2021年3月7日日曜日

似て非なり

 


双子、しかも一卵性双生児の宿命なんだろうけど、いつだって比較されてきた。

どっちが先に生まれたの?どっちがお姉ちゃん?から始まって、どっちが背が高いの?どっちが甘えん坊?果ては、どっちが勉強できるの?

深い意図もなく、さらりと投げつけられる質問の数々。

生まれた時からの親友は、かくして、究極のライバルとされてしまう。

幼い時は泣きめそで、とろくて、臆病だったけど、常に遠慮のない視線にさらされていたことで、いつの間にか闘争心が植え付けられたのかもしれないと、今更ながら分析する。

しかし、ありがたいことに、そんな周囲の環境をしっかりと把握していた両親によって、二人はとても上手に育てられたと思う。相手の手柄は自分の手柄、といった共有意識が非常に強く、相手を妬むこともなく、自分にコンプレックスを抱くこともなく、自画自賛になってはしまうが、素直に、すくすく育った、と思う。

小学一年の頃のお気に入りのセーター。私はゾウ、彼女はペリカン。アフリカに住むゾウと南米に住むペリカン。アフリカに行って、ゾウに乗ることが夢だった。恐らく、彼女は、南米に行って、ペリカンを見ることが当時の夢だったのではないかしら。

花が大好きで、大人になったらお花屋さんになりたいと言う彼女の横で、私は床屋になりたいと思っていた。彼女が青なら、私は黄色。彼女がグレーなら、私はベージュ。

選択肢が用意されている、幸せな環境にいたという証でもある。親の深い愛情に包まれていたのだなと、感謝の念がしみじみと湧いてくる。

そうなのよね。

戦うべきは目の前の相手ではなく、我が敵は己にあり。


さあ、ややこしい話はこのぐらいにして。先ずは、関西風桜餅、関東風桜餅、どうぞお召し上がりください。

どちらも、愛情たっぷりに育てた可愛い我が子。それぞれ似て非なり。もっちりさ、しっとりさ、持ち味を十分生かしております。それぞれにお味見いただけましたら幸いに存じます。





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2021年3月6日土曜日

我が子の晴れ舞台ー関西風桜餅





さて、次は関西風、道明寺桜餅を作ろう。


一晩水に漬けておいた糯米を30分は水切りし、布巾に包んで麵棒で叩いて細かくする。それを蒸気の上がる蒸し器に入れて蒸す。その間に桃色のシロップを作っておき、塩漬け大葉も準備する。

さて、そろそろお米が蒸した頃だろうか。プロは決して所要時間を記さない。コメの粒の大きさ、新米か古米か、産地、種類、そして鍋の火加減など、いろんな要因が複雑に絡まって、その時その時で糯米を蒸す時の所要時間は変動する。それは分かっているが、目安というものが必要ではないか。

湯気がもうもうと出ていると蓋を開け、お米を取り出してみるが、どうも未だ硬いようである。それを何回か繰り返す。本当に未だなのかと、焦ってくる。別のレシピで見てみると、蒸し時間は15分程度らしい。もう20分は蒸している。よっしゃ、シロップに漬けてしまおう。

薄桃色に染まったお米を少し放置し蒸らしておいたが、ちょっと硬い感じがする。こんな時に便利な電子レンジで少々加熱。それを8等分。量を間違えたのではないかと思うほど僅かな量に戸惑うが、潰すしかあるまいとサランラップで薄く延ばす。そこに予め準備していた漉し餡の玉を入れ、これまたサランラップを使って丸く整える。思った以上にうまくいき、ほっとする。

どうも大葉が小さすぎたようだが、そこはプレゼンテーション次第。うまくカバーしよう。しかし、なんだか大葉がしんなりとして、いかにも「菜っ葉」のようになってしまい、何かが違うと思ってしまう。ただ、ここまできたら、後は最後まで作るのみ。揃えてみれば、なかなかどうして、上品に出来上がったではないか。

今回もまた、我が子の晴れ舞台に付き添う親の心境。さあ、いかがでしょう。




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2021年3月5日金曜日

我が子の晴れ舞台ー関東風桜餅





 

さて、関東風、関西風、どちらから先にとりかかるか。

ちゃきっちゃきの江戸っ子の母を持ち、東北の田舎で育った私にとって、桜餅といえば一つしかなかった。祖父は信州の出身なので、問題もなかったのだろう。唯一、京都出身の曾祖母が異議を唱えていたかもしれないが、今となっては知る由もない。うっすらと桃色の生地が二つ折りになっていて、中には漉し餡が入っている。塩味のする桜の葉で巻いてあって、口にすると、上品な桜の香りがぱっと広がった。

