2016年10月2日日曜日

土曜の朝の独り言








大理石は青空に、そして朝日に映える。

思わず人を立ち止まらせ、仰ぎ見させる何かがある。

思わずシャッターを切る。


それにしても、なぜフランスの青空は写真映えするのだろう。
乾燥した空気のせいなのだろうか。見た青より濃さを増し、かっきりとしている。
逆に湿気の多いフィリピンの空は撮影に向いていない。緑もからきし良くない。何となく煙ってしまう。実際に見えているジャングルの色の方がずっといい。

露出を研究すべきなのだろう。
手元の携帯を見る。欧州仕様なのだろうか。







しかしよく見れば、朝日があたり柔らかな赤みを帯びた大理石の色を忠実に写し取ってくれていはない。

そうなると、心のレンズで写し捉え、言葉で書き記すしかあるまい。いや、今度は心のフィルターを通してしまうので、逆に現実から離れてしまうであろう。


それも、それでよいではないか。


なんでもない土曜の朝の独り言。






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2016年9月25日日曜日

薄紫の精霊









庭掃除 隠れたるかな 夏の日々

拾えども 出てくる出てくる 松ぼっくり

太陽の 恵みたわたわに クエッチや

隣人に 伐れと言われぬ 月桂樹

カラマンシ 芽よ出ろ育て 夏の夢

雨風に 榛実一つ また一つ

荒れ地にも 薄紫の 精霊か






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2016年9月22日木曜日

見上げると夕焼け空









こういう時に限って電車は各駅停車でのんびり運行。漸く目的の駅で電車からはき出されると、人の波を縫って転がるように階段を下り、改札を抜けるが姿が見えない。待ち合わせの時間に相手は10分も前に着いていて、私は15分も遅れている。携帯をならせば、車で来ていると言う。言葉少ななのか、気が利いていないのか、忙しいのか、分かると思っているのか、何も考えていないのか。待たせているのは、こちらなのに、人を待たせる行為にいらいらとして、この余裕のなさは何なのか。車が停めてあるロータリーまで走っていくと予想もしなかった笑顔に出会う。

見上げると夕焼け空。






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2016年9月20日火曜日

立場逆転










ママさぁ。そういう話は、親が子供に言う話じゃないよ。

そう言ったっきり、うつむいて無口になる息子バッタ。

やっぱり、ママは息子に甘えちゃいかんのね。ママの悩みを息子に相談しちゃいかんのね。ママはやっぱり、威厳ある親であり、辛いことも悲しいことも、皆胸に仕舞い、子供の前では毅然とした態度をとらんといけんのね。

だから、夫婦がいるんだろうけど、ママは独りだからな。
分かった、もうこの話はしないよ。さあ、美味しいものでも作って食べようか。

うつむいた顔は一向に上を向かない。

漸く口をきいたかと思ったら、本気で仕事を変えないと、身体を壊すし、家族との時間もない、と説教される。

うん。分かっているよ。後三年。三年したら、どこかアジアの国で、ママを必要とする国に行くことにしている。

ぎょっとした顔。

そんなところで、ママ、何の役に立つのさ、と言わんばかり。
大学三年の頃、海外青年協力隊の説明会に行ったときの絶望感が甦る。

看護師でもない。教員でもない。腕力に自信があるわけでもない。スポーツ選手でもない。
一体、何ができる?

ちょっと待ってよ。あの頃から成長していないのだろうか。まさか。
三人の子を産んだ経験なんて、実はたいしたことないし。

日本語を教えることはできるかもしれない。

その国の人たちは日本語を学んで、どうするの?需要は少ないよ。

息子バッタに言われてしまう。

参ったなぁ。最近、息子バッタとの立場逆転の会話が少なくない。
ママはもうちょっと自分の人生のこれからについて考えることにするよ。

パンションフルーツの花が満開。






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2016年9月17日土曜日

密かな愉しみ








日本の幼少教育では身近な植物の生育を楽しむ心を育むという目標があるのだろう。同時に、植物の生育の様子を観察することで、自然界への理解、探求心、向学心をも育むといった壮大な目標もあるに違いない。

幼稚園では朝顔、小学校低学年では向日葵、ヒヤシンスの水栽培、中学年ではジャガイモ、高学年では大豆が定番のように思われる。

中学時代、こっそりと自分の部屋に大蒜の水栽培をして楽しんでいた時があった。真冬の時期で、濃厚な緑の葉がぐんぐんと伸びていく様は非常に印象的であった。

もっと幼い記憶をたどると、母がサルビアやトウモロコシを植えていたことが甦る。今でも真っ赤なサルビアの花を見ると、胸がなんだか苦しくなるぐらい切ない。

仕事で忙しい母が、サルビアを植え、トウモロコシの苗を植え、肥料を上げていた姿。その周りを嬉しそうに走り回る子供達三人とコリー犬のビック。このビックは母にだけ懐いていた気がする。そして、いつだって、どこかに逃走しようと狙っていた。一度は何十キロも離れた村で見つかった。幼稚園生の頃だったと思う。自分より体の大きなビック。ビクトリアからきていると聞いていたが、そうか、Victoriaが本名だったのか。オスだったのにな、と、ちょっと不思議な思いになる。となると、ビクターが本名だろうか。幼い記憶はあやうい。

