2016年8月4日木曜日

夏真っ盛り








「あのさぁ、そのことだけど。」

留学を終え一年ぶりにCDG空港に降り立った長女バッタを乗せて、家に向かっていた時のこと。中国には一緒に行ってあげられなかったが、9月から彼女が行く大学はヨーロッパにある。8月中旬には説明会があるから、その頃には現地入りすると聞いていた。8月中旬ならパパは島でバカンス中。車にたくさんの荷物を載せて彼女を連れて行ってあげよう。そう勝手に思っていた。

バカンスの日程を会社に申請しなければならないので、日程を決めようよ、と帰国前の彼女にメッセージを送っていたのだった。返事がなかったので、改めて、8月の日程について話題を振ったら、この返事。

「ママに言おうと電話したけど、繋がらなかったんだ。あのね、私、一人で行こうと思うの。」

遠慮しがちながら、それでも、きっぱりと長女バッタは言う。

「最初こそ友達を作る時なの。一人で大丈夫。ママはしばらくしてから来て。そう、10月でも11月でも。」


そうか。戻ってきたと思ったが、戻ってきたわけではなかったのか。彼女は、もうしっかりと自分の道を歩き始めている。一人で。

でも、待ってよ。8月は鬼門。
毎年バッタ達はパパとのバカンスでいなくなるから、一人になる。それでも、このところ毎年のように台湾から妹一家が遊びに来てくれていた。それが、今年に限って彼女たちは旅費が嵩むからとお休みとしてしまっていた。

バッタ達がこうして自立し、一人で旅立つのであるから、親の私もしっかりと一人で歩まねば。人間、所詮一人。

それでも、バカンスで空っぽになった通りや家に一人でいることを想像しただけで、気が狂いそうになる。駄目だ。


そうだ、彼のところに会いに行こうか。
久々に連絡を取ってみる。今年に入って国内で最大の基地を任されているから非常に忙しいとは聞いていたが、ぜひおいでよ、と返事が返ってくる。どうしようか。

休暇が取れないことは聞いていた。夕食ぐらい一緒にできれば御の字、それぐらいの気持ちでいないと、と思っていた。昔真剣に集めたガイドブックを再び手にし、読み耽る。最近は旅行サイトも随分と充実している。学生時代は本当に情報がなく、ガイドブックも大手旅行社が形だけ整えた薄い物しかなかった。それがどうだろう。和平後、随分状況も変わったのだろう。それに貢献した彼のことを思う。

数日後、彼から旅行の日程についてメッセージが入る。この期間と、この期間は避けて欲しい、とのこと。外国から要人が来るので出迎えをし常にエスコートをしなければならないと言う。

大丈夫。その時には東海岸に遊びに行くか、内陸で電車の旅でもしているから。

そう言うと、それは良かった、との返事。

これは本気で日程を組もう。そう思ってチケットを検索。日本に行くよりも高い値段が弾き出される。空港に迎えに行ければいいけど、そんなメッセージを思い出し、ここはナショナルフラッグの航空会社でないと、と思ってしまう。

取り敢えずの日程を書き送る。
Good。
そっけない返事。まあ、忙しいのか。

それでも、ホテルを探して薦めてくれていた。そのホテルに予約をと思い調べてみると、正直余りピンとこない。彼の基地に一番近いということか。色々と探していると、こじんまりとしているが、なかなか素敵なプチホテルが見つかる。ここはどうかしら。そう書き送る。そして、ホテルを検索しているうちに、航空券が高くなっているのに気が付き、ここは決断の時、とチケットも購入。

朝起きてみるとメッセージが入っている。ホテルはそこでいいよ。ただ、日程を数日変えてくれないか、とある。とにかく、今夜最終的な日程を決めよう。

ちょっと待ってよ。もうチケットは買っちゃったのよ。今更それはないよ。別に要人が来ている時は他に行っているから、気にしないでね。そう書き送る。

すると慌てて返事がくる。これから会議に行かなきゃならないけど、航空券を買ったって?日程を変えてみてくれないか。

指定された日程では、うまくいかない。先ず、そんなに簡単に休みの期間は変えられないし、しかも、一人で行くとは言っているものの、長女バッタの出発の日に不在となってしまう。

駄目。無理。
夕食だけでいいんだから。日中は仕事だって分かっているんだし。

それでも、日程を変更してくれとの一点張り。せっかく来てくれるのに、会えないなんて辛いよ、とくる。そして、休暇をとれるご身分じゃないんだ、と。

でも、私だってそうそう休みは変えられないし、他の都合もある。日程の変更は無理よ。

そんなやり取りが続く。そして改めてチケットの日程を聞かれる。何度言えばいいんだろう。ちゃんと確認してくれていたわけじゃなかったのね。今度はe-ticketを送って、これは格安なので交換は無理なのよ、と言う。

遊びにおいで、といつも言ってくれるけど、実際に本当に行くことになると、困ってしまうのね。身勝手ね。分かった。もう決して会いに行く計画なんてしないから。すっごく高くついたけど、いいレッスン料になったわ。

久々に連絡したのは私の方なのに、いつも連絡があっても返事もろくすっぽしないのは私なのに、長女バッタとの小旅行の計画がなくなったので強引に遊びに行くことにしたのは私なのに、身勝手なのは私なのに、そう言い放ってしまう。

するとGod!と大騒ぎ。

漸く、その要人が当初二日のみだったのが、私と同じ日程で一週間滞在することに変更したことが分かる。しかも、その間、大統領との会議や会食もあるらしい。

俺はなんて悲惨な人生を歩んでいるんだ。自分の予定さえも立てられない。好きなこともできない。

彼が嘆き始める。

ちょっと待って。そんなこと言わないでよ。
今度はこちらが慌てる番。

分かった。一週間ずらしてみる。でも、それで本当に大丈夫?

明日、予定を見て、返事をする。各地のホテルも調べるよ。

彼が私を気遣って言ってくれていることが分かる。大丈夫よ。無理しないで。


そうして、翌日。
チケットのキャンセルはできそうなのか。返金されるのか、と聞いてくる。もう答えは聞かなくても分かってしまった。

とにかくスケジュールはフル。息をつく暇もないらしい。この二ヶ月親にも会っていないし、自宅にも帰っていない、と言う。

国内最大の基地の代表になったら、国際空港の近くだし、ぜひ遊びにおいでよ、と言ったのは誰よ。

その予定だったんだ。でも7000人と4つの飛行部隊を指揮下に抱えているんだよ。その国際空港も指揮下にある。決断する事が余りに多く、忙殺されているんだ。

でも、この機会を逃したら、君はもう来ないんじゃないか?

大丈夫。また計画する。クリスマスに一週間休めると思う。

それがいい!ぜひそうしてくれ。その時にはちゃんと時間を取るよ!


ほっとしている様子が手に取るように分かる。会議に向かう車の中からのメッセージ。活躍しているんだな、と思う。応援している。チケットはどの程度返金されるのか分からないけど、まあ、仕方がない。こんな濃密な会話が出来たのだから。


マンゴを買おう。できるだけ新鮮で大きな赤いマンゴがいい。そして、その種を植えよう。いつかのように枯らしてしまわないように、植木鉢は大きなものにしよう。

大急ぎで八百屋に向かう。太陽の日差しが眩しい。夏真っ盛り。








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