関西風の桜餅の存在を知ったのはいつだろうか。ひょっとしたら道明寺粉の存在を料理本か何かで先ず知ったのかもしれない。そして、良く考えると、一度も関西風桜餅を食べたことがないかもしれない。

桜餅を作るのであれば、両方作ってみないことには、なんだか手落ちではないか。漉し餡もたっぷりと出来ている。そんな思いで、今回は両方、初挑戦。潤かしておいた糯米は水切りをしなければならない。その時間に関東風桜餅を仕上げてしまおう。

幾つかレシピを比較検討してみたが、漉し餡を作成したレシピのサイトだけ、若干粉と水、砂糖の分量が違う。なんだか、こちらの方がプロらしく感じられてしまい、採用。恐らく生地が薄くて、扱いにくいのではないかと思われたが、ハードルは高いほど生きがいを感じるタイプにはうってつけ。

最初こそ鍋に落とす生地の分量や、鍋の温度が分からずに、あたふたしたが、3枚目からは要領良く焼くことができた。師とも勝手に仰ぐようになった餡子専門店のレシピでは円筒形にしている。その方がお上品なのかもしれない。漉し餡は一つ25グラムずつとし、8個分、200グラムを確保。8等分し、一つずつ予め丸めておく。

即席一夜漬けの桜の葉、もとい大葉は、水でさっと洗い、丁寧に葉の先を伸ばしておく。

くるくると丸めて作成。思った以上に緑の大葉がアクセントとなり、悪くない。生地のピンク色がやや薄すぎはしまいか。いや、この方が上品なのかな。桜の香りが舞い立つことはないが、なかなかどうして、柔らかな薄桃色の生地から、優しい艶のある漉し餡がちょっとのぞいたところなど、うっとりとしてしまう。まるで、我が子の晴れ舞台に、いそいそと付き添う母の思い。そう、だから料理はやめられない。




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2021年3月4日木曜日

妖怪小豆研ぎ

 




桜餅を作ろう!

思いついたらまっしぐら。

手元に糯米、白玉粉があることを確認し、小豆を買いに走りでる。桜餅に欠かせない、うっすらと塩味のする、甘い桜の香りが奥ゆかしい、桜の葉の塩漬けは、先日目にした大葉で代用しよう。紫蘇の香りと桜の葉の香りでは、全く別物ではあるが、背に腹は代えられぬ。この喩は当てはまらないか。とにかく、何かで包まぬわけにはいくまい。それも、うっすらとした桃色に映える色合いで、ちょっぴりと塩味を添える、なくてはならない引き立て役として、塩漬け大葉ほどぴったりとしたものはあるまい。

やや小ぶりな感は否めないが、丁寧に洗い、綺麗に葉を隅々まで広げ、一枚一枚重ね、静かにたっぷりの塩水に浸す。塩漬けにしてしまうと、見た目の菜っ葉感が拭えないが、塩味は餡子の甘みを上品に際立たせる上でも外せまい。

漉し餡はこれまでにも作ったことはあったが、数あるレシピを見ているうちに、どうしても本格派に目が行く傾向があり、最終的に餡子専門店のレシピを参考にすることに決定。シャカシャカシャカと小豆を研ぎながら、「小豆研ぎましょか、それとも、人取って食いましょか」と思わず口ずさんでいた。幼少時代に見たテレビの日本昔話シリーズの一場面。小豆を研ぐ度に思い出すのだから、不思議なもの。プルーストにとってのマドレーヌが、私の場合は小豆研ぎとは。子供時代、我が家は健康志向で玄米に小豆や黒豆を入れて炊いていた。お米や豆を研ぐ度に、一つ上の兄が私をからかって、「小豆研ぎましょか、それとも、人取って食いましょか」と歌っていたことを思い出す。さすがに、番組を一度見たからといって、その記憶が鮮明に残っていたというわけではなく、兄がからかう度に、小豆研ぎの妖怪を思い出していたことで、記憶が定着したのであろう。

渋切りをしてから、鍋に付きっ切りで小豆をことこと煮る。小豆が水面から顔を出さないように、時々静かに水を足す。プロは、何グラムだから、何分煮る、なんてことは言わない。火力・鍋・仕込み量・豆の種類・等級・年度産・保存法によって違うので、残念ながらお答えしかねる、と書いてある。ごもっとも。それでも、凡その時間を教えてくれても良いものなのに。仕方がないので、別のレシピで検索。まあ、小一時間程度か。

