送られてきたメールのタイトルを斜め読みして、ゴミ箱に入れる瞬間、手が止まる。
ぎょっとして、ゆっくりとタイトルをクリックすると、本文が画面いっぱいに浮かび上がる。
頭のどこかでサイレンが鳴っている。
メール送信者の女性も、コピーが入っている女性の名前も知らない。アシスタントか、イベント下請け企業なのだろうか。
メッセージは極簡単な一行。
『12月5日までに参加の有無をご連絡ください。』
ボルドーカラーを基調としたフライヤー。
二人の招待者の名前が並んでいるが、共にご縁はない。産業界および学会のトップ。
堅強、制御、システムモデルリング、、、いかつい言葉が続く。
航空宇宙分野における堅強さ、制御、システムモデリング、といったところか。
仏企業がフランスの優秀な頭脳に投資をする産学連携講座の落成式。今回、資金を提供する某仏大企業のイノベーション部門の代表と、頭脳を提供する仏学界の、今回の講座を取り纏める代表者からスピーチが予定されている。
そうか。彼の晴れ舞台。いわば、就任式なのか。
招待を受けたことへの驚きと嬉しさで気持ちが高揚するが、一体、パーティーなのか、真面目な学界の研究発表の場なのか、どれぐらいの規模のものなのかとの疑問と不安が一遍に押し寄せてくる。
日時を確認したところで、愕然とする。そんな馬鹿な。もう二か月前から頼まれ、準備をしている勉強会の日と同じではないか。
申し訳ないが、招待は断るしかあるまい。おそらく、企業の規模や学界の水準を考えても、大規模なパーティーとなるに違いない。一方、勉強会の方はこじんまりとしており、とにかくも、手伝いとはいえ、幹事のような役割を担っている。しかし、なんと天は厳しいことをなさる。
本人からはこのことに関して特に何の連絡もなく、別件で出会った時に、招待を受けて喜んでいること、しかし、別の用事があって、参加はできそうにないことを伝える。
一瞬、間が空く。
「好きにするといいよ。」
「好きにするといいよ。」
冗談っぽく、しかし、はっきりと目を見つめられて告げられる。
いや、だから。本当は行きたいのだけれど、その日、たまたま、夕方に勉強会を予定していて、、、と必死に伝えるが、
「いいんだ、いいんだ。そう、好きにするといいよ。」
と言われてしまう。きっと、逆の立場だったら、同じような反応を示したろうな、と思う。
こればっかりは、仕方がない。
しかし、同じ日に何もバッティングしなくても良いのに。
それが数日前。
先程、先日と同じように、知らない女性の送信者から催促メールが届いてしまう。
彼は忙しくて、いちいち知り合いの出欠など、届け出ていないのであろう。いや、それより、やはりイベント下請け企業なのだろうか。かなりプロフェッショナル。アシスタントであれば、イベント慣れしていると言えよう。
こうなっては、丁重に断りのメールを書くしかあるまい。
日本語に決まり文句があるように、フランス語にも紋切り型の表現があり、オリジナルな文章などにしてしまったら、却って変で、評価は下がるもの。果たして、調べ出した幾つかの例文を照らし合わせても、似たり寄ったりで、ほぼ同一。それを眺めつつ、さて、いざメールを書こうとした時点で、躊躇してしまう。
彼の晴れ舞台。
大袈裟な言い方をすれば、結婚式に招待されたようなものではあるまいか。
この産学提携講座を調べてみると、彼の代表としてのポストの求人情報にヒットする。職種、役割、報酬、条件、などが詳細に記載されている。いよいよ感慨深くなる。
彼がどんな思いで招待者リストに私の名前を入れてくれたのか。気まぐれかもしれないが、こんな晴れがましい席に招待されたのだから、万障繰り合わせて馳せ参じるのが、当然ではあるまいか、と思えてきてしまう。
それよりも、何よりも、その場に駆けつけ、お祝いの言葉を掛けてあげたい。
気持ちはすっかり、大統領の就任式に招待されたかのように舞い上がってしまう。
就任式は17時半から。勉強会は19時から。受付の仕事は頭を下げて別の方にお願いをして、18時半に会場を出れば、勉強会にはぎりぎり間に合おうか。
イベントの掛け持ちなんて、言語道断、などと言ったことが何度もあったが、なんと、今はどうにかしてどちらにも出たいと思ってしまっている。
いや、本当は、勉強会を頭を下げて謝って、就任式に出たいと思い始めてしまっている。
さあ、どうしたものか。
見上げても、薄グレーの折り紙のような空は、時が止まってしまったかのようで、何も告げてはくれない。
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皆さんからのコメント楽しみにしています
深海魚のあかうなです。それはもう、くっかばらさん自身がお答えになっていらっしゃるではありませんか。ぜひ、就任式にご出席ください。勉強会はまた次がありますが、就任式は一度きりです。
返信削除あかうなさん。
返信削除こんにちは。コメントありがとうございます。
そうねぇ。そうですよね。
でもねぇ。
あんまりに、無責任かな、と思う自分もいたりするわけなんです。まったく、優柔不断ですよね。
こういう時は、その人にアドバイスするつもりになってごらん、と高校時代に母に言われたことを思い出しました。ちょっと、静かに、そう、あかうなさんの問題と仮定し、考えてみますね。
いつも、的確なコメントありがとうございます。
またどうぞ宜しくお願いします。くっかくっかくっか。