2015年10月11日日曜日

エールを送る






真っ赤になった目元にはっとなる。
懸命に上を向いている大きな瞳。必死で涙をこらえているのだろう。

電車の中。
ドアの人だまりを挟んで斜め横に座っている。
他人をじろじろ観察しちゃいけないとの道徳観が働き、目を逸らす。

数ヶ月前の我が身を思う。あの時は、欲しかった労りの言葉にほろりとしてしまった。
数年前は運転の途中で、これは誰もいないことをいいことに、運転に支障が出るのではないかと思える程大声で泣いた。その後、同じように号泣している女性ドライバーを目撃し、憐憫さよりも危険を感じ、以後、そんな乱れた運転はしていない。

暫し、昔に思いを遊ばせていたが、また、斜め横に座っている彼女に目がいってしまう。
ぎっしりと目元を片手で押さえている。
二十代か。真っ白な肌が痛々しい程に真っ赤に染まっている。感情が高ぶっているのだろう。それでも、人前で崩れまいと懸命に堪えている姿。ここにきて急に寒くなり、私などウインドブレーカーにマフラーをぐるぐる巻きにして、漸く寒さから逃れているが、彼女は興奮しているのか、トレーナーのまくった袖からは、やはり赤く染まった真っ白な腕がにょっきりと出ている。

カフェで喧嘩でもして、そのままダウンも着ずに電車に乗ってしまったのだろうか。

何度目かの停車で、車両に人も随分と少なくなる。漸く目を押さえていた手を外し、放心状態で宙を見つめている。

喧嘩、じゃない。
別れ、か。

手離すことにより、新たな出会いがある。
そんなことは分かっている。でも、今、この手にある出会いを大切にしたいと思ってしまうのも人間。

人間が人間たる理由。


そろそろ目的地に着くのか、心が落ち着いてきたのか、肌は次第に元の白さを取り戻し、気が付いたようにトレーナーの袖を下ろす。おもむろに立ち上がり、ダウンを羽織りファスナーを締める。新たな戦いに向かう戦士のごとく、鋭気を養ったのか表情に力が戻り、目元はきりりと引き締まっている。

電車が次に停まると、夜の闇に吸い込まれていく。


エールを送る。





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