芯がなくなったところで火を止める。そのまま放置して蒸らした後、生餡の製造となる。その間に道明寺粉を作るために、糯米を洗って水につけておく。

さあ、生餡を作ろう。先ずは、煮汁を切って豆を潰す作業。その後水を入れて裏ごし。たくさん水を新たに入れて濾すように指示されているが、なんだか二度手間のように思い、既に裏ごしした水分を再利用してしまう。恐らく、水分が既にこってりしてしまっているからだろう、裏ごし作業に時間がかかってしまう。そして、その後の沈殿させて上澄みだけ捨てる作業も、予想以上に時間がかかってしまう。それでも、餡汁が形なりにもボールに残った。布巾に入れて、水分をしっかりと絞り切る。生餡の出来上がり!

夕食後に始めた作業だったので、既にシンデレラタイムが迫っており慌ててしまう。恐らく、水切りがプロに比べ不十分なのだろう。生餡の重さが予定より多めになる。さて、それに合わせて、水分と砂糖の量も増やすべきなのか。朦朧とした頭でぼんやりと考える。今なら、簡単にその答えは分かる。水分が絞り切れていないだけなので、砂糖の量は変えず、むしろ水分をやや控えめにすれば良いのだろう。そんな論理的思考は残念ながらできずに、水分も砂糖の量も気持ち増やしてしまう。

加熱した餡は熱くなり、飛び跳ねると脅され、ゴム手袋を着用し、大鍋でシロップを作り、生餡を入れ、強火で一気に炊き上げる。といっても、上述のごとく、水分が多めだったので、一気にというよりは、かなり時間を掛けてしまう。

桜餅の餡はやや固めにするとあるので、鍋底が見えるまで、しっかりと炊き上げる。

さあ、どうだろう。なかなかどうして、うっとりするほどの艶じゃあないか。

レシピの最後に「和菓子作りの第一歩があんこ作りですが、そのハードルが極めて高いのです。こし餡を豆煮から作るには、是非、粒餡を何回も作って十分に慣れてから挑んでください。豆煮からこし餡を作れる方は自信を持ってくださって結構だと思います。」と記されていた。

なんと!そうなのか。いや、確かに、手間暇は大いに掛かった。

お味の方はどうだろう。自信を持っていいのだろうか。

粗熱を取るのもそこそこに、タッパーに入れてしまう。桜餅は、明朝とりかかる予定。その前に英気を養わないと。

妖怪小豆研ぎは、寝室にまっしぐら。



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2021年3月3日水曜日

端然と

 







端然と 恋をしてゐる 雛かな


ハイカラな江戸っ子、夏目漱石の作。

ユーモア溢れながらも品のある一句。桃の花にやわらかな春の日差しが降り注いでいる、そんな情景が想起される。漱石の娘たちへの愛情さえも感じてしまう。

果たして、漱石の娘、愛子さんの手による随筆「父漱石の霊に捧ぐ」に、雛祭りでの父親との楽しい思い出が綴られている箇所があるらしく、やはりそうなのか、と嬉しくなってしまった。「らしく」と書いた通り、実はこの随筆自体は未だ読んでいない。「漱石」と「娘」を併せて検索したところ、うまくヒットし、この随筆の存在と、漱石が雛祭りには娘たち(三女と四女の二人)に雛人形を買ってあげ、楽しい時を過ごしたことを知るに至った。

同時に、どうやら漱石は精神が不安定であった時期があり、妻子に辛く当たったり、気持ちの上でのすれ違いがあったことにも言及されていて、大いに目を引いた。6人の子供たちそれぞれの父親像は随分と違うものであることは、意外であった。逆に、殿上人のような存在であった漱石が、非常に身近に感じられたことも事実。等身大の漱石。

「父漱石の霊に捧ぐ」をすぐにも読みたい欲求が膨らむ。そこに、今バッタ達が抱える父親との問題への解決の手掛かりが見つかるような気がしてならない。

さあ、今年は桜餅でも作ろうか。



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2021年3月2日火曜日

紫の貴婦人

 




鳥たちの囀りで朝の訪れを知る季節が到来。


まさに、春は名のみの寒さの中、

朝日を浴びて一人すくっと立てり。

毅然たる、その立ち居姿に見惚れてしまう。

鮮やかな緑のコートが朝露に輝く。


誇り高き彼女が微笑む時、辺り一面馥郁たる香りに満たされるであろう。




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2021年1月1日金曜日

謹賀新年 令和三年





 

謹賀新年


令和三年を迎えるにあたり、

皆様のご多幸をお祈り申し上げます




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