2023年11月23日木曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~カトマンズ編 迷子







カトマンズの中心部、それも旧市街の一部と観光客が集うタメル地区を歩いただけで、カトマンズを語ってくれるな、と言われるかもしれない。それでも、あのどうしようもないカオスで、むんむんとした熱気に満ち溢れた街の魅力を語らずにはいられない。


エベレスト街道トレッキングに出るまでに、時差ボケや体調を整えるためにも、ゆったりと余裕をもたせ、カトマンズには3泊することにしていた。初日から、2時間余り車で行くナガルコットへの日の出ツアーや、古都バクタプルの観光をしたがる相棒に対し、久しぶりに3人で顔を合わせるわけであり、トレッキングの日程について改めて打ち合わせをしたり、両替をしたり、足りないものを買い揃える、いわば準備の時間にすべし、と偉そうに言ったものだった。


それでも、未知の街を歩くことへの高揚感で、心は浮かれていた。ホテルでもらった付近の地図を頼りに、母と相棒の3人で、意気揚々と外に出た。目指すは、タメル地区周辺にあるというヒマラヤン銀行。そこで取り敢えず手持ちの現金をルピーに両替しようと考えていた。


地図を見ると、そう道は複雑ではなく、大体の方向を頭に入れて歩きだした。人通りは多く、車もバイクも好き勝手に賑やかに走っている。それもそのはず、信号機というものが存在しないのである。数年前の地震の影響なのか、或いは電力事情が良くないからか、はたまた、単にインフラ整備がまだまだだからなのか、詳細は分からない。


先ず、歩道というものが存在しないので、車やバイクが歩行者に「通りますよ」との合図でクラクションを鳴らす。信号がないものの、交差点はあり、さあ、とばかりに車やバイクが上手に流れを作って移動している。そして、歩行者も時々道を渡る必要が出てくると、えいや、とばかりに渡り始めるのである。


これが、カオスでなくて、何と言おう。もちろん、我々も勇気を振り絞って通りを渡らねばならないことが何度かあった。その度に、幼い子供のように皆で手をつなぎ、向かってくる車やバイクに手で合図をし、えいや、と渡るのである。


今思えば、そうして、えいやで渡ることを繰り返したからだろうか。或いは、往々にして観光地の地図にありがちなことなのだが、実際の通りの幅など大して反映されずに、ホテルやレストラン、薬局、観光名所などの所在地が分かりやすく記載されており、我々が手にしている地図もご多聞に漏れずに、やや簡便なものだったからだろうか。


道に迷ってしまったのである。どうも思っている様な通りではなさそうだ、と思った時に、中型のバスが停まっていたので運転手と思しき人に道を尋ねると、全く英語を解さないのに、とにかく乗れと手ぶりで伝えてくる。いや、いや、いや、危ない、危ない。


その時、丁度長女バッタのような若い女性が通りかかったので、彼女に声を掛けて道を聞いてみた。我々が手にしている地図上での、現在地を知りたかった。彼女はちょっとびっくりとしたようで、小声で何か呟いた。


え?なんですって?大きな声で聞き返したところ、携帯を見せて、通話中なので今切るから待って欲しいとのサインを送って来た。おおっ!大都市の若者は、どこでも変わらないのね、と変に感心していると、綺麗な英語でどこに行きたいのですか、と聞いてきた。


美人だし、英語も綺麗だし、何て爽やかな女性だろうと惚れ惚れしていたが、その彼女が我々の地図を見て、現在地はこの地図上にはないと言ってきたので仰天してしまった。ま、まさか。


ヒマラヤン銀行に行きたいとは言いはばかられるように思われ、その近くの観光名所を伝えると、それなら、この道を行くと良いと教えてくれた。そうか、そうか、と彼女にお礼を言って、3人は再び意気揚々と足取りも軽く教えてもらった道を歩いて行った。



