今年も一人でバイオリンの研修に参加すべく出掛けて行った末娘バッタ。一人残った息子バッタは、何を思ったのか毎日庭の木の伐採に勤しんでいる。
初夏になると、毎年クリスマスツリーのように、高い杉の木に絡まった藤の花が見事だが、野生の藤ほど手に負えないものはない。しなる枝は太くがっしりと絡みつきながら、どこにでも這っていく。その藤の根元など、あるようでない。いや、枝全てが根のように張り巡らされ、そこから新たな枝を伸ばし、とにかく繁殖力は凄まじい。
その藤を相手に奮闘。
藤の枝が絡みついていた紫色の花をつけるリラも一緒にばっさりとしてしまった。
一日を終えて家に戻ると、ガレージの前が伐採した木、枝、葉の山。翌日にはこれが細かく裁断され、袋に詰め込まれていた。
彼が自主的に家の事をしてくれたのは、今年に入ってもう何回目になるだろう。しかし、庭の木の伐採は初めて。頼もしくもあり、嬉しくもある。
夜、一緒に携帯で撮影した写真を見ていると、初夏のコンサートの写真が出てくる。
バイオリンの演奏は好きなのに、人前で弾くことをとにかく嫌がる息子バッタ。バッハのバイオリン協奏曲第一番、イ短調の第二楽章。彼が選んだ曲。テンポの良い第三楽章を選ぶのかと思っていたが、表現が難しい第二楽章を選ぶとは。
毎日練習を重ね、当日、苦悩の表情で登場。間奏の間も、眉間に皺を寄せ、辛そうにしている。
演奏が終わるや、アルトやチェロで伴奏をしてくれた仲間達に笑顔も見せず、観客に挨拶すら満足にせず、拍手喝采の中、去って行く。その後ろ姿から、泣かんばかりであることが伝わってくる。
完璧な演奏を求めたことは、親として一度もない。彼の世界に響く音楽を奏でることができずに、苦しんでいるのだろうか。楽しく演奏する時期は過ぎてしまったのか。
あの日、日本から母が来ていた。腫れ物を扱うかの私に見兼ねてか、孫である息子バッタにバッサリ。観衆に挨拶もろくにできず、仲間に感謝の気持ちも言えず、ましてや、恩師にお礼もせずに、あの態度はなんなのだ、と。勝手を知っている日本であったら、首根っこ掴まえて舞台から引きずり下ろすところだった。情けなかった、と。
恩師も含め、フランスの仲間達の反応は全く違っていた。既に息子バッタの性格を知っており、彼の演奏を喜び、楽しんでくれていた。恩師に至っては、それだけ演奏をするに難しいレベルにあるのだから、と、彼を擁護する。
5歳の時から、我が子のようにかわいがってくれている仲間達。息子バッタや私に甘えはなかったか。確かに、彼に強く言うことで、彼が弓を置くことが、私には怖くてできなかった。彼から音楽を奪うような結果になることだけは避けたかった。
それでも、母の言葉は当然のことであり、深く、真摯に受け止めるべき内容。母の言葉に涙した息子バッタ。言葉少ない彼のこと、その涙が意味するところは、実は分からなかった。祖母から厳しい言葉を受けての涙か、俺はなんと情けない男だと思っての涙か。皆に申し訳ないと思っての涙なのか。
それから一月以上が経ており、一緒に初めてゆったりと写真を見たことになる。
あの時、マミー(フランス語でおばあちゃん)は厳しく言っていたけど、ちゃんと皆と一緒にいい音楽を奏でていたよ、と、そんな言葉が口をついて出ていた。
するとどうだろう。
「いや、マミーが言いたいこと、良く分かったよ。マミーは間違っていない。」
そう言うではないか。
そして、バカンス中にテレビで見たオリンピックのことを話し出す。あんな晴れ舞台なのに、ちょっとしたミスをしただけで、多くの応援をも顧みず、不機嫌になり、泣き叫ぶ姿をたくさん目にし、マミーが言っていたことは、これなんだ、と思ったと言う。
悟ったのか。
僕のミスはちょっとじゃなくて、本当にひどいものだけどね、と付け加えながら。
でもね、問題は分かったけど、自分の演奏にだけ集中してしまうから、演奏態度を改めることができるか分からないよ。
自分の非を認め、自分の弱さを自覚する。
なんか、大きくなったな。身体だけじゃなく。
何も言わず、その大きな肩をぱんぱんと叩く。彼の次の演奏が楽しみになる。
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