競争となるが、毎日そんなことをしているわけにもいかない。最終的には、トンカには可哀想だったが、2週間程庭の外出禁止とし、家の中で既にリードをつけて外に出て、裏庭のさくらんぼの木に行けないようにしてしまった。


ミラベルはどうだろう。実際のところ、夏はトンカにとって二度目に迎えるのであって、昨年は一体どうしたのだろうか。丁度留守にしていて、息子バッタがトンカの面倒を見てくれていた時期にあたるのだろう。彼に尋ねてみたが、普段通り外に出していたが、特に困ることもなかったとの返事だった。昨年はミラベルは不作だったのだろうか。


ミラベルの実が未だ小さくて青い時期から、風で吹き飛ばされたり、鳥に落とされたりと、幾つか地面に転がり、太陽に照らされ熟成し、芳醇な香りが漂い始めてくると、トンカはすかさず転がるように走って行くと、無我夢中で味見をしていた。


リメンバー、さくらんぼ。


これはやばい。背に腹は代えられぬ、ということで、トンカには可哀想だが、さくらんぼの時と同様、庭の外出を禁止とし、家の中で既にリードをつけて外に出て、裏庭のミラベルの木に行けないようにしてしまった。丁度いいことに、このところ雨降りの日々が続いているので、特に文句を言うこともなく、とりあえずは問題なく日々が過ぎていた。


それでも、散歩の途中でプラムが落ちている場所など、大喜びで一粒、二粒と夢中で食べているトンカを見て、なんだか可哀想になってきてしまった。トンカの家の庭には、あれほど見事な実がなる木があるのに、その恩恵を享受すること叶わずに、拾い食いをしているトンカ。


そんな気持ちを敏感に察してか、遂に夕方、裏庭に面した大きなガラス窓のところで、悲し気に泣き始めてしまった。おしゃべりなロビンがトンカに、君の家のミラベルは今が丁度甘くて美味しいんだぞ、とても伝えたのだろうか。生意気な隣の猫が、君は最近自分の家の庭さえも自由に歩けないんだね、などと揶揄ったのか。


悲痛な泣き声に負けてしまい、いや、実のところ、ひょっとしたらどうしても用を足したいのかもしれないと、リードを付けて外に出してやると、遠慮をしてか裏庭には行かずに、前庭を確かめるかのように隅々まで嗅ぎまわって、満足そうだった。


そうだよね。そうだよね。せっかく庭のある家に住んでいるのに、庭に行けないなんて、それはあまりに酷い仕打ちじゃないか。丁度良いことに、テレワークが続くので、必要あればいつでもトンカを外に出してやることが出来る。


意を決して、翌朝、いつもの散歩の朝、家に入らずに、玄関の前でリードを外してあげた。そうして、ミラベルを摘むために籠を手に、用意ドン、ミラベルの木まで駆けだした。最初こそ、きょとんとしていたトンカだったが、状況を飲み込むと、飛び上がるように喜び勇んでミラベルの木の下に駆けこんが。そうして、餓鬼の如く、凄まじい音を立てながら、ミラベルを食べ始めた。負けてはいられまい。大急ぎでこちらも、ぷっくりとした丸い黄金の粒を籠に入れていく。


無我夢中だったのは、私の方だったかもしれない。籠一杯に摘んで、ひと段落した頃には、トンカの姿はなく、どうしたものかと見渡せば、ちょっと小高くなっているところに寝そべって、太陽の光を浴びて満足そうに日向ぼっこをしていた。


トンちゃん、満足したのかしら。予想だにしていなかった、不思議な光景だった。満腹、満足、そんな言葉は動物界ではありえず、出来るだけ食べることができる時に食べる、というものだとばかり思っていた。


幸せに満ち足りたトンカが、その日一日中騒ぐこともなく、お利口さんであったことは言うまでもない。過大評価は禁物ながら、さすがに過小評価していたな、とトンカの顔をじっと見つめてしまった。いやはや。学びは尽きない。



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2023年7月19日水曜日

アリドオシ

 





最近、散歩の途中でトンカが模範的なお座りの姿勢をとる場所がある。最初は、いつもの「もう動きません」の頑固な意思表示かと思ったが、どうでもそうではないらしことは、表情を見て分かった。意地っぱりではなく、素直な優しい表情をしていた。


そして、トンカが模範的に座す脇に、小ぶりな広葉樹の低木があることに気が付いた。びっしりと濃い緑の葉で覆われていたが、隙間から小さな赤がちらちらと窺えた。手を伸ばしてみると、意外なことに枝にはたくさんの細いながらも固く鋭い棘が生えていて、進入を拒んだのである。


小さな赤は、さくらんぼよりも一回り小さい林檎のような硬さを持った実だった。そんな実が幾つが枝についているのである。棘を上手に避けて、赤い実をぷつっと枝から失敬すると、待っていましたとばかりに目を輝かせて、それでも直立不動のようなお座りの姿勢を崩さずにいるトンカに差し出した。


トンカは厳かに、その赤い実を口に入れると、大いに満足そうにして、再び歩き始めた。


トンカがこのような行動に出なければ、見落とすことだった小さな赤い実。そういえば、我が家の庭にも似たような枝が生えてきていて、伐採する時に枝に棘があることに驚いたことを思い出した。あれは、こんな可愛らしい赤い実をつける低木だったのか。


