2023年7月25日火曜日

ある夏の朝

 





日本はどうか知らないが、フランスでは学校のバカンス時期になると、公共交通機関の運行数が極端に減らされる。利用者数が減ることもあろうが、運転手もバカンスを取得することが大いに関係していると思われる。


観光客など見込めない市内のバスなどは、3分の1程に減らされてしまう。それでも、車での通勤者数も減ることから、交通のコンディションは渋滞とは程遠い状況なので、公共交通機関を使う通勤者の足への影響は僅かに抑えることが出来ている。と、思う。


それでも、例外はある。


いつも7時4分のバスに乗っていたのだが。バカンス時期に突入し7時台の最初のバスは17分にしかなく、それでも、ぎりぎり7時半の電車に乗ることが出来ていた。ところが、ある朝、運転手にしきりに話しかける初老の男性が一番前の席に陣取っていた。奥の席に座っていたので、何を話しているのか聞こえないが、運転手は親切に答えている。


このところ、ヒートパイプ網を敷設するとかで、あちこちで道路工事をしており、通行止めの場所も出てきて、バスのルートが変更されている。そのことを知らずに乗車してしまい、停車場所の確認をしているのかもしれないな、と最初は軽く思っていた。


ところが、毎回別のバスとすれ違う度に、運転手はバスを止め、相手の運転手と会話をし、くだんの男性に話をし、男性は別のバスに移動するのかと思えば、また戻ってくる、といったことが続くと、一体どうしたのだろうと思う気持ちと、遅々として進まない運行状況にいらいらとする気持ちを抑えられなくなってしまっていた。


状況に溜息を付いている隣のマダムに、初老の男性は何に困っているのかご存知ですか、一体何が問題なのでしょう、と問いかけてみた。


どうやら、始発のバスに乗って。忘れ物をしてしまったらしく、すれ違うバスの運転手さんに忘れ物がなかったか尋ねているらしい、とのことだった。そして、ちょっと哀しそうな表情で、初老の男性を個人的には知らないが、近所に住んでいて若干痴呆の気があるのですよ、と囁いた。


そうか。運転手も、きっとそのことを知っているに違いない。こんな時に限って、ある停車場で切符の所持確認をするコントローラーが入って来たが、彼らも非常に親身になって対応していた。


いらいらとしていた気持ちが、ふっとんでしまった。電車が一つ、二つ遅れたとしても、大したことではないではないか。バスに乗車している人々が、皆。とても寛容に思え、一人だけイライラとしていた自分を大いに恥じ入った。


バスから降りて、駅に向かいながら、いつもの空がいつも以上に大きく、そしてより青く感じられた。



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