インカの純粋な末裔。そんなものは、もうこの世には存在しないんだよ。
家庭ではケチュア語を話すと言うユゴーが淡々と語る。シナモンよりは濃い目の肌に真っ白な歯が爽やかに映える。
そもそも「インカ」とは、王のことを指すんだよ。
どうやらスペイン人がケチュア語の「インカ」という言葉をケチュア族、そしてケチュア族の国家を指す言葉として使うようになったらしい。空中都市、マチュピチュの石段は思った以上に高さがある。小柄とされるケチュア人は足腰が非常に頑丈で、頑強であったとユゴーが、これまた淡々と語る。決して筋肉質ではないユゴーの足取りは確かに軽く、しっかりとしている。
スペインのピサロが1553年にインカ帝国を滅ぼし、ケチュア民族を始めインカ帝国時代の民族は蹴散らされ、いや、スペイン人、スペイン人が連れてきたアフリカからの奴隷たちと結合させられ、その後アジアや欧州からの移民たちとの融合の時代が続く。
相手を思いやりつつも、決して相手にそれを負担に思わせない。急な上りが続く中、若干遅れを取る母を待つともなく、インカトレイルの話をしたり、インカ帝国時代の飛脚が喉を潤したという草の実を摘んで教えてくれる。
スカンポの味にそっくりな、その実を味わう。
食事をする時、常に大地の母に恵を感謝するという。食する前に、ご馳走にふっと息をかけ、宙に飛ばす、という。
ペットボトルを開けた時に、少し水を大地にたらした彼。あれは、パチャママへの挨拶だったのか。
話を聞けば聞く程、自然と融合して生きていたインカ帝国の民たちに、日本の山岳信仰や八百万の神の宗教観に共通するものを感じてしまう。
信仰心の薄いものだって、この山脈からの風を髪に感じ、眩しい朝日を顔に受け、空を真っ赤に染める夕日を目の当たりにすれば、自ずと跪くのではないか。
ユゴーが我々のインカ帝国への旅のイントロをしてくれたことを感謝せずにはいられない。
クスコ(Cusco/Cuzco)、いや、コスコ(Qosqo:ケチュア語)出身の彼は、標高が高く埃多い彼の地よりも自然豊かなマチュピチュに住み、マチュピチュ遺跡のガイドをしている。
決してスペインによる植民地時代を卑屈に思わず、自分たちの歴史としてしっかりと
その頑強な体全体で抱き留めている。彼こそ、誇り高き、正に、インカの末裔ではないか。
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