2018年9月25日火曜日

暮れなずむマッターホルン






祈るような思いだった。ルツェルンで土砂降りに遭って、傘を買った途端に雨が上がり、晴れたとは言え、各地の天気予報を見ると、いつも雨だった。ツェルマットにいる間中、雨模様。どうにか晴れて欲しい。

マッターホルンを部屋の窓からのんびりと眺める。そんな贅沢を母に味わって欲しかった。ツェルマットのホテルも、景観の良さを最重要項目とし、厳選していた。気が付いたら、ツェルマットの村ではなく、そこから登山鉄道で数駅いったリゾートを予約していた。

日本から母がマッターホルンをとても楽しみにして来ます。素晴らしい景観とバスタブのある部屋をお願いします。

ホテルにメッセージを送ると、「この度はご予約を承り誠にありがとうございます。喜んでお客様のご要望にお応えしたいのですが、お客様がお選びになったお部屋は景観が山に面しておりません。また、バスタブもついていません。景観を楽しみ、かつバスタブ付きのバスルームをご希望でしたら、ご用意できますお部屋タイプが3つございます。」とすぐに返事が来る。

思い切って予約した値段だっただけに、この内容には驚いてしまった。1ランク引き上げるだけで一泊100€以上料金が高くなってしまう。しかし、せっかく高いお金を出してマッターホルンの近くのホテルに行くのに、山が見えない部屋では流石に惨めであろうし、バスタブへの母の思いを知っているだけに、ここは思い切ることにした。清水の舞台から飛び降りることに。

しかし、お天気だけは、お金を出しても準備できなかった。晴れて欲しい。マッターホルンよ。その雄姿を見せておくれ。






ゴルナグラート登山鉄道はゆっくりとツェルマットの村を登り始める。と、進行方向右側に、煙を吹いているような山が見えてきた。おおっ!あれが夢に見たマッターホルンではないか!母と二人、食い入るように見つめてしまう。開け放たれた縦長の窓に、正にかぶりつき。

二つ目の停車駅で、自転車の男性が降りる時に、母の肩を軽く叩き、左側を示した。右側ばかり見ていた我々は、一瞬にして左側を見ると、なんとそこには滝が勢いよく流れていた。これには予想だにしていなかっただけに、驚いた。興奮は高まるばかり。

Riffelalpという駅で降り、迎えに来てくれていたトロッコ列車に乗り込む。18世紀に避暑地として建てられたというホテルが見えてくると、マッターホルンもその雄姿をすっきりと見せてくれた。

レセプションの応対もすこぶる気持ちよく、優雅なリゾートホテルとしての落ち着きが温かく迎えてくれた。チューリッヒ駅から送っていた荷物もちゃんと部屋に届いている様だった。案内された部屋は広く、ツインのベッドは大きく心地よさそうで、申し分なかった。大きな窓にはカーテンがかかっていたので、ここからマッターホルンが見えるのでしょうか、と案内の女性に聞いてみると、にっこりと微笑み、「さあ、ご覧になってください」と促す。どきどきしながら、そっと開けてみると、嗚呼!そこには雄姿を余すところなく見せているマッターホルンが認められた。思わず、母に抱きついてしまう。案内の女性も嬉しそう。

暮れなずむ中、部屋のテラスに出て、ソファーに身体を沈めながら母と無言でその雄姿を飽くることなく食い入るように眺めていた。














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