2023年11月27日月曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~出発編 ビスターレ、ビスターレ





エベレスト街道の出発点ルクラは、ネパール北東部のサガルマータ県にある小さな町で、走行距離がこの上なく短い滑走路が一つだけある空港を有していた。この「サガルマータ」という名称こそ、ネパール語で「エベレスト」を指すのであった。


天候さえ許すのであれば、カトマンズとルクラ間では毎日飛行機が運航しているが、カトマンズ空港は国内唯一の国際空港であり、キャパの問題からも、ハイシーズンの時にはカトマンズから車で4時間半程度のラメチャップまで行き、そこからルクラ行きの飛行機に乗ることになっていた。


一般的なスケジュールとして、午前中にルクラに入りトレッキングを開始するためにも、朝の便に乗る上で、ラメチャップに夜明けに到着するよう、カトマンズを深夜に出発する。


今回は母のペースでスケジュールを組もうと思っていたので、時間はたっぷりと取ってある。だから、旅行会社には夜中に出発して車で乗り込むなど強行なスケジュールはやめて、日中にラメチャップに入り、そこで一泊するように手配をお願いしていた。


そんな我々の意向が伝わったのだろうか。或いは天の采配か。今回の我々のトレッキングのガイドとして旅行会社が派遣してくれたガイドのRajさんは、ガイド歴20年以上のベテランで、非常に細やかな気配りができ、かつ的確な判断が出来る、快活で、陽気で、それでいて控えめなところもある、人間的魅力に富んだ人物だった。


今回の我々のトレッキングが、誰も怪我をすることもなく、ヘリコプターで病院に緊急搬入されることもなく、皆が大満足で、そして特に母が無事に行程を完了できたのも、Rajさんの存在なしでは語れまい。


それが彼の宗教観に根差すものなのか、或いは人間性からくるものなのか、とにかく彼は母を最初から「AMMAアマ」とネパール語で呼んで、敬ってくれた。車に乗り込む時も、アマに景観の良い、座席もゆったりとした助手席を先ずは勧めてくれた。


当たり前のことなのかもしれないが、食事の注文を聞く時も、先ずはアマから聞いてくれた。一日の行程が無事に終わった時にも、神のご加護のお陰と、何よりもアマのお陰です、と言っていた。わざとらしさは一切なく、本心から自然に出てくる言葉として、こちらも大いに頷いて母に感謝したものだった。


そんな彼の口癖が「ビスターレ、ビスターレ」であった。ネパール語は「ナマステ」しか知らなった我々にとって、「アマ」の次に耳にしたネパール語。意味は「急がずに、のんびりと、マイペースで」といったところだろうか。


予定では某所にお昼ぐらいに到着し、そこでランチだけれども、「ビスターレ、ビスターレ」、我々にはたっぷり時間がありますからね、というように使うのだった。登りが急で、休みがちになる時も、「ビスターレ、ビスターレ」、と一緒にのんびりと休憩を取りながら進んでくれた。


朝の出発も、8時には朝食を終えてリュックを背負って待ち合わせ場所に集合、と言っても、そこに「ビスターレ、ビスターレ」、焦る必要はありませんよ、と付け加える。


私のことは、すぐに「ディディ」と呼ぶようになり、すっかりと打ち解けてしまった。そもそもが、前日にカトマンズのダルバール広場で、警察に呼び止められて入場料として一人1000ルピーを払ったが、あれは旅行者のみが声を掛けられていたようだった、と話したことが発端だったかもしれない。


私のことをじっと見ると、「私と一緒だったら、きっと入場料を支払う必要はなかったと思いますよ。」と言うではないか。最初は何を言っているのか分からなかったが、彼と一緒だと、現地の人とみなされる、と言うことらしかった。


ほら、この肌の色、そばかす、表情、シェルパ族の特徴を備えていますよ。と続いたものだから、驚いてしまった。ならば、双子の相棒も同様ではあるまいか。それに対して、彼は、いや、彼女は違いますよ、ということだった。


私をからかっているのか。この際、本当のところは、どうでもよい。そんなことよりも、彼のこの発言は私の心を揺さぶるに、十分過ぎるものがあった。咄嗟に目の前の相手の性格を見抜いてしまう能力に長けているのではあるまいか。


相棒と二人、我々、いつだってそっくりさんとして扱われ、双子ちゃんと一括りにされてきた。それなのに、一発で私の個性と、相棒の個性とを見分けた、そのセンスの良さに、惚れ込まない方がおかしいだろう。


そして、「ディディ」と親しく呼びかけてくれ、母のことは「アマ」といって大切にし、相棒のことは、相棒が非常に大切に思って実施していることを尊重し、彼女の願いが叶うようにサポートしてくれるなど、心にくい気配り様だった。こうして、彼はすっかり我々のファミリーの一員となったのであった。


なお、この「ディディ」だが、私はてっきり「妹」のことだと思っていたのだが、ある時気になって持参していた「地球の歩き方」で調べると「年上の姉」のことだと判明し、ぎゃふんとしてしまった。とはいえ、ネパールには「ディディ・バイ」と言って、姉と弟に纏わる重要なお祭りがあるので、それはそれで良しとしようか。


出発編といっても、まだラメチャップ行きの車に乗っただけではないか、と思われている方々。ビスターレ、ビスターレ。これ、なかなか癖になってしまう、実は人生を送る上でも、奥の深い言葉だと思う。










夢のエベレスト街道トレッキング(これまでの章)

プロローグ

カトマンズ編 出会い 

カトマンズ編 迷子

カトマンズ編 コペルニクス的転回

カトマンズ編 政治談議



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