「まさか、いかにも業界が接待に使って、これでもかって感じの超高級なところじゃないでしょうね。」
一体、この青年、いや、もう30歳だからいっぱしの大人だろうが、何を考えているのか。お客様とはいえ、あんまりなので、ピシリと言ってやる。
「うちのオフィスの人間が、フィンランドの伝統的な雰囲気で、伝統的なお料理を楽しめる場所として、心を込めて推薦してくれた場所です。どうして、そう人の行為を素直に受け止めることができないのでしょう。そんな嫌味ばかり言っているなら、もう、ここで失礼しますよ。」
最後は、ちょっと冗談っぽいトーンにする。
驚いたことに、相手はさっと態度を改め、そうでしたが、と素直に頷く。
通りの番号を確かめつつ、蝋燭の街路灯がぶらさがっているところまで足を進めると、そこがフィンランド料理のレストラン「Lappi」。
内装は木造で、アットホーム。
接待嫌いな割には、何故か出張の同行を私に依頼。
今回も3度目となってはいた。
確かに英語は得意でもなく、ロジスティックは全てお任せ。
孤独を愛するかと思えば、夕食も一緒。
それなら、せっかくなので、と、それこそ、ご本人の夢の一つであった、トナカイ料理のお店に今夜はお連れすることとなっていた。
先ほどの一言が効いたのか、
素晴らしい、素敵な雰囲気だ、と感嘆の声を連発。
アペリティフは?
「そんなん、どうだっていいんです。」
ああ。また始まったか。
まあ、いいや。
その割には食前酒に、トナカイの涙、がある、と嬉しそうな声を出す。
「せっかくなら、これ頼んでみてください。そして、どんな味だか、教えてください。」
ご一緒しませんか?
「いえ、僕はアルコールは飲まないことにしているのです。ここで飲むわけにはいきません。」
あれ?いつもとちょっと雰囲気が違う。確か、アルコールは苦手だったのでは。この言い方では、何かに願かけての禁酒なのか。
それなら、とスパークリングウォーター。
トナカイの涙なら、飲まなくても、感想が言えそうです。トナカイの気持ちになれましたとか。それよりも、お酒、飲めないのではなく、飲まないのですね。
「そうです。飲まないことにしているのです。」
その言い方が苦々しかったので、つい、続けてしまう。
ふうん。ひょっとして、お酒で大失敗した、とか?
「まあそんなところです。でも、僕じゃないですよ。」
ああ、お知り合いの方が、ですか。
「もう、面倒だから、言ってしまいます。
僕の両親、酒飲み運転の車に殺されました。」
「だから、僕は酒を飲んで楽しんでいる奴らが好きじゃないんです。すっごくむかつくんです。そして、僕も、酒は飲まない。」
「ひどいもんでしたよ。相手はおばちゃん。お互い、何を言ってもしょうがない。判決は執行猶予付きでした。淡々とお金で解決、って感じでした。慰謝料です。それからです。人を信じられなくなったのは。別に親の遺産がすごかったわけではないですが、その慰謝料目当てで色んな人が寄ってきました。僕には、色々なことがあり過ぎて、今は人を疑うことしかできません。」
まだ学生時代だったという。
それから、生きる意欲も、食欲も、性欲も、何もかもなくなった、と淡々と語る。
30歳にして、世の中の辛酸を嘗め尽くしたような話し方をすると思っていたが、そんな過去があったのか。
恐くて、自分を制御しているのだろうか。
細いおしゃれなボトルに入ったスパークリングウォーターがテーブルに置かれる。
話してしまって、むしろすっきりした感じの相手と
なんだか重いものを背負わされてしまった感じを抱きながら、
先ずは、小さな透明の粒が静かに上っている透明の液体で乾杯。
ああ、神様。
どうか、どうぞ、彼にもう一度、人と付き合うことの楽しさを思い出させてあげてください。
神様、どうぞ、彼をお守り下さい。
神様、彼をこの地にとどまらせてくださってありがとうございます。
トナカイの燻製、鮭のタルタル、鱒の卵、カタクチイワシの燻製、などが楽しそうに盛られた前菜がやってくる。
歓喜の声を挙げて迎える。
大丈夫。そう、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと人生を楽しむことを自分にさせてあげて。自分を解放できるのは、自分だけ。
あ、これすっごく美味しい!生きていて良かったって程のお味ですよ。お勧めです!
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皆様からのコメント楽しみにしています
いろいろな人生を背負った人がクッカバラさんの下に集まるのですね。クッカバラさんといつか一緒にクッカバラソングを歌えるようになるかもしれないですね、そのお客様。大切にされてくださいね。
返信削除Kookaburra sits in the old gum tree,
返信削除Merry merry king of the bush is he,
Laugh Kookaburra,
Laugh Kookaburra,
Gay your life must be...