完全売却となり、同業であった買収先に全従業員の2割も行かず、実質上消滅してしまった以前の勤務先。
最後は誰が買収先に行くのか、誰が他の良い就職先を見つけたか、誰が起業したか、そんな話で持ちきりとなり、噂が噂を呼び、憶測だらけの、不健全な空気が漂ってしまっていた。
煌びやかな虚構の世界。外に出てみて、その異常さが漸く分かった。そして、そこに未練がましく未だに残っている元同僚たちとは、もう吸っている空気さえ違うと感じていた。
あれから5年になるのだろうか。久しぶりに皆で集まるという。既に参加を表明している名簿の名前を見ていくと、懐かしい顔が次々に浮かび上がる。久々に行ってみようかと思う気持ちがほんの少しだけ起きて、自分自身でも驚いてしまう。
セーヌ河に停泊している船を貸切っての夕べ。
会社の羽振りの良い時には、社を挙げて毎年チームビルディングとかの名目でニース、リスボン、ストックホルム、モナコなど、各都市で週末研修をしていた。最後はパリのディズニーランドだっただろうか。その度に社名の入ったジャケットやリュックをもらっていたことを思い出す。年の暮れになると、誰からとなくシャンペンのRuinartの注文票が出回ったものだった。
見栄や虚勢などの感情一切抜きにして、純粋に皆に会いたいと思った。そう思える自分が不思議でもあった。
当日は昼食の時間もない程の忙しさで、パーティーの始まる時間にも未だデスクで金曜最後の一件を片付けていた。これが最後、と思っても、次々に案件が出てきて、最後の最後の最後を手掛けていた。
幹事からの連絡によると既に参加者リストは100人近くに達していた。
行くだけ行こうか。挨拶するだけ。そうして、帰ろう。今にも雨が降りそうな曇り空の下に駆け足で躍り出た。
セーヌ河沿いに停泊している船はすぐに分かった。夕暮れで辺りが暗くなっていく中、船の窓からは明るい光が放たれ、既にかなりの人数が笑い合っている姿が目に入った。が、どうもピンとくる顔が見当たらない。
と、まだ先の方にもやや小ぶりの船が停まっている。
デッキには当時と全く変わっていない顔ぶれがいる、いる、いる。にんまりとしてくる。
船内には、あちこちで既に塊が出来ていて、大声で話すもの、抱き合うもの、とにかく賑やか。そのどの塊にも、知っている顔がいる。
毎朝、7時の早朝会議の後、一緒に珈琲を飲んだイタリア人のリリーが見つかる。抱き合いながら、懐かしさで胸一杯になる。相変わらずの笑顔と早口で、情緒たっぷりに話し始める彼女を見つめながら、どうして今まで彼女の肩を抱くことをしなかったのか、不思議にさえなってしまう。どんなに会いたかったか!
未だ20代の後半。そんな時から一緒に同じ釜の飯を食って来た仲間達。
あの輝かしい時代。純粋に懐かしいと思える程、時間が経過したことに驚いてしまう。当時を愉快に振り返り、肩を叩き笑い合う。夕闇が、髪の色を目立たなくさせ、目の皺も隠してしまうので、次第に、本当にちっとも変っていない、当時の仲間達の顔になる。
ヒールを履き、スーツに身を包み、時代の先端を走っているように錯覚していた、あの時代。駐車場、カフェテリア、銀行、何でも揃っていた社屋。当然の様にタクシーで移動し、当然の様にハイランクのホテルに泊まっていた、あの頃。
虚構であったとしても、そんな境遇にあったことで、志高く、バッタ達を育ててこれたのだと、今、漸く思うに至る。
未だ同じ業界でしのぎを削っている昔の同僚の一人と一緒に船から出た。とうとう空から銀の小粒がぱらぱらと落ちてくる。彼女はゴールドのハイヒールで石畳を歩きながら、真っ赤な傘を差し、目の前を通ったタクシーに手を上げ声を掛けると、再会を約して軽く抱き合い、危うげな足取りで赤信号で止まったタクシーに向かって走っていった。
最寄りの地下鉄の駅はパリ市庁舎。地下鉄の排気口からの温かさを求めてだろうか。寝袋にくるまって寝ている浮浪者の脇を歩き、すえた匂いのする地下鉄の階段を下りていく。
仲間という甘い言葉に酔いしれながら。
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