さすがのトンカも、赤い実の魅力に、密集した枝の中に首を突っ込んだものの、堅く、細長い棘に行く手を阻まれて、無念と思っていたのかと思うと可笑しくなった。そして、私の助けを上手に引き出した姿に一層の愛おしさを感じてしまう。


同時に、人間は野生の牙をこうして丸くしてしまうのだな、と自分の行為に僅かながらの後ろめたさを感じてしまったことも事実。


こうして、暫くは散歩の途中でちょっとした儀式が楽しめることになった。赤い実の正体はなんなのだろう。ネットで検索してみると、アリドオシなのかもしれないと思われた。しかしアリドオシとは、なかなか乙な命名ではあるまいか。ね、トン。さあ、行こうか。



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2023年6月21日水曜日

クロケットおじさん

 




トンカと森を散策していると、色々な人に出会う。そのうちの一人が、クロケットおじさん。おじさんといっても、サンタクロースの様な白髪と見事な髭をたくわえているので、ご隠居されていると思われるが、クロケットお爺さんではゴロが悪いし、ニックネームなどはぱっと閃く類のものなので、クロケットおじさん、として勝手に呼ばせてもらっている。


いつも夕方、小川が流れている傍の小径で、黒い雑種の大型犬のネイマーと散歩をしている。と思いきや、週末に午前中に同じ場所で、小さなマルチーズと散歩をしているところに出会ったこともある。糖尿病の気があるので、散歩を日課にしているということだが、二匹ともクロケットおじさんの犬ではなく、ご近所の犬たちというから驚いてしまった。それを聞いた時には、「ねえトンカ、おじさんの家の近くに引っ越そうか!」なんて冗談を言った程である。


クロケットおじさんは、とってもトンカを可愛がってくれる。おじさんが連れているネイマーが可哀想に思われる程、依怙贔屓してくれる。ネイマーは怒って、ワン、ワンと抗議するものだから、余計におじさんに怒られてしまう。トンカはそんなこと気にも留めず、おじさんに可愛がってもらおうと、熱いまなざしでおじさんをじっと凝視し、お座りをする。すると、おじさんはポケットに大きな手を突っ込み、手一杯にクロケット、つまりドッグフードをつかみ取り、ほれ、ほれ、と次々にトンカに与える。


そりゃあ、ネイマーも怒るわな。ネイマーには、時々思い出したかのように、放って与える。それよりも、こんなオヤツの与え方ってあるかしら、と思う程のすごい量。


最初は、ありがとうございます!と感謝していたが、おじさんは懐くトンカの期待に応えようとするかのごとく、ぱんぱんに膨らんだズボンのポケットから、大きな手にあふれんばかりのクロケットを何度も取り出し、目を細めて与え続けるものだから、時々トラブルが起こってしまう。


トラブルとは、エンドレスのオヤツに目がくらんだトンカが、クロケットおじさんの傍を離れなくなってしまう、というだけのことだけど。


一度など、もう結構です、と言っているのに、おじさんが与え続けるものだから、トンカにリードをつけて引っぺがす行為を余儀なくされ、それでも、名残惜しそうにおじさんはトンカにクロケットを放って、ほとほと困ってしまった。


甘えるだけ、甘えさせる、ということか。我が子ではないので、躾など、ちっともお構いなし。そもそも、鳥じゃあるまいし、餌を放って与えるとは、なんて思ってしまう。


一方で、いやいや、おじさんは懐くトンカが可愛くて仕方ないのだろう。なにも目くじら立てなくとも、とも思う。しかし、ヘタすると、我が家で与えるドッグフードの量はあるのではないか。それに、せっかくトンカの健康を考え、せめて質の良いドッグフードをと厳選して買っているのに、おじさんのオヤツは恐らく、ジャンクの類だろうと思ってしまう。


そんな話を動物好きの友人にしたところ、それはおじさんが可哀想だよ、と呆れられてしまった。


そんなものなのかしら。まあ、気楽な悩みといえば、そうなのだけど。クロケットおじさん、いつもありがとうございます。




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2023年4月2日日曜日

花より団子のお花見会

 




いつもなら大地ではクロッカス、水仙、ヒアシンス、チューリップの順で咲き始め、次第に連翹が黄金に輝き出すと、樹木の花芽がぷっくらとし出して、さくらんぼ、ミラベル、クエッチがそれぞれに純白の花を咲かせるのだが、ここにきて駆け足で暖かくなったものだから、一斉にすべてが咲き誇っている。


花が散ってしまう前にと、慌ててトンカの友人師匠と連絡し合い、我が家の庭でお花見をすることにした。あいにく我が家はトンカと私だけだったが、彼女の家族は大型プードルとスピッツを飼っていて、バッタ達よりは二、三年年下のお子さん二人がいる。皆さんお揃いでどうぞと誘ったのだが、当日旦那さんは出張で不在、そして恐らく子供達は遠慮すると思うわ、とのことだった。


天気予報はやっぱり当てにならず、良い日を選んだはずなのに当日は肌寒く、とてもではないが外でピクニックをするのは厳しい天候となってしまった。それでも、お花見決行で結構よね、と確認し合った。せっかくだけど、家の中で食べましょうよ、と。食事会は人数が大勢いた方が楽しいと相場が決まっている。ご近所の散歩仲間に声を掛け、彼女がデザートを作って持ってきてくれることになっていた。


