2018年9月15日土曜日

チューリッヒ駅



人間の記憶とは如何に曖昧なことだろう。

20代の頃までは自分の記憶に自信があった。いつのことだろう。ぽっかりと記憶に穴があることに気が付き愕然とした。細かいことを覚えていないのではなく、本当に、ある時代の記憶が抜けてしまっているのである。バッタ達との生活に夢中になって、記憶が抜け落ちてしまったのかと思った。

たとえば、パリで最後に住んでいたアパート。その間取りが思い出せない。特に、主寝室の場所、大きさ、雰囲気がちっとも記憶にない。キッチン、サロン、食堂、子供たちの部屋、お風呂場、トイレ、これはちゃんと覚えている。なぜだろう。末娘バッタに、長女バッタの風邪が移り、未だ赤ちゃんなのに咳をして、飲んだばかりのおっぱいを食堂の床にはき出してしまった瞬間。鮮やかに覚えている。おっぱいが足りているのか、心配な時期。ああ、こんなに飲んでいたのか、と変に安堵した思いまで覚えている。

チューリッヒ。その駅に降り立ち、プラットフォームを歩き出した瞬間、鮮やかに記憶が蘇った。前の会社で日本からのお客様をお連れして、スイスの企業訪問をした際、チューリッヒに電車で来ていた。あれはクリスマスの頃。駅の大きなホールはクリスマス一色に飾りつけられ、スタンドがひしめき合い、そこにはチョコレート、ビスケット、ワイン、ソーセージ、チーズ、ロウソク、オーナメント、あらゆるクリスマスグッズが並べられ、クリスマス特有の甘くスパイシーな香りの中、沢山の人々が行き交っていた。

あの時、出迎えてくれたチューリッヒオフィスのスタッフは今頃どうしているのだろう。中国人の彼女に振られた直前とかで、初めて会った私にアジアの香りを感じ、親近感を覚えたのか、老舗のカフェでチョコレートケーキをご馳走してくれながら、しきりに彼女の話をしては、既に思い出になってしまっていることを悲しんでいた。

日本のお客様は未だ30代前半ながら、過去の辛い経験から人間一般に非常に不信感を抱いていて、あの日は夕食の誘いを見事に断られ、近くのスーパーで簡単なサンドイッチを買ってホテルで食べた記憶が蘇った。お元気だろうか。

そんな思いも一瞬にして消え去り、現実に戻る。てきぱきと掲示板で荷物配送サービスをする窓口を探すはずが、ロッカーのある地下一階に下りたり、結局は人に聞いたりしたものの、うまく二日後のツェルマットのホテルまで送る手配が完了。その後、自動販売機でルツェルン行きのチケットを購入。今回、スイスでの交通機関を利用するにあたり、研究に研究を重ね、最終的に鉄道、バス、湖船、市内交通、山岳交通を50%割引の料金で購入できる半額カードを購入していた。拍子抜けする程安い額となる。なんだか、全てが上手くいっているではないか。そんな気がしてくる。

駅構内の天井から吊るされている金の翼が大きくカラフルな女神像がまぶしい。あの色使いはニキ・ド・サンファル。さあ、旅は始まったばかり。





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2018年9月9日日曜日

旅の始まり








旅というのは常にハプニングがつきもの。

スイス山歩きの旅の起点、チューリッヒに向かうTGVはパリのリヨン駅発。我が家から小一時間かかるが、何せ8月のパリにはラッシュアワーは存在しない。そう高を括って予定時刻ぴったりにUberを呼ぶが、何といつもなら一瞬にして近所を走行している運転手が見つかるものの、待つこと数分。漸くコネクトされるが、車の到着予定は15分後と示される。こんなことなら、早朝から目覚めて準備万端だったのだから、早目に呼んでおけば良かったと後悔するが、焦らず、まあ、成り行き任せ、と荷物の最終チェックをする。

チューリッヒで荷物を預け、ツェルマットの駅までスイス国鉄の宅配システムを利用しようと考えていた。だから、二日分の着替えと雨具の入ったリュックと、セーターや運動靴の入った小さめのスーツケースを用意していた。トレッキングシューズは未だ足に馴染まず、踝のあたりが固く締められているように感じてしまう。紐の結びを調整していると、車が玄関の前に止まる。爽やかな挨拶をして母と乗り込み、さあ、リヨン駅までお願いしますね、と目的地を再確認。と、運転手の携帯画面が目に飛び込んでくる。到着予定時間と思しき時刻が大きく表示されている。