ところが、しばらく行くと、やはり、どうも何かがおかしい気がしてきた。小綺麗なバイク販売店にいる若い女性と目があったので、思わず飛び込んで、持っている地図を見せ、現在地を教えてくれないかとお願いをした。


女性は困った顔をしていたが、隣にいた若い男性が、俺が教えてあげるよ、と言わんばかりに携帯を手にして店の外に出てくれた。が、なんだか様子がおかしい。英語がそんなに得意そうではないが、現在地を地図で教えて欲しいとの我々の要望は分かってくれたようだった。


それでも、自分の携帯とにらめっこしながら、要領を得ない。なら、例のヒマラヤン銀行の前にあるカフェとやらを知らないかと聞くと、そのカフェならすぐそこだよ、と教えてくれた。いや、いや、いや。まずいことに、カフェなんて名称の所謂飲み物サービスの店舗は少なくないようだった。


ただ、どうやら近くにある、竹が生い茂っていて、高い塀で囲まれた比較的大きな場所は、王宮博物館であることが分かった。店にいた別の男性が通りに出て、「ミュージアム!」と指さしてくれたからだった。そうか、ここが博物館であるならば、博物館の入り口まで行けば、何とかなるのではあるまいか、そう思い、感謝の言葉を告げ、3人はまた炎天下のカトマンズの通りに繰り出した。


10月も末なのに、ここカトマンズは日中は汗ばむ程に暑くなるのであった。午前中には両替所で両替し、近くで軽くランチをし、午後にはタメル地区や旧市街を観光しよう、なんて思っていたのだが、どうやらそうは問屋は卸してくれそうになかった。


3人のうち、誰がどう言ってそうしたのか、今では全く覚えていない。とにかく、気が付いたら、また迷子になってしまっていて、自分たちがどこを歩いているのかさえ分からなくなってしまっていた。


人々は英語が簡単に通じるわけではなさそうであり、我々が持っている地図は当てになりそうにもなく、ほとほと困っていながらも、とにかく大通りに出たら何とかなるのではと、道を歩いて行った。




旅行会社の看板が目に付き、旅行会社ならば教えてもらえるのではないかと思ったが、それはただの看板で、旅行会社らしいものは全くなかった。時々、タクシーらしき車が停まり、乗らんかい?の様子でこちらを見てきたが、タクシーなんか乗ってどうするのよ、との母の一言で、我々は宛もなく彷徨い続けるのであった。


英語検定試験の広告がある、そこなら英語を話すのではないかと相棒が言ってきた。そこは、通りを横に小径に入った、やや奥まったところにあるようだった。おお、そうかもしれないよね。是非チャレンジして、道を尋ねてきてよ、私は母とここで待っているから、と彼女を見送った。


相棒は、ぎょっという顔をしたものの、じゃあ、言って来るわ、と姿を消した。暫くは母と持っていたミネラルウォーターを飲んで、涼んでいたが、どうも相棒の帰りが遅いことが気になって来た。


ちょっと様子を見に行ってくるわ。そう母に伝え、小径に入って行くと、小綺麗な建物に、確かに英語で看板が出ている。まっすぐに入り口から入ると、少人数のグループレッスンでもしている様子のスペースが、いくつかあった。が、相棒の姿はない。もっと奥に進もうとしたところ、声が掛かった。


道を尋ねて、妹が来ている筈なのですが。どこにお邪魔していますか。そう聞くと、声を掛けて来た女性は、そんな人は来ていませんが、と言うではないか。まさか。冷汗が脇の下を伝った。まさか。嫌な感じがした。


慌てて建物の外に出た。迂闊だった。彼女が建物に入ったところを、しっかりと見届けるべきだったと悔やまれた。まさか、建物に入る前に、小径で車で連れ去られたのだろうか。映画「Taken」の観過ぎではないが、ネパールという国が急に余所余所しく、かつ禍々しく、犯罪の坩堝のように思われた。


と、小径の右側に、プレハブの建物が目に入った。大急ぎで建物に駆け込むと、工事現場にある打ち合わせ場所のような狭いスペースに、テーブルが漸く一つ収まっており、そのテーブルを囲むように男性6人ほどがぎっしりと座っていて、その中に、相棒の頭が見えた。


ちょっと!