「本当に皆でお邪魔していいのかしら。」


友人師匠からそんなメッセージが届いた。勿論よ、嬉しいわ!と返事をしながら、「皆」とは、子供たちのことなのか、犬君たちのことなのか、と疑問に思った。が、その時はその時。茶巾寿司を作ろうと準備をしていたし、海老の殻でとった出汁はたっぷり出来ていたし、子供達が来てくれればトンカも大喜びする。


果たして。トンカが興奮し出したので玄関に出てみると、おお、大型プードル君、ちびっこスピッツ君を引き連れ、お子さんたちも一緒に、友人一家がお揃いでやって来てくれた。「息子の友達も呼んじゃったのよ。いいよね。」というので、最初は犬君の友達かと勘違いをしてしまったが、高校生の友達のことであった。大笑い。勿論よ!




トンカは訓練をした甲斐なく、興奮して飛び回って皆に挨拶をしている。犬君たちは外で遊んでもらった方が落ち着くかもしれない、となったが、せっかくなのでと皆で外でさくらんぼの花を愛でることにした。ひとしきり遊びまわったり、おしゃべりをして、お腹もすいてきたし、と家に戻り、スープを温め直していると「あら!トンカが!」と、友人のお嬢さんが素っ頓狂な声を上げる。何事かとサロンに行けば、なんと、一つだけ格好が悪くできてしまった茶巾寿司をお皿に分けて置いておいたところ、それをぺろりと食べてしまった後だった。


皆大笑いをしているが、ちょっと、ちょっと、トン助よ。それはないでしょう。でもさあ、ねえ。美味しかった?寿司飯には、椎茸、人参、さやいんげん、海老が入っていたが、卵焼きはもちろんのこと、お米一粒も残さずに、食べてしまったのだから、美味しかったのだろう。もうちょっと味わって欲しかったけど、いや、そこじゃないよね。いやはや。


友人はお稲荷さん、細巻き、唐揚げをたくさん作って、お重に入れて持ってきてくれた。ジューシーなお稲荷さんは大好物。嗚呼、なんて幸せなのだろう。そして圧巻は散歩の友人のデザート。日本産のサツマイモをマルシェで見つけたとかで、サツマイモのシフォンケーキを焼いてきてくれたのだが、これが得も言われぬ美味しさ。まろやかで、軽くて、優しい味わいで、一口ごとに唸ってしまった。もう一つは、苺大福。可愛らしい赤い苺がまっしろな大福からのぞいていて、見て楽しみ、味わって楽しむ、素晴らしい出来。


花より団子とはよく言ったもので、おしゃべりと美味しいお食事に夢中になり、あっという間の楽しいひと時に。どうもありがとう!今度はもうちょっと太陽が出ていて、暖かい時に外でにぎやかにやろうね。


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2023年3月18日土曜日

予感

 





翌朝、サロンとキッチンの間のドアが少し開いていたので、夜中にトンカが水を飲みにキッチンに入って来たと思われた。当の本人が元気そうにおもちゃを咥えながら出迎えてくれた。良く眠って元気になったかしら。


いつもの通り早朝の散歩に出掛けようと庭に出て、靴を履いていると、シャキシャキと小気味よい音が聞こえて来た。ふと見れば、トンカが人参を齧っている。そうか。人参が好きじゃなくなったのではなく、人参が食べられない程弱っていたのか。


先日、近所の散歩仲間からトンカ用にと人参を分けてもらっていた。多く買い過ぎたらしく、悪くなる手前なので、もしもトンカが食べるなら、とのことだった。トンカは人参、大根、蕪、キャベツ、なんでも食べる、筈だった。特に与えているわけではないが、料理をしている時に隣で座ってじっと見ているので、切れ端を味見させてあげることがある。そんな時は大喜びで、大切そうに食べている。


いただいた当日、細身だったので人参を一本そのままあげると、喜んで庭に行って食べていた。これは良いいただきものをしたと喜んでいたのだった。具合が悪くなった当日、いただいた人参をあげると庭に出て行ったので、てっきり食べたと思っていたのだが、夕方の散歩の帰りに、庭の水飲みの脇に人参が転がっているのを発見した。


そういえば、散歩の前にも人参をあげると、ちょっと匂いを嗅いで、ぷいと横を向いたことを思い出した。なんだ、もう人参の味には飽きちゃったのかしら。そう思っていた。


それが、である。なるほど。人参が食べられない程、弱っていたのか。そして今は、人参が食べられる程元気になったということか!なんと、朗報ではないか!


