「ボンジュール!プロント!」
電話先からけたたましい声が聞こえてくる。
「アンドレアです、マダム。お元気ですか?」
アンドレア?
あのアンドレアだろうか。ローマのB&Bのオーナーの顔がすぐに浮かぶ。現金で支払ったはずだが、何か問題があったのだろうか。バッタ達が何かを破損したのだろうか。多くのよからぬ思いが事が頭を過ぎる。
「マダムはイタリア料理がお好きですか?」
どうやら、会計上の問題があったわけでもなさそうだと分かり、ほっとする。それから急に違和感を覚える。ローマのアンドレアはイタリア男にしては、シャイでこんな風な話し方はしない筈。しかも、彼はフランス語を話せなかった。
「アンドレア、いつからフランス語を話せるようになったの?」
相手は、一層陽気になって、フランス語なんて話そうと思えばいつだって話せるのですよ、なんて言ってくる。その返事で、B&Bのアンドレアとは別人であることを確認する。
「マダム、オリーブオイルはお好きですか?」
このアンドレアの舌には上等なオリーブオイルがたっぷりと塗られているようで、立て板に水の如く、セールストークは続く。しかも、相手の関心をしっかりと捉え、うっかりしようものなら、返事をしてしまっている我が身に驚く。
「マダム、美食の国イタリアからの厳選吟味された現地直送、お楽しみバスケットを、今回は特別にお宅の食卓にお届けしようとご連絡させていただいております。」
「パスタはお好きですか。ちょっとだけご紹介させてください。」
きっと演出であろう巻き舌の発音で、イタリアの燦燦と輝く大地からの恵である各種パスタの紹介が続く。
「チーズはいかがですか。」
モッツァレッラでもない、リコッタでもない、マスカルポーネでもゴルゴンゾーラでもない、リズミカルな響きのチーズの紹介が始まる。
「アンドレア、待って頂戴。」
慌てて彼のトークを遮る。
「せっかくのお話、ありがたいのだけれど、貴方の時間をこれ以上いただくわけにはいかないわ。私は貴方のお客としての対象外よ。」
そう言って、今回のサービスは家計に余裕のある家庭向けであり我が家には当て嵌まらないこと、お互いに何者か知らないこと、商品を確かめもせずに購入することはしないこと、などを列挙する。待っていました、とばかりに、アンドレアは一つ一つにもっともらしい解決策を提示する。
「お話は聞いているだけで楽しくなるので、まだ聞いていたいわ。でもね、本当に貴方にとって、時間の無駄よ。どうもありがとう。そして、さようなら。セールス、頑張ってくださいね。ご健闘をお祈りします。」
そこまで言うと、びっくりしたのかアンドレアは、押し黙ってしまい、弱々しく、チャーオ、チャーオ、と数度繰り返し電話は切られる。
どこまでも続くトスカーナのブドウ畑とオリーブの木。
いつかまた、燦然と輝く光に満ち溢れた彼の地に赴きたいと、ゆっくりと受話器を置く。
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