「マダム!」
ランチをテイクアウトして、出て行こうとした瞬間に呼び止められる。
狭い入り口なので、お互い譲り合う場所。ちゃんと脇に寄っているではないか、と思うが、どうもそれだけではなさそう。
本当に最初は何がなんだか分からなかった。
漸く私の外套に、少年の釣り針が引っかかってしまっていることが分かる。
いや、私が少年の釣り針に引っかかってしまったのか。
一体全体、パリのテイクアウトの中華屋さんで、釣り針をぶら下げた釣竿を持っている人なんているだろうか。
少年はとっても困った様子で、必死にフックを外そうとしている。
ところが、針先の先端にかえしがついているので、ちっとも外れない。
ちょっと待ってよ。これ、このシーズンに思い切って買ったお気に入りのダークブルーのダウンじゃない。
少年は今にも泣きそうになっている。泣きたいのはこちらではないか。
この際、魚の浮きも一緒に、竿から外してもらえまいか。
お店の人も、ちょっと面白そうに見守っている。
冗談じゃない。
惨めな魚の思いになる。
でも、泣きそうな少年にどう言えばいい?
学校の二週間の休みの丁度半分。どこにも行けない少年は、せめて釣竿を大切に手にして外に出たのではあるまいか。でも、本当は未だ釣りなんてしたことがないに違いない。だから、針の怖さを知らずに、ぶんぶん振り回してしまったのだろう。
そんな少年に、どんな厳しいことが言えよう。
言ったって、私のダークブルーのダウンから釣り針は抜けない。
お人よしなんだよね。
皆の声が降ってくる。
でも、ここで少年を叱って何になる?
せめてもの釣り針を戦利品とし、ダウンにくっつけたまま、寒い外に出る。
なんだかな。
かなり気持ちがへこんでしまう。
なんだかな。
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