実際のところ、何が原因で具合が悪くなったのか分からないが、弱った胃腸を更に傷めないようにと嘔吐することで身を守り、とにかくひたすら寝ることに徹したことが奏功したのだろう。いやはや、トンカの自衛本能、自然治癒力には脱帽するしかない。



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2023年3月17日金曜日

予兆





 


学校の校門のところで何かを咥えたので、また子供達が捨てたパンの切れ端か何かだろと思っていた。どうやらずっと口に咥えている様子だったが、グラウンドの手前でぽいっと咥えていたものを落とした。それを見て、なんだか違和感を覚えた。芯とは言え、まだ瑞々しい実がたっぷりとついている林檎だったからだった。


広場には犬一匹おらず、なんだか拍子外れな思いをしているのか、トンカの足取りもいつもよりは緩慢な気がした。厳密にいえば、今から思えば「緩慢な動き」だったが、その時は気にも留めていなかった。


森の中では珍しく、小径が三差路になっていたり、十字路であったりする場所で立ち止まり、こちらの様子を窺っていた。というより、私が近づくまで待っていてくれていた。


学習効果、というのだろうか。むしろ、前日のトンカとは別人の様で怖い程だった。


そう、その前の日、トンカはいつも以上にはしゃぎまくり、すっ飛んで行ってしまったので、十字路に差し掛かる場所で、一体どこに行ったのか分からなくなってしまったのだった。いつもなら、暫くすれば茶色い塊がどこからか飛んでくる。ところが、その日は待てど暮らせど姿は勿論、音さえもせず、気配が忽然となくなってしまっていた。


大声で名前を呼び、口笛を吹き、音を立て、トンカを呼び戻すもなしのつぶて。既に小半時間は経ってしまっただろうか。段々と焦る思いが募ってきていた。散歩しているカップルやサイクリストに声を掛け、細身の茶色い犬を見なかったか、と尋ね、もしも見たらサインをしてくれないか、とお願いをした。


夕方近かったので、散歩をする人もまばらだったが、声を掛けて数人目となるランニングをしていた高校生ぐらいの女子学生が、犬なら農場付近で首輪をつけた茶色い犬を見たと言ってくれた。トンカに間違いあるまい。


急いで農場の方に走っていく。前回と同じように農場の門が開いていて、そこに入り込んでしまったのだろう。果たして、農場の門はどうぞと言わんばかりに大きく開いている。大声でトンカの名前を呼ぶが、ちっとも手ごたえがない。一体、あいつはどこに行ってしまったのだろう。


と、遠くでこちらに向かって手を振っている人がいるように思えた。あまりに遠くで自信はないものの、すがる思いでその方向に走って行った。と、綱をつけられたトンカが、バゲットにむしゃぶりついているところだった。森の端に住む農業学校の施設の管理人一家が、何かに怯えるかのように道を突っ走っているトンカを見て、車に轢かれないようにと捕まえてくれていたのだった。


無事にトンカが見つかったことに心から安堵し、お礼をいってトンカを引き取った。トンカからは田舎の香水の匂いがぷんぷんしていたし、勝手に走っていってしまったことにちょっと腹が立っていたし、随分と気を揉んで精神的にも肉体的にも疲れていたので、その夜はハグもせずに、早々にお休みと、私は二階の自室に入ってしまった。


次の日、思えば、一日中トンカはソファーの上で寝ていた。テレワークをしていると、決まって遊んで欲しくてまとわりつくのだが、その日は甘えることもなく、静かに大人しく寝ていた。今から思えば、それも予兆の一つと言えよう。


いつもより早めに仕事を切り上げることができ、早めに散歩に行くことにした。じゃあ、ちょっと早いけど、腹ごしらえをしてから行こうか。そう誘って、ドッグフードをお皿に盛った時、非常に遠慮がちにこちらを見ていたので、なんだか違和感を覚えた。まさか、前日のことを引きずっているわけでもあるまいに。


トンカが食べ物に興味を見せないことは、これまでかつて一回もなかったので、何かがおかしいと感じがしたが、その時はまだ何かの予兆とは思ってもいなかった。


こう考えると、幾つもの予兆があるではないか。


果たして、森の散歩の途中でトンカは急にしゃがりこんでしまった。今まで嘗て、そんなことなどしたこともなかったのに。もう、動けません、そう身体からメッセージが発信されていた。


そうして、漸く起き上がったかと思うと、嗚咽をし、黄色い汁とともに先ほどのドッグフードを全て吐瀉してしまった。そして、また、ぐったりと大地にへばってしまった。


トン。君の具合が悪かったなんて、ちっとも分からなかったよ。そんなことなら、こんな遠くまで散歩に行かなかったのにね。無理させちゃったね。さあ、頑張って歩いておくれね。


トンカは、本当にふらふらと歩き、気のせいかお腹の肉がげっそりとこそげ、今にも倒れんかのばかり弱々しい様子で、なんとか家に戻って来た。そして今、ソファーに伸び切って寝ている。身体を伸ばして寝ている様子に、ちょっと安心する。


農場でまた何か変なものを食べてしまったのだろうか。先ずは、しっかりと落ち着いて様子をみてみよう。


バッタ達にトンカの近況を報告すると、末娘バッタから「ママが隣にいるから大丈夫だよ、きっと!」とメッセージが届いた。親に全幅の信頼を寄せてくれる一言に、ぐっとくる。よし、トンちゃん。安心しておくれね。根拠のない自信で、翌朝元気なトンカを想像し、大丈夫だと強く思う。



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2023年3月9日木曜日

トンカの自然治癒力

 






自分の家の庭で亀を飼っているという友人が、亀が冬眠から目覚めて地上に這い出してきたので、農耕の準備を開始する時期だと言う。そんなものなのかと感心していたが、確かに枯草の荒涼とした土地だと思っていた場所が次々に掘り起こされ、柔らかくしっとりとして黒々とした土に覆われた農地が次々に出現している。


