2015年3月30日月曜日

お早う



お早う




お早う、早起きさん

お早う



お早う

明け方の雨が眩しいね

お早う



お早う

お早う



ひんやりとした甘やかな香り

お早う

朝に、お早う








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2015年3月21日土曜日

甘くエキゾチックな香り




小ぶりな生姜を一寸ほど、縦に四つ切り、
粒胡椒を一つまみ、
オレンジの皮を一回り削り取り、
ホットスパイスシナモンティーの葉を小匙二杯。
これをたっぷりの一杯の水で煮立てる。
火を止めて蓋をし、じっくりとスープを出す。


最後に会ったのはいつだろうか。
ちょうど一年前の今頃かもしれない。まだ寒くてお互いに分厚いセーターとたっぷりとした外套に身を包んでいた。車に乗り込む前に、辛いだろうよ、元気だせよ、頑張れよ、と抱きしめてくれた夜。夏じゃなくて良かったのか、残念だったのか、一瞬戸惑う。が、すんなりと腕から解放され、ちょと肩透かしを食らったかのようで、慌てて運転席に滑り込む。

二人分の分厚いセーターとたっぷりとした外套が程良い距離なのだろう。お互い暗闇の中で光の線となり、それぞれの思いを抱え北回りに環状線を走り抜け、二つの光の線がそれぞれに止まり、待つ者のいない暗闇に消えていった、あの日。


いや、その後、もう一度会っている。
確か、分厚い外套など必要のない季節になっていたに違いないが、あまり記憶にない。


それから、何度か電話でやり取りをしている。
最後は途切れがちのRERの中から。
そして、日々の忙しさに埋もれてしまって、連絡は途絶えてしまっていた。


それが、いつのことだろうか。
「元気かい?」とメールが舞い込んだ。
「いろんなことに絶望している。こんなに悲観的になったことはないよ。離れようと思う。」

絶望?
子供の学校に?今の職場に?

「フランスを離れたいと思っているんだ。秋には日本にも行ってみたけど、あまり良い印象はなかったよ。今、北欧の国からオファーが来ている。ただ、家族は未知の国での生活に困惑していて、乗り気じゃない。だから、きっと行かないと思うよ。」

誰からか求められているなんて、素敵なことね。北欧なんか行ってしまうと、私が一番悲しく思うけど、きっと北欧まで遊びに行くわよ。人生には流れがあって、逆らっても、もがいても、どうしようもなく、うまく波乗りをしてエンジョイしないとね。

そんな風に返事を書いた。それに対しては特に返事がなく、それから暫くして、驚き呆れるニュースに、彼も同じように呆れるだろうとメールをする。すると朝の3時頃の時間で返事が返ってくる。ニューヨークにでも出張に行っているのだろうか。

「いや、今日、これから中国に10日ほど出張に行くところだよ。だからって早起きしていたわけじゃないけどね。このところ、悩んでいて眠れないんだ。」

ボンボヤージュ。ぜひ10日後に会おうよ。


そのメールへの返事はもらっていない。中国の出張が気晴らしになり、充実したものであったことを祈るばかり。


甘くエキゾチックな香りがキッチンいっぱいに広がっている。濾したスパイシーなスープに蜂蜜と溶かしバターを入れかき混ぜる。擂ったオレンジの皮と三温糖を混ぜ、そこにベーキングパウダーと一緒に篩った小麦粉を入れ、エキゾチックな香りのするスープで生地を作る。クランベリーを一握り混ぜ、パウンドケーキ型に入れる。アーモンドスライスをたっぷりと振り掛け、手で押さえる。

150度に熱したオーブンで小一時間。暫くすると香ばしさが鼻をくすぐる。
ヴァイオリンのレッスンの時間になってしまったので、オーブンの火だけ消して中に入れたままにする。

焼き上げて二日ばかり味をなじませるらしい。それから一週間は十分楽しめるとか。


分厚いセーターを着込み、もこもこのダウンジャケットを着て陣中見舞に行こうか。
ジンジャー、オレンジ、胡椒、クランベリー、アーモンド、蜂蜜。一口食べただけで、元気になっちゃいそうな材料揃い。

二切れ程包んで、お薦めの本を忍ばせ、庭の水仙を入れた紙袋を玄関に置いてこよう。


春は来ぬ。






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2015年3月14日土曜日

お帰りなさい



いつかは会いに来てくれるって分かっていたけど、
それは未だ遠い先のことと思っていた。


未だ薄暗いうちから家を出て、一日中会社で仕事をして、
夜には、くてくてに疲れて家に戻り、
眠りについたと思うや、朝になる。

そんな毎日の繰り返し。


気が付いたら、
もう、君はすっかり我が家の庭に訪れていた。


お帰りなさい。
今回はゆっくりとできるのかしら。














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2015年2月15日日曜日

天空に響き渡る透明な音色






「宇宙の秩序を思わせる、彼の身体から発せられる、あの天空に響き渡る透明な音色。その瞬間、彼の内部では全ての物事がすっきりと調和し宇宙と繋がっているんだ。でも、そんなこと、本人は意識もしていないし、理解もしていないのさ。」


