「ママ、ラグビーの授業で水晶失くしちゃった」
パリからの電車の中でSMSが届く。相手は長女バッタ。学校にいる彼女から連絡を貰うことは珍しい。水晶のブレスレットは台湾に住む彼女の叔母からのクリスマスプレゼント。でも、失くしたって、どういうことだろう。更衣室で着替えている時なのか、落としたのか。
「ラグビー場でなの。。。」
なんだ。じゃあ、探せばいいんだ。良かった。
その返事に、何か勘違いしたらしく、
「おおっ!ありがとう。学校の裏手にある、二つのサッカー場の隣にある広場で、水飲み場の近く。」
えっ。ママはパリだよ。
そうか。失くしたと分かっていても、他の授業があって、探しにも行けないのか。でも、子供の失くしものを親が探す絵図はいかにも滑稽で、到底受け入れられるものではない。が、物がものであった。台湾の妹が心を込めて、腕の周囲を計り、玉を特注していることを知っている。長女バッタの幸せを祈ってのものであった。
慌てて帰宅すると、夕闇が迫る前の時間帯にぎりぎり間に合う。
息子バッタに声を掛ける。案の定、「なんで僕がぁ?嫌だよ、ラグビー場なんて。ぐちょぐちょだよ。しかも、水晶が見つかるわけないじゃん」と言われてしまう。
まあ、仕方がない。取り敢えず、暗くなる前に場所だけでも正確に教えてもらわねば。そう思ってトレーナーに着替え、運動靴を急いで履いていると、「待ってよ。ママ、雨が降っているよ。」と慌てた様子で息子バッタがウインドブレーカーを手にし、運動靴に足を突っ込む。
車で行こうとの息子バッタの声を聞かずに、ずんずん歩いて行く。雨は小降り。以前、息子バッタが未だ小学生の頃に、彼の誕生日をした広場なのだろうと見当はついていた。我が家から近い筈の広場は、たどり着くと既に夕闇の中にある。ぼそぼそとついてくる息子バッタに、場所の確認をする。とにかく、真っ暗になる前に、大まかにでも広場を舐めつくしたかった。声を掛ける必要なく、悟ったのか、息子バッタが左の端から歩き始める。それなら、と右端から取り掛かる。
息子バッタが、ラグビー場なんかに行きたくないと言ったわけが、すぐに分かる。ここは只の雑草の広場。水捌けが悪く、ところどころに水たまりがあり、ねちょねちょしている。靴はすぐに水浸しとなり、靴下の中までぐっちょり感でいっぱいに。
小降りの雨は止んでいたが、草は十分に水気を含んでいる。すっかり暗くなったからと、携帯電話の電灯機能を付けると、辺り一面がきらきらと輝く。えっ、水晶。あちこちで草の葉にちりばめられた雨の滴が、電灯の光を受けて煌めいている。思わず立ちすくんでしまう。
小一時間も掛けて、それこそ、舐めるように雨に濡れそぼった草原を探すが、肝心の水晶は見つからなかった。ぐちょぐちょの靴を引き摺って、寒さに鼻を啜りながら、息子バッタが近づいてくる。
台湾の叔母からの贈り物だから、一緒に探してくれたのか。ママと一緒だから、探してくれたのか。長女バッタの大切なものだから、探してくれたのか。
そのすべてがあてはまるのだろうか。
銀河鉄道の夜空のように、たくさんの小さな水晶の玉がきらきら瞬く草原を後にする。
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