トンカとの散歩ルートの一つに、そんな大きな農場の近くを通るものがある。大抵、農場はきっちりと門が締まっているのだが、先日に限って、さあようこそとでも言わんばかりに、大きく門が開かれたままであった。もう夕方も遅く、既に農作業は終わったであろうから、恐らくトラクターの出入りなどで門を閉め忘れたのだろう。


こんなチャンスを逃すトンカではない。嬉々として猛スピードで農場に入り込んでしまった。あ~あ。追いかけて行ったら逆効果なことは、流石に今では良く分かっている。口笛を吹こうが、名前を呼ぼうが、大騒ぎをしようが、暫くは帰ってこない。


やれやれ。


願わくば、農場の人が突然帰って来て、トンカを大剣幕で怒り散らし、追い出そうとなどしないことだが、もしかしたら、むしろ誰かが来てくれて、その勢いでトンカが我に返り、慌ててすたこらさっさと農場から出てくることの方が良いのかもしれない。


とにかく、雨も降っていないし、冷たい風も吹き荒れていないので、ここは待つしかあるまい。私の姿が見えなくなったら、流石のトンカも慌てるのではないかと、大きな樫の木の後ろに回ってみた。


どんなに時間がかかっても、トンカはいつかは戻ってくる。今までがそうであったのだから、今回もそうに違いまい。そう信じるしかない。樫の木に隠れる格好で、農場を覗いてトンカの行方を追ってみると、何のことはない、入り口からそう遠くないところで、何かの匂いを懸命に嗅いでいる。そうして、やおら横になると、身体を押し付けるようにてゴロゴロしている。やばい。これは、自分の体臭消し、或いは大好きな匂い付けの行為。ということは、トンカは農場の香ばしい匂いを身に纏っているということなのだろう。それが何なのか、あまり知りたくはなかった。


トンカが場所を移動して、こちらを窺う様子だったので、さあ、と言わんばかりに勿論トンカの方には一切目も向けずに、農場の門の前を思い切りよく駆け抜け、その脇の広場に向かって走って、大木の根っこで立ち止まった。と、後ろを振り向いたら、トンカの笑顔。作戦、大成功。


ところが、翌朝、吐瀉物を発見し、夜中にトンカが吐いてしまっていたことが判明した。水入れにいつもたっぷりとある水は一滴も残っていなかった。慌てて水を入れてあげると、がぶがぶと飲んで、すぐに飲み干してしまった。慌てて改めてたっぷり水を入れてあげると、これもまた即座に飲み干してしまった。


吐瀉物といっても、水気が多く、色からして、マダニを取るために特別にあげた胡麻ペーストのようにも思えた。うーむ。


ふと思う。農場には危険がわんさかある、と。鋭い刃のついた農機具は勿論、化学肥料、農薬、小動物駆除のための毒団子。単純に馬や牛の糞でも食べていたのかと思っていたが、本当のところは分からない。


トンカには絶食を課すことにし、既にたくさんの水を飲んではいるが、もっと飲んでもらい、もしも摂取したのであるなら、毒素を排出させねばなるまいと思った。こんなに水を一度に摂取したことはないので、恐らく身体が欲しているのだろう。自然治癒力に頼るのが一番か。


トントン、農場の前を通る散歩ルートは、暫くはお預けにしようね。



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2023年3月5日日曜日

パンドカンパーニュの魅力

 





日曜の昼下がり、のんびりとトンカと森の散策に出掛け、久しぶりに大回りをして幾つもの森を抜けて、小川に沿って歩いて行った。学校のバカンスの最後の週末にしては、曇天で寒々としているからだろうか、子供たちの姿は全く見掛けず、時々ランニングをしている若者や、マウンテンバイクをしているサイクリストに出会うだけだった。


それでも車道に出てみると、他県ナンバーの車が数台空き地に駐車をし始めていて、これから散歩に出掛ける人々で、いつもよりも賑わっていた。こんな時はさっとトンカにリードをつけるに限る。一番厄介な連中は、固定観念で犬を怖がる大人、子供だった。


最後の丘をリードを付けながら上り切ると、後は大きな緑あふれるマンションの敷地を横切るだけだった。と、急にトンカがリードを強く引っ張った。叢にしきりに入りたがっているが、その勢いたるや尋常ではない。兎か、ハリネズミか。


こちらも引っ張られそうになるので、頑張って引っ張り戻すが、トンカの意思の強さは、私のそれを数倍上回っているようだった。仕方ない。長さが調整できるリードをつけていたので、こちらが引きずられない様に踏ん張りながら、這う這うの体でロックを解除した。


と、勢い良く叢の中に入り込み、ごそごそやっている。一体何事かと近寄ってみると、あに図らんや、大きな塊に齧りついている。よくよく見てみると、大きなパンドカンパーニュの半分だった。


フランスのパンドカンパーニュの大きさは度を越えていて、一つあれば一週間は家族皆で食べることができる程なので、それを半分にしてスライスしたものを購入することが多い。が、これはスライスしていない塊で、どうやら全粒粉を使っているのか、ライムギ粉で焼いているのか、かなり色の濃い、ずっしりとした重みを感じさせるものだった。