一瞬頭が蒼白になる。電車の出発時刻の10分後ではないか。慌てて、何かの間違いではないかと、運転手に確認。と、のんびりとした調子で私の理解が間違っていないことを教えられる。ちょっと待った!そんなはずはない。どこをどう通ればそんなに時間が掛かるのか。こちらの電車の時間を伝え、兎に角有料高速道路を使ってでも、スピード違反ギリギリであっても、何とか電車に間に合うように飛ばして欲しい旨、無理なお願いをする。

運転手は何とかしてみようと、高速に乗り込んだ。

この電車に乗り遅れることはできなかった。それでなくとも母は前日に日本から到着したばかりだからと、電車の出発時間を一本遅めにしている。早めに目的地、ルツェルンに着いて、のんびりする予定が狂ってしまう。いや、それよりもチューリッヒで荷物を預ける時刻が遅くなればツェルマットの駅への到着日が遅くなってしまう。

それでも、母の手前、そんなに焦っていない風を装い、心の中で何とか間に合って欲しいと念じていた。

そもそも、起点をチューリッヒにする必然性はなかったが、どのガイドブックも旅行記も皆チューリッヒを起点としていた。今考えれば、日本から直接飛行機でスイスに入る場合は、チューリッヒが手っ取り早いのであろう。母がネットサーフィンをして、様々な旅行記を読み、参考にし、モデルルートなるものを想定していることは知っていたし、私自身、同じようにネットで検索、検証し、スケジュール案を立てていた。

チューリッヒからハイジ村のマインフェルトで遊んで、クールに一泊する予定でホテルまで予約していたが、突然にして母がルツェルンよ、と言い出し、慌ててクールのホテルをキャンセルし、旅の一泊目はルツェルンに泊まることになっていた。どうやら、大いに気に入った旅行記の一つが、ルツェルンに泊っていて、魅力的に映ったらしい。

母にとって、このスイス旅行のハイライトの一つが氷河特急であり、その電車の乗車駅、サンモリッツに行くためには、チューリッヒからルツェルンに行ってしまうと、翌日ルツェルンからまたチューリッヒに戻ることになるのだが、どうやらそこまで旅行記には書いておらず、母も地図上、詳細に確認したわけではないようだった。それでなければ、よっぽどのことがない限り、同じ道を逆戻りするような路程を好んで組む母ではないことは、十分承知していた。

正直なところ、クールでもルツェルンでも、私にとっては未知の場所であり、それぞれに十分に魅力的な街に思えた。が、どうも観光客が多いことと、誰かの旅行記の足取りを辿ることに、なんとなく抵抗を感じたものの、母の期待にできるだけ沿いたかったし、そうすることで全てが円滑に進むのであれば、と、喜んで母の意見に従うことにしていた。

そうして、今回、多くの旅行記やガイドブックを参考に、それこそ多くの人の足取りを辿ることになったが、一歩一歩が自分自身にとってすべて新しいものであり、感動に満ち溢れたものであることに、日々気付かされた。

生前から全知全能を傾けて母を守っていた父。今では本当に全知全能を持っているのであろう父。その父が私と母の二人旅をにたにた笑いながら見守ってくれていたのだろう。そんなエピソードに溢れた旅となった。何回となく危ういところを我々二人は何とか切り抜け、無事に心底楽しい旅路を終えることが出来た。


不思議な力が働いたのか、運転手の技量が素晴らしかったのか、本当に8月のパリは閑散としていたからだったのか、我々は電車の出発予定時刻の10分前には駅に到着した。電車の機種が急遽変更になったから指定席の号車および番号は無効になったが、席は確保されているので、好きな場所を選ぶようにとの、誠に驚くメッセージをフランス国鉄から前日に貰っていたが、うまいことに適当な場所を確保することができ、安堵とこれからの旅への期待に心震えながら席に落ち着いた。

12日間に及ぶ旅は始まったばかりだった。チューリッヒ駅で、荷物を預ける場所がどこなのか、ルツェルン行きの切符をどこかで購入しなかればとの思いが過るが、先ずはのんびりとしよう。車窓には夏の陽射しに輝く平原が続いていた。