土いじりのイメージは一切ない父だが、アボガドの種を楊枝で支え、水栽培を楽しんでいた姿が甦る。パイナップルの水栽培もしていた、と、思う。

その記憶によるものか、或いはヒトとしてのDNAのなさる業なのか、異国の地で育った植物を育てたい思いに駆られる時がある。

あまりに新鮮でおいしいパイナップル。象牙海岸からの極上のマンゴ。ブラジルの地で食べたカシュナッツ。そして、フィリピンの爽やかな柑橘カラマンシー。

パイナップルは背丈が1mにもなったろうか。硬く鋭い濃厚な緑の葉を元気いっぱいに広げて育っている。マンゴは既に何度も挑戦しては、枯らしてしまっている。今あるものは、今年の夏のマンゴ。カシュナッツは芽を出したが、その後が灼熱の太陽が続かずに育たなかった。カラマンシーはゆっくりと芽を出しているが、カシュナッツと同じ運命をたどらないかと心配している。もう一つ、フィリピンからのマンゴ。これは芽を出しそうに土が膨らんでいるが、そこからの動きがない。

いずれガラス張りの植物園のような家に住んでもいいかな、と思う。
いや、いっそのこと、パイナップルやマンゴが育つ気候の土地に住めばいいのだろう。
椰子のジャングル。
その時には、柿が懐かしく、種を植えるのだろうか。

どうやら、海の藻屑にも、宇宙の星屑にも、そうすぐにはなれそうにない。
カラマンシーが育つまでは。





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2016年9月15日木曜日

お手並み拝見







高校生になった末娘バッタ。

第三外国語に加え、ラテン語も引き続きオプションで学べると知るや、嬉々として申し込んだのは夏のバカンス前。高校に入って蓋を開けると、朝8時から夕方5時まで、ほぼ全ての時間が授業で埋まっている。特殊な学校で、各授業毎に休憩時間がない。5階ある教室の移動、トイレ、一体、どうして可能なのか。教師が遅刻に寛容なのか。だから、授業中のおしゃべりが絶えないのであろう。子供達は友達との情報交換やおしゃべりは授業中でしかできないのだから。

各教科の教員がそれぞれに授業内容を紹介するクラス説明会の日。父親が、ラテン語の教師が、中途半端な気持ちでオプションを取ると後で自分が苦しむだけなので、慎重に考え直すべきとのコメントをしていた旨末娘バッタに伝える。どうやら、今年は選ぶ生徒が多く、クラスが最初から賑やかで教師は持て余しているらしい。

あれもこれもとやりたがり屋の末娘バッタ。ラテン語のオプションなど長女バッタは中学二年にして止めてしまい、息子バッタは二年続けて、その後終了。三年続けていた末娘バッタ。続けたがる気持ちも分からなくない。しかし、これからは取捨選択。選んでいかないとなるまい。

ぼんやりと父親の話を聞いていたのかと思ったが、それなら明日にも教師にラテン語の授業をとらない旨話に行くと言うので驚いてしまう。

そして、二年間続けていた土曜のサッカー。これも今年は止めると宣言。その日の夜に、監督に丁寧にメールを書き送っていた。

驚いたのは、翌日。

ダンスの彼女と一緒になるかとバスに乗ったが姿は見えない。家に帰ると夕食を作っている最中。週に二回。夜8時半の帰宅になるダンス。それを今年は止めると言う。

夏のバカンス前には、やっぱり本格的なダンスをしたいので、スタージュを一週間でもして、コンサバトワールのダンスの編入試験を受けると言っていたのに。

そう長く悩まずに、さっと決める潔さ。
若さか。

これが、バイオリンを止めると言えば、大騒ぎするだろうのに、全く親とは身勝手で現金なもの。ちゃんと自分の時間の使い方を考えられるようになったのかと、感心してしまっている。


選択肢はできるだけ沢山ある方がいい。
沢山の中から、自分のしたいことを選べばいい。
自分なりの人生を歩めばいい。


サッカーやダンス、ラテン語、そういったオプションがなくなった分、自分の時間が出来るはず。その時間をどう過ごすか、それは自分次第。お手並み拝見、としようか。


常になく残暑が厳しい日が続くと思っていたが、一雨降るごとに、着実に秋に近づいている。

青い空を仰ぎ見る。







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2016年9月14日水曜日

低俗な話








やきもち?
そんな低俗レベルの話なのか。いや、実際そうなんだろうと思う。
バカバカしい。
分かってはいるが、仕方がない。

バッタ達にしたら、いい迷惑だろう。

しかし、どうして、
去年は長女バッタの留学先の北京に、夫婦で会いに行ったのか。
どうして、
今度は隣国の留学先に一週間も、家族で遊びに行くのか。

一体全体、彼には遠慮というものがないのか。
まあ、彼の辞書にはそんな言葉は見当たるまい。

そりゃあ、悪気がないことは分かっている。
長女バッタ会いたさから来ていることも分かっている。

そうか。
彼は、そうやってしっかりと自分の周りに家族というものを築いてきたのか。

なんかな。
もうお役目御免、ってことか。

なんかな。

全てを放り投げて、海の藻屑になりたいな

元気なバッタ達がいるからこそ、元気で生きてこれた。
いつだって自分たちの足で地面を踏みしめ、自分たちの手で未来を切り拓いていけるよう育ててきた。

もはや母親は必要なし、か。

夏からのこの虚しい気持ちを引き摺って、このまま欧州の辛い冬を迎えることができるのか

母親としての役割を終えたら、もういいのかもしれない
海の藻屑となろうが、宇宙の星屑になろうが






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