トンちゃん、すごいものを見つけたねえ。これはトンカの戦利品以外の何ものでもない。やれやれ。一体、トンカの嗅覚はどうなっているのか。改めてその凄さを目の当たりにすることになった。トンカが意地でも獲物を逃したくなく、リードを引っ張って頑張ったわけが漸く分かった。


こうなると、トンカからこのパンを取り上げることは無理なことは明白だった。毒など盛られていないことを祈るしかないが、しかしなんだってパンの塊を叢に放ってしまったのだろうか。誰も未だ手につけていない、綺麗なパンの塊。足があるわけでもないのだから、誰かが放らないと、叢の中には置かれていない。


想像力を逞しくしても、ちっとも場面が浮かび上がらなかった。自転車の荷台に括りつけてあった、ピクニック用に準備した袋から転がったのだろうか。或いは、ドライブ中のカップルが喧嘩になって、つい、パンを投げてしまったのだろうか。いや、いや、いや。


そんなよしなし事を考えている中にも、トンカは必死になって塊にかぶりついている。塊を口に咥えたまま、促されては歩き、時々口から落として唾液で柔らかくなったところ食べ、また口に咥えては歩くものだから、ちっとも前進しない。


赤ずきんちゃんに出てくる、おばあちゃんを食べてグーグー寝こけている狼のようにお腹が膨らんできているように思われた。ああ、とんちゃん。今日の夕食は、もうこのパンでお仕舞ね。


それが分かったのか、分からなかったのか。散歩から帰って来てからずっと、赤ずきんちゃんの狼よろしく、ソファーで正体不明で寝こけている。パンドカンパーニュの魅力は底知れない。



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2023年3月4日土曜日

ルイとの出会い

 





人間同士に相性があるように、犬にも相性がある。体形よりは気質の類似性の方に比重が多く、出会った途端にお互いに何かを認識し、抱擁するかの如く後ろ足で立って絡み合う。もちろん、これはトンカの場合。


先日も、森の散策の時にすばしっこい若いブリタニー・スパニエルに出会った。二匹は出会った瞬間から、人生で最高の相棒と言わんばかりに抱擁し、おい、行くぜ、と疾走劇を開始した。


フルスピードで前方に疾走したかと思えば、急回転をし戻ってきたり、横の藪に駆けこんだりと、こちらが目を回してしまう程のリズムを二匹で軽やかにやってのける。二匹のスピードは恐らくほぼ同レベルで、時々一方が仕掛けをし方向を変えるものだから、相手は必至になって追いかける。こちらは抱腹絶倒。笑いが止まらない。


スパニエル君はルイという名前で、フランスの国王の名前としても有名だが、今でも我が子に付ける名前としては群を抜いているだろう。その名を愛犬とはいえ、犬君に付けてしまうのだから、驚いてしまう。


そういえば、トンカの最愛の相棒の一人に、ラブラドールのラムセスがいたことを思い出した。ラムセスと言えば、エジプトの王様の名前だが、ルイと同様に今でも生まれて来た子供にラムセスと名付ける親は多いだろう。


とすると、トンカは王族のやんごとなき方々と親しくなる傾向があるのだろうか。


つまらない俗な思いを打ち破るが如く、二匹がもつれ合いながら脇を疾走していく。変にぶつかって倒れないように気を付けねばならない。ルイを連れて来た青年と一緒に歩く格好になったが、彼がとつとつと話を始めた。


丁度息子バッタと同じような年齢だろうか。くりくりのカールが愛らしい天然の黒髪で、ぱっちりとした目元が、ミケランジェロのダビデ像を思わせた。普段は口数が少ないと思われるが、やんちゃなトンカに手を焼いていると察知したのか、散歩や躾の上でのヒントを、ルイのエピソードを交えながら教えてくれる。


控えめながらも、ゆっくりと丁寧に、ルイの猟犬としての特性を考慮して、それに合わせたゲームをしながら躾をしたことや、森で迷子にならないための訓練を紹介してくれる。きっと、トンかもルイと似たような気質だろうからと、教えてくれているのだろう。


いつの間にか森を抜け、丘の斜面を上ると目の前に夕方の空が広がった。丁度夕日が沈むところで、地平線上に真っ赤な太陽が最後の光を放っている。草原ではルイとトンカが走り込んでいて、夕日に染まったトンカの毛並みが黄金色に輝いている。


綺麗だ。


彼は一人そっと呟いた。


息子のような年齢の青年が、こんなに打ち解けてくれて、自然と自分をさらけ出してくれたことに、驚きと嬉しさが込み上げてきた。なんだか息子バッタと一緒にいるような気さえしてしまった。


ルイとトンカが見せてくれた自由奔放な、まさしく自然界の力のお陰なのだろうな、と思う。夕日に染まりながら、優しい気持ちに包まれ、感謝の気持ちが自然と湧き上がってくる。思わず、心の中で首を垂れる。



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2023年2月15日水曜日

マクドの魅力は魔力

 





フランスで初めて「ネック」と聞いて何のことか分からなかったが、やがてそれが「NEC」のことだと分かると、ずっこけてしまった。「バドワ」はビールの「バドワイザー」ではなく、炭酸水の「BADOIT」と知らずにの、同僚とのランチで赤っ恥をかいたこともある。