ゆるやかながら日差しに温もりが感じられるグループレッスンがあるいつもと同じ土曜の午後。井戸端会議のように、外のベンチに数人の親たちと座り込み、ティーンを持つ親の悩みや、ヴァカンスの計画、美味しい店、手ごろなケーキのレシピなど、他愛ないことを話題にし、のんびりとしていた時のこと。


何故そんな話題となったのか。幼い子供を持つ父親が、自分の子供たちは未だ偉大な音楽家ではないが、人間にとって音楽というものが如何に大切か、それが人間形成にとってどんなに価値あるものなのか、と話し始めた。そうして息子バッタのヴァイオリンのことを言及。雷に打たれたような衝撃が走る。


別の父親がバッタ息子と同年代の自分の息子の話をし始めたことで、それ以上の会話はなかったが、思わずひれ伏して涙したくなってしまう。彼の言葉こそ、天空に響き渡り大地を唸らせるものであり、その瞬間、宇宙に意識が飛んでしまう。


果たして。
その夜、父親との一週間のヴァカンスに発つとき、ヴァイオリンを背負っている姿に、改めて衝撃を受ける。あれ程父親の前でヴァイオリンは弾きたくないと頑なであったのに。


悟りは求めるものではなく突然訪れるものなのか。
新芽になるのであろう茶色の膨らみを沢山枝につけ、木々が風に揺れる。






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2015年2月8日日曜日

ベルガモット効果



初めてその存在を知ったのは一年前。
どうしても会いたくて街中を探し回るが、どうも見つからない。ひょっとするとパリならば、と友人にSMS。思った通り、彼女は知っていたが、もうどこにも見当たらないと言う。

忘れていた頃に、その存在を知るきっかけを作ってくださったご本人からメールが舞い込む。今よ、今なら出会えるわよ。そう囁かれていた。

一年前と同じように期待を胸に街に出掛ける。今年は息子バッタが一緒。彼には求める相手への思いをちょっとだけ伝えてあった。白く息を吐く人々で街は賑わっていたが、思い当たるところを捜しまわっても、見つからない。似たような仲間たちは大勢いるが、本人ではない。最後に寄ってみようと、街外れの通りから、もう一本中に入り込んだところに行ってみる。と、本人がちゃんといるではないか。

すっぽりと手に入る大きさに意外さを感じる。思わず鼻を近づけると甘い香り。ベルガモット。

一個の値段ではなく、キロの値段であることに良心的なお店だと感心する。と同時に、レモンやライムを一個の値段で売る最近のお店がおかしいのだろうと感じる。拍子抜けするほどの手頃な値段で、あれだけ願っていた相手を手に入れてしまう。






あれは何年前だろう。バッタ達が未だ幼くて、パパが出て行った翌々年の、丁度今頃。ドイツに一週間の出張となり、急遽母が日本から応援に来てくれた。三日目だったか、講演中に携帯が震える。母から。そっと席を立ち廊下に出て慌てて電話を入れる。いつもなら元気に満ち溢れ太陽の明るさを持った声が電話口に響くはずなのに、どうも沈んでいる。話を聞いて、ことの重大さに真っ青になる。我が子を喜ばせようと、小一時間かけて歩いてショッピングモールまで行き、自転車を購入し、乗って帰る途中横転してしまったという。なんとか家にたどりついたが、鏡をみると顔面は腫れ上がり、足は怪我で出血。医者に行った方がいいのかもしれないが、どうしたらいいのか、ということだった。

近所の友人にSOSコールをし、救急病院に連れて行ってもらう。最終的に骨や脳に異常ないことが検査で分かるが、顔は二倍に腫れ上がり、水も飲めない程。足の腫れもひどい。一週間の予定がひと月は我が家で安静にしなくてはならなくなってしまった。あの時、少しずつ回復していく母が、漸く口にできた飲み物がアールグレイ。怪我をするまでは、毎日カフェが楽しみだったのに、身体が欲求しないと言う。そして、ふと口にしたアールグレイの香りが、心までも癒す効果を持っていることに気が付いたと教えられた。

それから、我が家ではアールグレイを常備している。フランスではベルガモットと呼ばれていることを知ったのも同じ頃。今も私が朝8時に出社して、真っ先に口にするのが、アールグレイ。ベルガモットの香りに、心が満たされ豊かになる思いがする。

そんな思いがあるベルガモットだけに、それが柑橘類で、しかも手に入り、それを使った料理が楽しめると知った時には小躍りし、どうしても欲しくなってしまっていた。ところが、ベルガモットの季節は短いらしく、いつでもマルシェに出回っていないことが分かる。それが一年前。今年も、その時期を逃しそうになっていたが、ベルガモットの存在そのものを教えてくださった fleur de selさん が、今が旬よ、と教えてくださったことで、念願の出会いが叶えられた。