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2018年9月6日木曜日

新しい靴








トレッキングシューズなるものを、数年前に購入したことがある。キャンプもするし、山も歩くということで、しっかりとした、それでいて通気性があって、軽い素材を。色々と悩んで、結局はスポーツ専門の量販店で水色の靴を選んだ。防水加工の素材で、なかなか気に入っていたが、二日目あたりからどうも足の前が詰まっているように感じられてしょうがない。

通常のサイズより1つか2つ大き目のサイズにすべき、とは、その後何かで読んだ。いや、ちゃんとわかっていた筈。足が膨張してしまったのかもしれない。サイズの合わない靴程履いていて辛いものはない。あれから、2回ぐらい山歩きをする機会があり、履いて行ったが、やはり途中で足が痛くなってしまう。履く機会を失って、物置の奥にしまわれてしまった。

今回は、歩いている時に泣き言は言いたくなかったし、言えるはずもなさそうだった。なにしろ、母親とのトレッキングの旅。思い立った時、既に8月に入っていて専門店はどこも夏季休業中。大きなショッピングモールにある登山グッズ専門店を目指して、週末車を飛ばした。

専門店の店員は面白いぐらい客を見る。既にバーゲンセールは終わっていて、手を出しにくい高価格がついている商品を眺めながら、求めている品に違いないと思われる靴を手に取ってみた。と、店員がさっと近寄ってきて、どんな靴を探しているのかと聞いてくる。山歩き、と言えば、どのぐらいの期間行くのか、と聞かれる。いや、1日の山歩きですよ、と答える。と、ならば、ここにはお探しの靴はありませんよ、とぴしゃりと言われてしまう。

慌てて、山でキャンプするわけではないのですが、10日間ばかり毎日スイスで山を歩くんです、と言うと、にっこりとして、それならこの靴こそ貴女が求めている品ですよ、と。この靴なら、川べりだって、岩の上だって、砂利道も、雨の中も、全く問題ないし、履いているうちに味わいが出てきますよ、と勧め始める。とどめに、私もトレッキングシューズはこれを愛用して10年になります、と。

今回は母と一緒なので、奮発して一部山間部のリゾートを予約している。ホテルにこの靴で大丈夫だろうか。すると今度は、自分の義理の両親がスイスに住んでいて、スキーの後にレストランに一緒に行くが、この靴で全く問題ないと言う。

義理の両親の話はどこまで本当なのか分からないが、履き心地も悪くないし、とにかく色合いが気に入ってしまった。今回は専門サイトで十分に下調べをし、履いた後のかかと側に指一本入れられる余裕のあるサイズにしようと決めていた。ところが、いざ指一本入れようとすると、いつものサイズより2つも3つも大きめのものになってしまう。こんな時、どうしようか。足の指を動かしてみると、ちゃんと動く。この余裕も必要らしい。思い切って、この大きさに決定。

実際に山登りをするまで、毎日履いて慣らしておくようにとアドバイスを受ける。

高価な買い物をした時は、どうしてこうも心が弾むのだろうか。既に心は大自然の山を駆け巡っていた。足取りも軽く、早速今度はスポーツ専門量販店に行き、ゴアテックスの上下、リュックを捜し求める。天気予報によると我々の道中は雨模様。パリが干からびる程暑くて雨なんか暫く一滴も降っていないのに、お隣のスイスはそうでもないらしい。山の天気はそれこそ分からない。何といっても、雨の中、ぐっしょりと濡れて惨めな気持ちにはなりたくないし、雨が降っているからと外出取り止めなんて、それこそ惨めたことはしたくない。せっかくのバカンスなのだから。

バッタ達がいない8月。今年は2週間、日本から母を迎えてスイスの山を楽しむ計画を立てていた。エジプトに行きたい、インドがいい、としきりに言っていた母がどうしてスイス行きに賛成したのか、良くは分からない。とにかくも、幼い頃に部屋に掛けてあった世界の山シリーズのカレンダーで、憧れというか、この世のものとは思っていなかったマッターホルンをもうすぐ間近に見ると思っただけで、胸が震えた。




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2018年9月5日水曜日

大いなるエール








今年は、週末は家に帰らないで寮にいることにする。

息子バッタがそう宣言したのは、夏休みも終わろうとする一週間前。初めての寮生活となった昨年は、週末はパリのパパの家と、ママの家とで交替で泊まりに来ていた。二年目は皆、週末も寮で過ごすのか、と思ったが、どうやら義務ではないらしく、地方からの学生以外、大半は週末に家に帰るという。