同様に、えっと驚いたのが「マクド」。学生時代に皆と「マクド」の話題になって、きょとんとしている私に、「マクド」も知らないのかと大騒ぎになり、それが「マクドナルド」の略だと知った時の驚きといったらなかった。日本では「マック」だと伝えると、皆げらげらと笑った。正に、所変われば品変わる、である。


一方で、マクドの魅力は世界共通のようで、フランスに来た頃にはアメリカ文化、特にジャンクフードなどフランスの風土には向かないとかいって強固な抵抗勢力が健在で、店舗一つなかったが、今ではどうだろう。哀しいかな、いつのまにかフランス全土はマクドナルドに席巻されてしまった。


森の中でトンカと夕方のいつもの散歩をしていた時、前方に幾つもの別れ道がある場所に差し掛かった。トンカは私の先を速足で行くのが習性で、この時も随分と前を歩いていた。勝手に道を選ばずに待っていてくれるようにと願いつつ、ちょっとした上り坂を歩いて出てみると、曲がり角のすぐの場所にうずくまっているトンカを発見した。


トンカの周りには茶色い紙袋が無造作に積まれている。トンカにより物色され、紙袋が破られ中身が散乱している一部から、それがマクドナルドのものであることが分かった。一体なんだって森の中に、マクドナルドで食事をした後の紙袋を捨てていくのだろう。ピクニックにマクドナルドを食べたのなら、食べ終わった紙袋も持って帰ればいいだけのことなのに。


森にはゴミ箱はない。なぜなら、ゴミを収集する人がいないからである。その辺に食べ残しや紙袋を破棄していく神経が分からない。ため息をつきながら、トンカがフライドポテトの袋に鼻を突っ込んでいる様子を見つめる。トンちゃん、拾い食いは止めようね。ああ、でも、トンカにマクドの魅力を拒否するだけの強い意思があるだろうか。それでも、ダメなものはダメ。


現行犯逮捕。トンカは意外にしおらしく、簡単にお縄頂戴となる。


そこからまっすぐに道は続いており、リードをつけながら、後ろ髪引かれる思いのトンカを半ば引きずるようにして歩いて行った。しばらくすると丁度良いことに、前方にトンカと仲良しの近所のポインターが散歩している姿が見えた。これでトンカもマクドのことは忘れて、ポインター君と一緒に走り出すに違いない。さすがに友達の前でリード付では格好が悪いだろう。さあ、トン、おゆき。


トンカは神妙に首をうなだれはしたものの、さっと身を翻すと瞬く間にマクドの残骸に向かって突進していったのだから、驚いてしまった。やられた!まっすぐな一直線とはいえ、既に500メートルは離れていただろうか。トンカの頭からはマクドの魅力が離れなかったのか。


参ったな、と思いながらも、トンカを怒れない自分がいた。あんなところに明らかに食べ残しの紙袋を捨てていく人間が情けなかった。彼らには、想像力というものがないのだろうか。森に置きっ放しにしたら、いつのまにか誰かが捨ててくれると思っているのだろうか。或いは、森がゴミ溜めと化しても平気なのだろうか。次の機会に、同じようにマクドの紙袋を持ってピクニックに来て、以前自分たちが置いて行った紙袋の残骸があったら、どう思うのだろうか。当然、雨風でべちゃべちゃになって、森の動物たちにあちこち食べられて、見るも無残な姿になっているだろう。まさか、自分たちが破棄した残骸とは思わずに、汚いと顔をしかめるのだろうか。


漸くトンカに近付くと、敵も分かっているのか、静かにお縄頂戴となった。悲しい気持ちになりながら、とぼとぼとトンカと一緒に歩き出し、先ほどリードを離した場所まで来て、それからまた森の中に入った。随分と歩いただろうか。広場に出る手前で、せっかくの散歩なのにリードをつけられたままではトンカも半分しか楽しめないだろう、そう思って、トンちゃん、頼むよ、とリードを外した。


と、驚くなかれ。さき程と同じように、素早く身を翻し、今来た道を逆戻りするために駆けだした。


「トーン!」「トーン!」「トーン!」


哀しみに満ちた声で叫んだ。


一回目の呼びかけは、まさか裏切るのかい、の意。二回目の呼びかけは、またマクドの残骸を食いに行くのかい、の意。最後の呼びかけは、お願いだから行かないでおくれよ、の意。


そうしたら、驚いたようにトンカは立ち止まった。そして、とぼとぼと戻ってきたではないか!


おお、トン!分かってくれたのかい。それからは、お互いを試すような真似はしたくなかったので、リードを付けながら家路を急いだ。まったく、マクドの魅力は魔力である。それに打ち勝つことは並大抵なことではない。




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2023年1月30日月曜日

それぞれの事情





 


私が犬好きだと思ったからか、先日知り合いから3ヶ月の柴犬の子犬の引き取り先を探しているので、心当たりがないかと連絡があった。


柴犬といえば、バッタ達の学校関係の知り合いで、柴犬を飼っていて、その溺愛ぶりがつとに有名な女性がいた。その柴君は10歳を迎えた頃から耳が悪くなってきていて、いつもの散歩道を歩いている時に、車に轢かれて死んでしまった。その話を聞いた時には衝撃を受けた。その時はご主人が散歩に連れて行っており、その帰りだったという。愛犬を目の前で事故に合わせてしまったことで、どんなにか自分を責めたことだろう。


