2012年3月2日金曜日

30年前の母に自分の姿を重ねる瞬間



地下鉄を乗り継いで、
階段を駆け上がり外に出ると、
突然甘い香りに包まれる。
屋台のクレープ屋さん。
ここでオヤツを買ってあげようかな、
そんな気になる。

ユニオンジャックが堂々と風にたなびく建物に入り、
こちらも階段を勢い良く駆け上がる。

ぴたり、とホールの前に出る。
Turner

そっとドアを開けて入ると、大勢の人々が今か今かと待っている。
丁度真ん中にぽっかりと空席を見つけ、滑り込む。
と、同時に、子供達が入ってくる。

小学2年生ぐらいの子達から始まり、
お面をつけた子達がぞろぞろと入ってきて、
もうちょっと大きめの子達が入ってくる。
ママやパパの顔を見つけて照れながらも嬉しそうにしている。

列の最後に、
本当に一番最後に、
ちょっと心配そうな末娘バッタの顔がのぞく。
ぱっと頬が紅潮し、お得意の円満の笑顔になる。
「来てくれたんだ。」
口元がそう動いた。
前の子をつついて、なにやら嬉しそうに話をしている。
ママが観に来てくれたよ、とでも言っているんだろうか。

今週一週間、午後だけ英語の講習会に参加した末娘バッタ。
本来なら、もう2年前に英語の授業を開始しているのだが、
バッタ達の通う学校はちょっと特殊なカリキュラムなので、
英語の授業は来年からとなっている。

それでも、オーストラリアに夏に二ヶ月行っている長女バッタや息子バッタが最近は仲良く英語で会話をしたり、
映画のDVDを英語で観たりするので、
自分も早く英語を覚えたいとの欲求があるのだろう。
朝から一日フルコースで長女バッタが英語の講習に行くことになったら、
末娘バッタも、自分の学年の午後だけのクラスに行くと言う。

パリにいるパパのところから通うので、
一体、順調なのか、楽しんでいるのか、大変なのか、皆目検討がつかない。
初日だけ、早く着き過ぎたからと、長女バッタから電話があるが、
翌日からは、こちらでSMSを送っても、返事さえろくすっぽない。
こういう時は、友達もでき、充実した時を送っているのだろうと推定する。
夜、漸く簡単なSMSがくる。
皆元気。宿題が大変。楽しいよ。
それぐらい。

長女バッタはいい。
が、末娘バッタは、学校でまだ習っていないのに、これまで2年間習ってきている子供達と一緒のクラスで一体大丈夫なのか。
まあ、大丈夫なんだろう。
息子バッタにいたっては、バドミントンの研修。
すぐに友達ができて、大いに楽しんでいるに違いない。

そうして金曜になり、
末娘バッタのパスポートを取りに大使館まで行く日になる。

月曜と同じ。
10時半にぴたりと車をアパートの前につけるや、
末娘バッタが、本当にバッタのごとく飛び込んできた。

車を出すや、手を伸ばしてくる。
そうして、今日、1630分に、英語の発表会があるという。

え?今日?
で、家族が観に行っても良いの?
パパは行くの?

どうやら、パパが観に行くことにはなっていない様子。
さもありなん。
しかし、どうして今まで黙っていたの?
ママに教えてくれれば良かったじゃない。

末娘バッタは、今日会って言うつもりだった、と言う。
そして、今日では、もう遅い?と聞かれる。

段取りというものがあるだろう。
パスポートを取りに大使館に行くのだって、
勤務時間内。
上手く、時間をとって来ている。
その辺が、未だ子供には分からないのだろう。

何をするのか聞いてみると、
驚くほど綺麗な発音で、
汚れたボトルを洗浄してから捨てよう、
といった話をし始める。
どうやら、授業のテーマは環境問題であったらしく、
リサイクルを連発している。

冬のバカンス。
月から金まで、午後の時間のみとはいえ、パリで英語の講習にこの年齢の子供を通わせる親を想像してみる。
きっと、皆、発表を観に来るだろう、そう思う。

約束はできないな。
明日土曜のお昼の後には会うのだから、その時にゆっくり話を聞くからね。

とりあえず、場所だけ聞いておく。

クラスでやる、と自信なさげな様子。

連絡の紙をもらったのなら、そこには、なんて書いてあったの?

ちょっと困った顔をする。
パパに渡してしまったのか。
これが息子バッタだったなら、渡す前に自分が読んでいるだろう。
末娘バッタには、もうちょっと好奇心を持って欲しいな、なんて思う。
まあ、会場に行って見れば、どうにでもなるか。

そう思いながら、
この間以上にスムーズに大使館前に駐車ができ、
パスポートを受け取り、小切手を支払うと、
風の様に末娘バッタをアパートの前に送り届ける。
明日ね、と言って。

オフィスに戻る途中、
ポケットの携帯が震え続ける。

走行中の携帯使用は減点2ポイント。

それでも、まさか、オフィスからの電話かと気になり、
慌てて耳に当てる。

と、末娘バッタの声。
ママ、Turner Hallだったよ。
turner」の発音に思わず身震いするほど感動する。
幼い頃からバイオリンをしているからなのか。
或いは、既にバイリンガルだからなのか。
なんと美しい英語の発音。
完璧じゃないか。

アパートに戻って、慌てて連絡の紙を見たのだろう。
そして、ベビーシッターさんにお願いして、
彼女の携帯を貸してもらったのに違いない。
ママに知らせなくっちゃと思って。

その時点で心は決まった。
観に行こう、と。
たとえそれが、学芸会程度の、10分もしない発表であったとしても、
たとえ会場への往復で1時間使おうとも、
たとえそれで、今晩帰宅時間が遅くなったとしても。

末娘バッタの
キラキラ光る瞳と紅潮した頬を見た瞬間、
鼻の奥がつんとしてしまう。

忙しくて来れないだろうな、
と諦めつつも、
お母さんのことだから、来てくれるかな、
と思いながら、
そうして、母の姿を講堂の隅に見つけた時のなんともいえない驚きと嬉しさが
突然甦る。

その時の母は着物姿で、
はらはら、はらはら、と
涙がこぼれていて、
ハンカチを使っていて、なんと優雅であったことか。

あの時は、純粋に、母の姿に美を見て感動した。

今、あの時の母と自分が重なり、
子を思う母親の気持ちが体中を駆け巡り、
母への感謝の思いが新たに溢れ出て、
あやうくこぼれそうな涙をぐっとこらえる。


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2 件のコメント:

  1. あかうな3/3/12 14:45

    3回クリックしてしまいました。

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  2. あかうなさん。。。

    あかうなさんも、きっと、きっと、同じような気持ちに包まれたことがおありなのだと思います。クリック、ありがとうございます。

    返信削除