さあ、 fleur de selさん のベルガモットを使ったケーキ を!
ベルガモットの皮を削る度に、甘い香りがキッチン一杯に放たれる。一つの実から予想以上にたっぷり採れる果汁を入れて、甘さ控えめのケーキを焼き上げる。真っ先に日本の母に持っていきたいと思ってしまう。そして、一年前にベルガモットの話をしたパリの友人に連絡がしたくなる。彼女とは、ちょっとしたことで連絡が途絶えていた。彼女が悪いわけではなく、私の変な意地がそうさせたのだと反省する。仲直りにベルガモットケーキを贈ろうか。勿論、さっきから、何度もオーブンを覗き込んでいるバッタ達にも食べてもらおう。明日会う予定になっている友人にも一切れ持っていこう。

心は優しさに満たされ、ベルガモット効果は最大限に。
きっと fleur de selさん も今頃ご家族の皆さんと一緒に心豊かにベルガモット効果を大いに楽しんでいらっしゃるものと思う。









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2015年1月31日土曜日

天空に舞い上がる透明な音の粒






「今度の夏のコンサートだけど、ソロをしてもらおうと思っているの。やってもらえるかしら。」

金曜の夜の息子バッタのヴァイオリンの練習が始まる前のこと。
7月の第一週に、フランスの田舎の村で三日間に渡るコンサートが催されることになっている。今年が初めての試み。フランス全国からヴァイオリニストやチェリスト、ピアニストが集まり、共通のテーマの下で、会場別にコンサートをする。第一日目はバロック。二日目は確か午前中にジャズ、午後が映画音楽、三日目はクラシックといったところ。

息子バッタにソロとの大役の声が掛かった曲は、バロックがテーマの第一日目の夜のコンサート曲、Corelliのコンチェルトグロッソ―第8番。その第一ヴァイオリン。

リヨンからも一人ソロが選ばれており、最終的に一緒に弾くのか、直前にどちらか一人にするのか、未定という。「それでも、引き受けてくれるかしら」、とヴァイオリンの師、マリは息子バッタに尋ねる。

固唾を飲んで見守る。
昨年の春のコンサートでは、人前でソロはしたくないと言い張り、皆を当惑させていた。それでも、上手にマリは導いてくれ、ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンのためのコンチェルトの第二ヴァイオリンを練習の為といって皆と弾くには弾いていた。最終的に当てにしていたヴァイオリニストチームの参加が無理となり、当日はソロとして演奏することになったが、苦虫を潰したような顔ながらも、しっかりと演奏してくれた時には、涙ぐんだもの。

彼は、今回はどう反応するだろうか。

マリは随分長いこと考えた末の結論だと言う。「引き受けてくれるかしら。」

「分かりました。」

はっとする。
彼は新たな扉を開け、一歩踏み出した。


透明な音の粒がきらめきながら天空に舞い上がっていくような彼の弾くバッハのヴァイオリンコンチェルト第一番に聴き入りながら、心の震えが止まらない。






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2015年1月27日火曜日

あやしうこそ




 
 
 
 
松尾芭蕉よろしく、何やら『あやしうこそものぐるほしけれ』の心持ちになる。

 

戸棚を探すと、ちゃんと奥の方に1パック見つかる。

ざらざらっとボールに入れ、じゃりっじゃりっと研ぐ。

そして、たっぷりの水を入れる。さあ、明日の朝までたっぷりと水を含んでおくれ。

 

翌朝、たぷたぷの水と一緒に鍋に入れ、ベーキングパウダー小さじ一杯を振り入れ、沸騰させる。ぶくぶくと溢れる泡はスプーンで掬い取ってしまう。沸騰した状態で弱火で5分。火を止めて蓋をして5分。それから、すっかり湯を流し、改めてホーロー鍋に入れて、たっぷりの水とともに沸騰させ、それから弱火で小一時間ゆっくりと煮る。

 

さて、それから布袋に入れて、綿棒で潰す。ここで、皮を除く過程となるらしいが、どうやら皮はすっかり潰れてしまったのか、何も出てこない。篩で擦り、そこに水を入れ、沈殿したところで上澄みを捨てること数回。上澄みと言っても、なんだかせっかくの中身が流れて行ってしまいそうで、どうも時間がかかって仕方がない。また布袋に入れて水分を絞り出す。量を量ると800g程度。この4割程度の砂糖を用意する。その半分を掛けて暫く置くが、どうも変化はない。水分を絞り過ぎてしまったのだろうか。物の本には混ぜてはいけない、とある。一方向にヘラを使うべし。本来なら、ぽってりと仕上がるところ、どうも水分不足なのか、もう出来上がってしまっている。艶が出るタイミングも逃してしまっている。

 

が、まあ、いいか。

なんだか、栗のペーストのような触感。結局、砂糖も予定の半分程度しか入れていない。だからか、素朴な味わい。それも悪くないか。

 

転がっているオレンジ色の薩摩芋に目をやりながら、次回なる挑戦に意欲がわく。

 

 

 

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