柴犬の子犬が飼い主を探している。しかも飼い主が、週日は毎日仕事で外出、週末も家にいないことが多く、散歩に連れ出すこともままならず、犬を飼うことがこんなに大変なことだとは自覚していなかった、というのだから聞き捨てならない。


柴君がこの世を去って、既に3年ぐらいが経っている。ひょっとしたら、今回何かの縁かもしれない。知り合いの女性も最初は気になって連絡を取って来た。しかし色々な事情があって、結局は上手くはいかなかった。そのうちの大きな理由の一つに、柴君を亡くした女性が心情的に別の柴君を飼うことを拒否したことが挙げられる。


会えばトンカをこの上なく可愛がってくれているので、正直新たな犬を迎えることに、そこまで抵抗があるとは思っていなかった。ところが、全くの別件で我が家に遊びに来てくれた際に、例の仔犬の話になった途端、はらはらと涙をこぼし、泣き崩れてしまったのである。自分には、あの子しかいないし、あの子を裏切ることはできない、と。


そして、ご主人が散歩をしていた際に、携帯を見ていて耳の悪い柴君や車に注意を払っていなかったこと、交通事故の後、獣医から安楽死、緩和治療、家庭でのターミナルケアの3つの選択肢を提示されたこと、ご主人も周囲の犬仲間も全員が安楽死を勧めたこと、などを、とつとつと語ってくれた。


彼女が尊敬する日本の獣医師に電話で相談したところ、安楽死をさせると魂は浮かばれない、と伝えられ、家に引き取って最期をみとったこと。結果三ヶ月の間苦しませてしまったこと。それでも、魂は安らかにある、そう思っていること、などなど。


私には掛けられる言葉がなかった。


皆それぞれの事情があり、色んな思いを抱えて生きている。



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2023年1月26日木曜日

本来の姿

 






明け方に入ってから霧のように細かい雨が降ったのだろうか。地面はしっとりとしていたし、原っぱの芝生は柔らかく濡れそぼっていた。


雨は匂いを洗い流すのではなく、水分が蒸発することで、むしろ匂いを引き立たせる役割をしているようだった。トンカの歩みは一向に進まずに、ひとところに留まりがちで、付き合ってあげたい気持ちと、朝の忙しない気持ちとが心の中で拮抗していた。


夕方なら、たっぷりと付き合ってやるからね、と先を促す。森の中では自由に駆け回り、思う存分好きなことをしているからか、意外に聞き分けがいい。


そう、森の中では鹿の群れを追ったり、飛び立つ雉を追い回したり、猪の家族の後についていったりしている。深追いだけはしないでおくれよ、と走り去る背中に声を掛けるが、届いているのだろうか。


目の前をどでかい黒い塊が、どどどどどーっと物騒な音を立て、しかも猛スピードで駆け抜けた時には、さすがに度肝を抜かれた。そして、その後ろをこれまた猛スピードで追っているトンカの姿を目にした時には、愕然とした。嗚呼、トン!お前さん、相手は牙を持っているんだよ。


思い切りが良いのだろうか。猟犬としての本能に目覚めていないのか、今のところ暫くすると無傷で戻ってくる。本人は一緒に遊びたい思いの方が強いのだろう。しかし、不思議なことに、これが相手が犬だと先ずは相手を見定めるために立ち止まり、警戒する。相手が複数であれば、時には逃げる時さえある。それなのに、見ず知らずの鹿や猪相手となると、立ち止まって考えるよりも先に体が動いているように思われる。本能のなせる業なのだろうが、一体どういうことなのか。


丸い無邪気な瞳を向けて甘えてくるトンカだが、何かを追いかけて本能のままに疾走している姿の美しさに心打たれるし、それが本来の姿なのではと思ってしまう。いやいや、ちゃんと戻っておいでよ。待っているからね。


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2022年12月6日火曜日

トンカと真ん丸の月と私

 






夕方近くに散歩に行くと、樹木の枝の先が切り絵のように見えて、非常に趣深い。夕闇が迫るにつれ、トンカの青色に光る首輪の輝きが増してくる。暗闇だろうと、昼間のように跳びはね、駆け回るトンカなので、次第に真っ暗の中で青色の筋だけが、素早く移動するのを見ながら、トンカの行方を確認しつつ、こちらは懐中電灯で足元を照らし、できるだけ泥濘にはまらないように注意しつつ歩みを続ける。


あれほど遠くに走っていったり、藪の中に入り込んだりする癖に、なぜか用を足す時は奥まった場所とはいえ、こちらが確認できる場所でするのだが、何か理由があるのだろうか。もしもの際に敵から守って欲しいとの本能がそうさせるのだろうか。


そんなことを考えていたら、青色の線が一点で動かずにいる。目をそちらに向けると、真っ黒な樹木のはざまから、こちらを覗いている真ん丸のお月様と目が合ってしまう。曇天の日が続いたからだろうか。気が付かぬ間に月はこんなにも満ちてきていたことに驚いてしまう。


ちっぽけな懐中電灯など必要がないくらい、月明かりが周囲を照らし始めた。濡れた落ち葉が重なり合っている小径など、まるで小川のさざ波のようにきらきらと光り輝いている。遠くから鹿の甲高い鳴き声。こんな世界もあったのか。


頬に冷たい風を受けながら、やわらかに微笑む。



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