2013年9月3日火曜日

息子バッタと豆の木




庭の柵から溢れ出ている枝葉が作る緑の陰を
清涼感持って楽しめるのも、
実に我が家の庭の木がなせる仕業からか。

やはりここは、公共のルールを守り、
ばっさりと伐採すべきであろう。

ある夏の日、ふと思い立ち、刃の大きな鋏と太枝切り剪定鋏を抱えて、
息子バッタに声を掛けて表に出る。

昨年しっかりと伐採した筈なのに、藤の蔓はくるくると手を伸ばし、あと言う間にユダの木に絡みつき、駆け上っている。どうやら、隣の門柱にまで食い込むように蔓を這わせている。

思い切って、根っ子ごと引っこ抜いてしまおうよ、と息子バッタが叫ぶ。

果たして、我々が引っ越す前から、こんなに大きな株なのか、
或いは、あまり庭の手入れをしていないことから、ここ数年で、こんなところに、こんなに大きな株となったのか。
根こそぎ引っこ抜くという提案は、ちょっと受け入れがたく、
曖昧な返事をして、黙々と膨大なる伐採した藤の蔓と葉を袋に詰める作業を続けていた。

力任せに鋏を使う仕事を好んだ息子バッタに、
ベランダに覆いかぶさり、クリスマスツリーさながら、屋根まで届く大きさの杉の木に蔓を這わせ、初夏には真っ白な花房をシャンデリアのようにつけ、馥郁たる香りをまき散らしている別の株に取り掛かってもらう。

ガレージの入り口は枝葉で覆われ、ベランダは緑の塊と化してしまっている。

いつかは手をつけねばならないと思いつつも、ここまで放置してしまったか、
と半ばあきれながら、ここは息子バッタの思い切りよい伐採手腕に任せ、
さっぱりとさせてしまおうと思うに至る。

ところが、そう簡単にはいかない。
先ずは絡み合った蔓を解し、或いは、手繰り寄せ、力いっぱい引っ張り落とす。
時には、一人がひっぱる間、先をもう一人が斬り、新たな別の蔓を手繰り寄せねば、うんともすんともいかないこともある。

こんなことでは、二階のベランダを絡み取られてしまうと、懸命に手繰り寄せては引っ張り落とす作業が続く。

と、壁を見上げていた息子バッタが、大変なことを発見する。
どうやら、雨樋がすっかりと藤の蔓に侵略されてしまっているらしい。

おおっ!
そうだったのか!
ついに大きな声が出て、興奮してくる。
ああ、早くその蔓を除いてしまおう!
この藤の蔓が原因で、二階の子供部屋が、この頃雨漏りに悩まされていたのか。

今年に入ってから雨が降ると、化学薬品の匂いがすると長女バッタが指摘。
その時には、末娘バッタの変な実験が原因であるとし、彼女を叱り、片付けさせた。
この夏、臺灣の甥っ子、姪っ子が遊びに来るからと、徹底的に部屋を掃除した際、
どうやら、昔モロッコで買ってきた絨毯が濡れていて、そこから異様な匂いが発生した可能性が考えられ、早速太陽の下で日干しをし、乾燥したものを物置に仕舞っていた。
その時、初めて、子供部屋での雨漏りに気が付く。

それから、雨が降るたびに、気を付けてみると、天井でもなく、桟の下から、時には蛇口を放たれた水道水のような勢いで、じゃんじゃん雨が流れてくることが分かる。
大きなバケツをあてがい、タオルを敷き、なんとか雨漏り対策をするも、いつかしっかりと原因を究明しなければならないのかと思うと、気が重かった。
まさか屋根の修理なんてことになったら、どうしようかと思っていた。

そうか、そうだったのか!
藤の蔓に雨樋を取られていたのか。

大いに息子バッタをけしかけ、雨樋救出作戦をはってもらう。
蔓はしぶとく、ひっぱっても、なだめても、ちっとも動かない。
息子バッタが、別の方向からひっぱることを思いつき、ひとり庭の緑の闇に入っていく。
長い鋤に蔓をひっかけることに成功し、息子バッタが思い切りひっぱると、
果たして、蔓はあっけなく雨樋から抜け落ちる。

おおっ。
これでもう、雨漏りはしなくなるのか。
本当のところは確かめようがないが、取りあえずは雨樋は奪取。

やれやれ。
山のようにうず高く積まれた蔓、枝、葉を眺めつつ、
息子バッタに感謝しつつ、
ああ、ジャックと豆の木の豆の木とは、藤のことだったに違いないと思うに至る。

ジャックならず、息子バッタは雲の上まで登ることなく、巨人の館に行って金の卵を産む鶏を取ってくることもなかったが、どうやら、雨漏りから我が家を救ってくれたことになろうか。いや、雨樋を取り戻してくれたか。

めでたし、めでたし。



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