人間の記憶とは如何に曖昧なことだろう。
20代の頃までは自分の記憶に自信があった。いつのことだろう。ぽっかりと記憶に穴があることに気が付き愕然とした。細かいことを覚えていないのではなく、本当に、ある時代の記憶が抜けてしまっているのである。バッタ達との生活に夢中になって、記憶が抜け落ちてしまったのかと思った。
たとえば、パリで最後に住んでいたアパート。その間取りが思い出せない。特に、主寝室の場所、大きさ、雰囲気がちっとも記憶にない。キッチン、サロン、食堂、子供たちの部屋、お風呂場、トイレ、これはちゃんと覚えている。なぜだろう。末娘バッタに、長女バッタの風邪が移り、未だ赤ちゃんなのに咳をして、飲んだばかりのおっぱいを食堂の床にはき出してしまった瞬間。鮮やかに覚えている。おっぱいが足りているのか、心配な時期。ああ、こんなに飲んでいたのか、と変に安堵した思いまで覚えている。
チューリッヒ。その駅に降り立ち、プラットフォームを歩き出した瞬間、鮮やかに記憶が蘇った。前の会社で日本からのお客様をお連れして、スイスの企業訪問をした際、チューリッヒに電車で来ていた。あれはクリスマスの頃。駅の大きなホールはクリスマス一色に飾りつけられ、スタンドがひしめき合い、そこにはチョコレート、ビスケット、ワイン、ソーセージ、チーズ、ロウソク、オーナメント、あらゆるクリスマスグッズが並べられ、クリスマス特有の甘くスパイシーな香りの中、沢山の人々が行き交っていた。
あの時、出迎えてくれたチューリッヒオフィスのスタッフは今頃どうしているのだろう。中国人の彼女に振られた直前とかで、初めて会った私にアジアの香りを感じ、親近感を覚えたのか、老舗のカフェでチョコレートケーキをご馳走してくれながら、しきりに彼女の話をしては、既に思い出になってしまっていることを悲しんでいた。
日本のお客様は未だ30代前半ながら、過去の辛い経験から人間一般に非常に不信感を抱いていて、あの日は夕食の誘いを見事に断られ、近くのスーパーで簡単なサンドイッチを買ってホテルで食べた記憶が蘇った。お元気だろうか。
そんな思いも一瞬にして消え去り、現実に戻る。てきぱきと掲示板で荷物配送サービスをする窓口を探すはずが、ロッカーのある地下一階に下りたり、結局は人に聞いたりしたものの、うまく二日後のツェルマットのホテルまで送る手配が完了。その後、自動販売機でルツェルン行きのチケットを購入。今回、スイスでの交通機関を利用するにあたり、研究に研究を重ね、最終的に鉄道、バス、湖船、市内交通、山岳交通を50%割引の料金で購入できる半額カードを購入していた。拍子抜けする程安い額となる。なんだか、全てが上手くいっているではないか。そんな気がしてくる。
駅構内の天井から吊るされている金の翼が大きくカラフルな女神像がまぶしい。あの色使いはニキ・ド・サンファル。さあ、旅は始まったばかり。
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