システィーナ礼拝堂にある、ミケランジェロによる『アダムの創造』を先ずは観たいという息子バッタのリクエストで、バチカン美術館を目指し、城壁に沿って圧倒される行列の後についていた。朝の9時。そもそも、ローマ行きの目的はバッタ達によるコンサート演奏参加。観光は二の次に考えていたため、空港で慌ててガイドブックを買い、にわか仕込みの知識に頼っていた。
いや、実は、出発間際まで大慌ての旅であった。前日になって末娘バッタのフランスの身分証明書が出てこず、ママに預けた、いや、貰っていない、の大騒動。日本のパスポートはバッタ3匹分、間違いなく棚のあるべき場所に収まっていたが、フランスに入国する際に必要となるフランスの身分証明書は2匹分しかない。フランスのパスポートは父親がパリで保管しているが、肝心の彼は仕事でリスボン。日本のパスポートで押し通すか、とも思うが、航空券はフランスのパスポートに記載されているパパの苗字を使って購入している。こういう時は、長女バッタにパパと電話で交渉させるに限る。どうやら、アパートの管理人に鍵を預けているらしく、その鍵を使ってアパートにパスポートを取りに入ることを許可してくれる。ただ厄介なことに、アパートの管理人は、最近新しい人になったらしく、バッタ達の顔を知らないし、バッタ達も彼らを知らない。ここは長女バッタの天使スマイルで信じてもらうしかあるまい。
朝一のバスに乗り我が家を出発し、RERとメトロを乗り継ぎ、未だ明けきれぬパリの通りに立つ。駅で空港行きのチケットを購入していたので、バッタ達に遅れてアパートの前にたどり着くと、末娘バッタが所在無げにバイオリンとスーツケースを持って待っている。どうやら、恐ろしいぐらいに問題なく長女バッタはパパのアパートの鍵を入手し、今、階段を駆け上がって部屋に入ったと報告がある。それはそれでめでたいことであるが、なんだか空恐ろしくもなる。最悪、リスボンの父親に電話連絡をし、本人確認をしないと鍵は手に入らないと思っていただけに、拍子抜け。人が良いのか、無防備なのか。パリという都会は、意外に隙だらけなのか。
夜中に、父親がSMSで、パスポートがちゃんと置いてあるか分からない。君が持っているのではないか、と伝えてきたから、本当のところ、かなり怯えていた。確信を持って、彼がパリで保管している筈だと思っていたが、その根底を覆されるようなことを言われると、やはり落ち着かない。祈るような思いで長女バッタが消えていったという階段を見つめる。
漸く、軽やかな足取りですまし顔の長女バッタが下りてくる。表情は読み取れない。声を掛けると、驚いたような顔をして、にっこりと微笑む。もう!最初から、大声で「あったよぉ!」と言ってくれれば良いのに、と恨めしく思う。と、同時に、ここでは、彼女は彼女なりに虚勢を張っているのかな、と思ってしまう。
そうして、寄り道しつつも、バイオリンを背負ったバッタ一行、漸く落ち着いてローマ行きの便に乗り込むべく、空港を目指し電車に乗る。旅にハプニングはつきもの、とは言うが、今回はどうも準備がおざなりであったことが悉く露呈。ガイドブックを頼ってのローマの空港から市街に向かう電車も、えいやぁの感が鈍って、各駅停車の鈍行を選んでしまい、乗り換えも、一旦駅を出て、数百メートル程離れた別の駅まで歩かねばならなかった。バイオリンに楽譜立て、演奏用の靴、ラップトップ、外套、などがそれぞれの肩に食い込み始め、重さを増し始めたころ、漸くB&Bがある通りに辿り着くと、今度は同じ経営者ながら、別の通りにあるB&Bこそが我々の宿泊先であることが発覚。これには、流石に呆然としてしまう。逆の立場であったら、どれ程相手をなじったであろうか、と思うにつけ、バッタ達のささやかな文句の声が健気に思われる。さすがに、今来た道を戻って電車に乗り、次の駅で、更に歩く、といった提案は即座に却下され、たまたま横に停まっていたタクシーにぞろぞろと乗り込んでしまう。まあ、いいか。
思うに、親としての責任感が薄れてきたのだろう。見事にバッタ達は成長しており、彼らは十分一人で、どこに行っても困らないだけの判断力と知識、そして度胸を身につけている。逆に言えば、如何にこちらがずぼらになったか。
10月の終わりにしては、眩しい日差しを浴びながら、ガイドブックを片手に、これから我々を待ち受けている文化遺産についての薀蓄を語り聞かせる長女バッタの声が頼もしい。
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