週末に帰ると言っても、土曜の夕方まで試験があり、土曜の夜から漸く家でのんびりし、日曜は朝から勉強。午後にちょこっと一緒に買い物をする程度で、基本午後も勉強。そして夕食を終えて寮に戻ることになる。親としては、その間に一週間分の洗濯をし、一週間分の美味しい食事を作ってあげることしかできない。

突然の宣言に、心の準備をしていなかった情けない母親は露骨に悲しい顔をしてしまったと思う。

ロッテルダムの大学に未だ帰っていなかった長女バッタは驚いたように無言になる。そこに末娘バッタが、私は聞いていなかった、と彼女らしく斬る。そして、これからはパリのパパの家に一人で行くことになるのは困る、と、これまた彼女らしい発言をする。

にっこりと笑うだけの息子バッタに、誰もが彼の固い決心をみる。

その夜、夕食の準備をしていると、末娘バッタの誘いで息子バッタがバイオリンを弾き始める。バイオリンを弾かなくなって早3年は経ってしまった長女バッタは、いいねぇ、と感心するだけで、一緒に混ざろうとさえしない。色々な懐かしいレパートリーが聞こえてくる中、おっ、っと思わず聴き入ってしまう曲がハイテンポで響き始める。弾けんばかりの音の粒。長女バッタを顔を見合わせ、「Fiocco !」と小さく叫ぶ。

息子バッタの旅立ちの曲。FioccoのAllegro。
「陽気な、朗らかな、快活な」と言った意味のイタリア語。

心の底から大いなるエールを送る!





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2018年8月5日日曜日

燃える空の下で








週末ノルマンディーに遊びに行っていたという友人宅に夕食に行く。ひょっとしたらと聞いてみると、遂に最高の物件に出会い、値段も家主と合意したと言う。5ベッドルームで、それぞれバス・トイレがついているとか。写真を見せてもらったが、外観はノルマンディーらしい家のスタイル。内装は6年前に近代的に改装したという。大きくて明るいキッチン。

いつか一緒にB&Bをしようよ、なんて笑い合って言っていたが、彼女は本気で実行するらしい。これまでにもレストランを経営しよう、古物商をしよう、なんて言い合って盛り上がっていたが、先ずはB&Bを実行するのか。秋から一年間仕事を休職するなんて突然宣言し、驚かされたのは先月の事。ちゃんと理由があったのか。ひたすら感心してしまう。

庭でバーベキューを楽しみ、その後は映画観賞会。真っ白な壁に大きく映し出された映像を満天の星空の下で、ソファーに思い思いに座って楽しむと言う。音響の関係でこれまでアイディアはあっても試したことはなかったと、友人の旦那と今年大学を卒業したばかりの長女がシステムの設定をし始める。ふと気が付くと西の空が燃えている。

ちょうど丘の上に建っているが、彼らの庭は東側に面しているので、玄関まで回って刻々と赤さを増してくる空を愛でる。なんてゴージャスなんだろう。大空を見渡しながら思う。

しばらく佇んでから、庭に戻ると、友人が満足そうにソファーに座り、必死に音響設定している旦那と娘を見つめている。どうやらスピーカーの接続が上手く行っていない様子。と、急に軽やかな音がスピーカーから流れだす。長女のお手柄らしく、彼女の笑顔がはじける。

フランス留学時代からの友人で、彼女の旦那ともその時に一緒に知り合ったので、長い付き合いになる。気の置けない、大切な友人たち。燃える空の下、賑やかな笑いに包まれる。





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2018年8月4日土曜日

燦燦と降り注ぐ太陽を欲しいままに浴びた黄金の実のタルト






気が付いたら夏が来ていた。

今年はさくらんぼが実る頃にちょうど家を空けていたので、すっかり鳥たちに食べられてしまったと思っていたが、末娘バッタに言わせると、本当に何もならなかったという。そんなことはあるまい、と訝し気に思いつつも、そうなのか。

レインクロードはぽったりと熟してきて枝に重みを与えているが、何しろ大木になってしまってどうにも届かない。友人たちに貸したまま返ってきていない二階建ての屋根まで届きそうな梯子を使うしかあるまい。

