2023年11月26日日曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~カトマンズ編 政治談議

 




この旅行記が、エベレスト街道の出発点にさえ未だ辿り着いていないことに、我ながら呆れている。しかし、それほどカトマンズは謎めいていて、魅力に満ち溢れていた。それに、カトマンズを語らずして、ヒマラヤを語るなかれ、ではあるまいか。もう一章だけ、お付き合いいただけたら幸いである。


フランスからはスリーピングバックを二つ持ってきていた。あと一つは、旅行会社が貸してくれることになった。ポーターさんに預ける荷物を入れる鞄も、一つ足りなかったが、それも旅行会社が貸してくれることになった。


となると、後は高山病の薬、現地で購入しようと思っていたツバのある帽子、そしてサンダルを買うだけだった。薬局は意外にどこにでもあって、ペルーでもそうであったように、錠剤一つ単位で販売していた。


帽子は、旅行者の多いタメル地区のスポーツ用品専門店で、「ネパール、エベレスト街道」と記された、いかにも旅行者が被りそうなものを買った。本当は飛行機の中で見かけた登山家と思わしき男性が被っていたものが、通っぽくて、似たようなものを買いたいと思っていたが、そんなものが簡単に見つかるわけはなかった。所詮旅行者であり、思い出の帽子ともしたいのだから、と、妥協することにした。




問題はサンダルだった。サンダルを買うことを思い出したのは、ホテルまで戻って来てしまった時だった。改めてタメル地区まで行く気にはならなかったし、サンダルこそ日常品ではないか、とホテルの近くに軒を連ねる地元民のためのお店を覗いてみることにした。





八百屋、果物屋、雑貨屋、散髪屋、仕立て屋、乾物屋。実家の日本の田舎では、最近はすっかり姿を消してしまった専門店が並んでいた。驚いたことに、トイレの便器を取り扱う店もあった。そして、その中に埋もれるように店先のガラスケースにびっちりと靴やサンダルを並べている靴屋も、ちゃんとあった。


迷うことは無い。「ナマステ!」と声を掛けて、ガラスケースに入っているサンダルの中から、一番シンプルで、履き勝手が良さそうなものを選んで、見せてもらった。ちょっと大きめだったので、一つ下のサイズがないか聞いてみる。


店主と思しき男性が、にこやかに対応してくれた。ゆったり目ではあったが、登山用の靴下を履くことになるので、それに決めることにした。ただ、サンダルの底が砂埃で汚れており、未使用の新品ではないと思われた。それを指摘すると、店主は新品に間違いない、と言って、手ぬぐいで埃を拭き始めた。


そして、「今の政府がけしからんからだ」と大声で嘆き始めた。王政を廃止してしまったことが、全ての問題の根源であるかのように言いつのり、通りがごみごみしているのも、埃が多くて清潔感が欠如しているのも、電線が秩序なく好き勝手に張り巡らされ、頻繁に停電になるのも、全て今の政府が悪い、と言い募るものだから驚いてしまった。


まさか、靴屋の店主からネパールの政治談議を聴くことになろうとは思いもしなかった。


こうして、天下国家を語る靴屋の店主から買った黒のサンダルは、ひどく貴重なものに思われ、うきうきとホテルに戻ったところ、どうだろう。ホテルの清掃担当と思われる女性が、全く同じサンダルを履いていた。


こうなると、なんだかネパールにひどく歓迎されているように思ってしまうのだから、本当におめでたい性格としか言いようがない。サンダルを鞄に押し詰めると、さあ、もう準備万端。めでたくも、我々の夢のエベレスト街道トレッキングの幕開けとなるのであった。








夢のエベレスト街道トレッキング(これまでの章)

プロローグ

カトマンズ編 出会い 

カトマンズ編 迷子

カトマンズ編 コペルニクス的転回




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