私の姿を認めると、相棒が相好を崩し、大丈夫だよ!分かった。すごく丁寧に道を教えてもらったの。今、地図を印刷してもらっているところなの、と言うではないか。


ちょっと!ここは語学学校ではないわよ。あっちに行って、いなかったから、すっごく心配したのよ!


すると、リーダー格と思しき男性が、心配になって様子を見に来たのかな、と爽やかな笑顔で話しかけて来た。そうなんです。通りで母が待っているので、母のところに戻ります。そういうと、君まで来ないとなると、今度はお母上が心配で訪ねてくるのか!と楽しそうに豪快に笑った。


グーグルマップを印刷したものを手にし、男性は相棒にくどい程説明をし始めた。地図はあるわけだし、説明は既に受けたと相棒は言っているしで、何故にあそこまで相棒に、「本当に大丈夫かい?」と聞くのかが分からなかった。


それでも、通りに出て、母にも挨拶をし、改めて方角を相棒に教えてくれている男性を見て、その親切な人柄に感じ入ってしまった。母と相棒と一緒に記念写真を撮らせてもらい、深々とお礼をし、嬉しそうな相棒を先頭に歩き出した。


どうやら、トレッキング関連のツアーを取り扱う旅行会社らしかった。親切な人に出会えてよかったねえ、としきりに言い合って、歩くこと暫し。地図の様子と実際の道が違うことは、これまでにも大いに経験してきたことである。まあ、道があるのだから、行くしかあるまいよ、そんな調子で歩いて行った。


が、暫くして、やっぱりどうもおかしいとなった。何故なら、最初に道を尋ねた、例のバイク販売店に戻ってしまったからだった。相棒がぼそりと呟いた。「印刷してもらったグーグルマップの出発点と目的地を反対に見ていた。」


おい、おい、おい。あれ程、おやっつあんにくどくどと説明を何度も受けていたのに、分からなかったんかい。


しかし、誰も彼女を責めることはしなかった。むしろ、崩れるようにずっこけてしまった。ここまで迷ってしまうところって、あるだろうか。謎めいていて、まるで魔法にかけられてしまったようだった。


それよりも、どこかでお茶にしようよ、となったのは自然なことだった。バイク販売店の前を先ほどとは打って変わって足取り重く歩いたが、その先に、感じが良さそうなカフェを見つけていた。果たして、ゆったりとした優雅なスペースに、フレンチっぽいインテリアで装った、小洒落たカフェが現れた。


恐らくはネパールらしからぬ、異文化体験とは程遠い、欧米かぶれの、観光客か特権階級向けの特殊なスペースなのだろうが、とにかく、迷い続けた我々を癒すにはもってこいの場所だった。迷わずにカフェオレを注文し、そろそろお昼の時間じゃない、と言って、シーザーサラダやアボカドサラダを注文した。


爽やかな笑顔の青年が給仕をしてくれて、日本の方ですか、と流ちょうな日本語で話しかけて来た。数年前まで日本に留学していたという。道に迷って困っている話をすると、地図を見て、丁寧に詳しく道を教えてくれた。どうやら、目の前の通りを真っすぐに行けば目的地に着くとのことだった。


それでも、道は必ずしも真っすぐではない。そのことを知っているからか、我々がのんびりと食事を終えた頃、手書きの地図を持ってきて、改めて丁寧に道を教えてくれた。これには、本当に助かった。


ありがとう、ありがとう、何度もお礼を言って別れ、美味しいカフェとサラダで心身ともに満たされ、リフレッシュされたので、足取りも軽く、3人はまた炎天下のカトマンズの街に繰り出したのであった。




夢のエベレスト街道トレッキング

プロローグ

カトマンズ編 出会い





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