枇杷は葉こそ立派に深い青緑色を一層濃くして元気だが、オレンジ色の大振りな実は今年は見当たらない。

クエッチに到っては、葉も実も申し訳程度にしかついておらず、なんだか覇気に欠ける。実を結ぶ時に雹でも降ったか、小さな実の時に嵐でもきて、葉も実も落とされてしまったのだろうか。我が家の庭のことながら、ちょっと心もとない。今年はとにかく休息の年なのであろう。

一方でミラベル。今年はミラベルの豊作の年。細くしなる枝には、これでもかとびっしりと実が鈴なりになっていて、日に日に大きさと色合いを増している。近付けば甘やかな香りがし、地面には鳥が啄んで落としたのか、幾つもの実が転がっていて蜂が忙しそうに羽音を立てている。

残念なことに、ここ数年、庭で採れた果物を食べるとアレルギー反応を起こしてしまう。コンフィチュールやタルトなど一度過熱すれば、今のところは大丈夫。きっと、毎朝木からたっぷりとそのまま食べていたので、そのツケが回ったに違いない。全てやり過ぎはまずいのだろう。

冷凍庫がぱんぱんになり、リキュールや果実ソースの瓶で足の踏み場もなくなるほどになっても、自然の恵みをそのままにしてはおけない質である。農耕民族としてのDNAを受け継いでいるに違いない。散歩の途中に野イチゴを見れば口にし、浜辺を歩けば海藻の味見をし、貝を捕獲する習性は、生まれた時から備わていたように思えてならない。

これも結構な大木となった二本の木を見上げる。さあ、どうしよう。夏の収穫時に限って、バッタ達は不在。ご近所もひっそりとしている。ここ三日ばかりは鍋一杯に収穫したミラベルにゆっくりと火を通してコンポートにし、食している。お砂糖も、なあんにも入れていないのに、甘酸っぱい風味が何とも言えない。







夕食にバーベキューに呼ばれている友人宅に、ミラベルタルトを持って行こう。ぎっしりと黄金の実を詰めて、とろりとした果汁たっぷりなタルトを。バニラアイスクリームをお供にし、ミントの葉を飾ったらどうだろう。








キッチンは久しぶりに甘い幸せな香りに満ち溢れてきた。










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赤桃色の空間



そこは、いさわきちひろの世界だった。
うだるような暑さと一日の疲れを吸って重くなった衣服を引き摺るようにして、柔らかな赤桃色の空間を歩いた。

8月になると決まって路線工事が始まり、幾つか乗り継ぎが新たに加わり、それでなくとも長い通勤時間が30分は増える。加えて、7月に学校が終わると早々に公共交通機関は夏季限定時刻表を発表する。子供たちは2ヶ月間はバカンスだとしても、さすがに労働者はそうはいくまい。それでもいつもより閑散としたバスや電車の中は、旅行者の姿が目立つ。

8月の金曜ともなれば、遅くまで仕事をする人は稀なのだろうか。バスの最終時間がどの路線でも21時であることを確認すると、駅から小一時間ばかり歩くことにしたのであった。

驚いたことに、バスがないことをぼやく人間はどうやら私一人らしく、おとぎの国の世界に迷ってしまったのではと、呆然とした。

空を見上げれば、飛行機雲が茜色に染まっている。それも一瞬のことで、空には雲一つない。赤桃色の空間はぼんやりとしていて、劇的な夕暮れに移行する様子もなく、ひっそりと照明が落ちるように暮れていく。

一人歩いていると、遠い昔同じような空間を歩いていた記憶が蘇る。ピンクの小さなバケツに、拾った海藻と貝を入れて、ぶらぶらとなだらかな坂を歩いていた。

記憶が記憶を呼び、収拾がつかなくなりつつも思い出に耽りながら、のんびりと歩いているとケータイの音に現実に戻る。パピーの故郷、ブルターニュの島にパパ達一家とバカンスに行っている末娘バッタから。あれやこれやと話をするうちに、我が家の前まで来てしまう。もうとっぷりと日は暮れた。すると、これから海に行って泳いでくるね、そういって通話が終わった。

毎年8月はこの島で過ごすからだろう、大勢の友達がいる末娘バッタ。船で到着した日には仲間たちが出迎えてくれたらしい。楽しくやっている様子に笑みがこぼれる。




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