2019年1月15日火曜日

末娘バッタの主張








南アのクルガーパークでの3週間の実習を終えて帰って来た長女バッタを翌日パリの北駅まで送る道すがら、ブーツやら携帯の充電器を忘れてきたとかで、パリの父親のアパートに立ち寄る。運転手は末娘バッタ。日曜の早い時間、パリは気持ちの良い程空いていて、丁度良い場所にうまく縦列駐車をし、ご満悦の末娘バッタ。

急いで取りに行った長女バッタと一緒に、父親も外に出てきた。と、運転席の末娘バッタを見て、それまでの嬉しそうな優しい顔が一瞬にして曇り、不満の色が濃厚になる。

前夜、父親からメッセージをもらっていた。長女バッタが忘れ物をしていること、翌朝駅に見送りに行く途中で立ち寄ったらいいだろうこと、末娘バッタは家に残って勉強をした方が良いから見送りには来ないことが賢明であろうこと。

OKとだけ返事をしておいた。末娘バッタには父親のメッセージを伝えはしたが、今朝、当然の様に長女バッタの見送りに行く準備をしている彼女に、行くなとは言えなかった。

土曜の朝フランスに戻り、日中はパリで所用をすませ、夜のみ我が家に立ち寄り、翌日には大学のあるロッテルダムに出発する長女バッタに会うために、普段は寄宿舎にいる息子バッタも夕食にだけは出てきていた。末娘バッタは、兼ねてから呼ばれていた友達の誕生会に夜は行く予定だったが、それを知った長女バッタが、せっかく皆と会うためにやってきたのに、と一言。それを聞いて、だろうが、具合が悪くなったと薬まで飲み、出かけないことにした末娘バッタ。

夜は長女バッタの写真を見ながらの土産話に花が咲き、3匹のバッタ達ととても楽しい時間を過ごし、食後は遅くなってはいけないからと、息子バッタを皆で寄宿舎まで送って行っていた。

確かに、土曜は丸一日、午前中は学校で哲学の模擬試験、午後はバイオリンといった具合に、いわゆる勉強という勉強をしていない。父親の言うことは尤もであり、彼の心配は私の心配とも重なる。

されど、次会う機会は夏になろうかという長女バッタを、パリの駅まで見送り、お互いに応援し合うことは、彼らにとって重要なこと。仮に末娘バッタ自らが、勉強の時間を捻出するため見送りを断念するのであれば、当然それは尊重されることだし、家の前で別れの儀式をすることも、大いによかろう。しかし、今回は末娘バッタの心が既に長女バッタを自分の運転でパリの駅まで見送ることに動いていた。

朝の2時間は貴重。しかし、決め手はモチベーションである。納得しない末娘バッタを無理やり家に残しても、決して良いことはないだけではなく、よっぽどの事でない限り、彼女の意志を変えることは叶わないことは良く分かっていた。その意味でも、前日、友人のパーティーに行かずに家に残ったことは、彼女の長女バッタへの思いの深さが感じられる。しかも、家に残ることにした末娘バッタに対し、特別な反応もせず、むしろ当然のように接していた長女バッタや息子バッタの態度からも、彼らの繋がりの強さが改めて感じられよう。

さて、
しかし、父親は遠くに離れているから余計に心配をしてしまう。末娘宛そして、私宛に長いメッセージが届く。

日本の受験生であれば週末は塾に行っている筈だ。フランスでも同じように受験生は勉強をする必要がある。どうして末娘バッタに勉強をさせないのか納得がいかない。うんぬん。

いやいや。私は塾には行かなかったぞ、と一瞬思うが、彼にしたら、日本では受験勉強が大変だと言われているが、フランスだって同じなわけで、ちゃんと監督してくれよ、ということなのだろう。彼の心配は良く分かる。私だって、もうちょっと勉強せんか、と思う。今が勝負の時期であることは重々承知している。が、それを口にした途端、彼女はぐにゃりと萎えてしまう。本人がそのことを一番よく知っているのだから。

以前、末娘バッタに高校卒業後の進路の話をしたところ、学校では教師もクラスメートも兎に角その話しかしない。せめて家では、その話をしないいたい、と返されてしまった。おいおい。親と相談せずにどうする、と思うものの、話をしたくなったら話せばよいし、その時にはいつだって話にのるとの姿勢でいようと思うに至った。

お節介な、と思わなくもないが、父親の心配する気持ちも良く分かるだけに、かつ、大丈夫、任せてよと強気で言えるわけもなく、『確かにその通りだよね。ちゃんと監督するようにします。』と、まあ、いわば可もなく不可もない、適当なメッセージを送る。無視はしない、それだけは心掛けている。

夕方になり、おやつの時間だと喜んでキッチンに出てきた末娘バッタに、パパにちゃんと返事をしたのか確認をする。と、なぜパパが彼女にメッセージを送ったことを知っているのかと聞かれてしまう。さすがに父親が彼女宛のメッセージのコピーをママにも送っているとは言えず、ママにメッセージが来たので、貴女のところにもきただろうと思ったからよ、と答える。

ふーん。で、ママ、なんて答えたの?

えっ?
ママは、パパの言う通りだよね、しっかりやるようにする、って答えたよ。

ママ、ダメじゃん!本当にそう思っているの?私は、パパに対して怒ったよ。私の人生なんだもの。パパにとやかく言われれたくないもの。パパに言われる通りにしていたら、息が詰まって、私爆発しちゃうよ。勉強しているだけなんてできないよ。今の成績が進路の選択に直接影響があることなんて、分かっている。ちゃんと分かっているよ。

ええっ?怒ったぁ?

すごいなあ。惚れ惚れと見直してしまう。

ロッテルダムの長女バッタにしろ、全寮制のプレパにいる息子バッタにしろ、末娘バッタにしろ、なんだって皆、ちゃんと自立して、しっかりと自己主張し、我が道を堂々と突き進んでいるんだろうか。

頼もしい。どんなことがあっても、強く生きていく逞しさだけは、十分にある。
最近、頓に成長著しく、すっかり気圧されてしまっている。

さあ、ママも踏ん張らねば。





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