2022年11月13日日曜日

判断ミス

 






霧深い朝、トンカのピンと元気に立っている尻尾に神経を集中させて歩道を歩き、野原の手前で養蜂家のおじさんとボーダーコリーのマロに会う。早速トンカとマロは鼻をくっつけて挨拶をし、仲睦まじく尻尾を振り合った。


最近、生意気盛りのトンカに手を焼いていたので、ゴミが落ちてそうな体育館の入り口やゴミ箱付近ではリードを外さないことにしていたが、マロと一緒なら大丈夫だろう、そう判断し、リードを外す。


と、トンカはぱっと身を翻し、逆方向に走り去ってしまった。


トンカぁ!


霧の中に私の声だけが吸い込まれ、消えていった。


驚いた様子の養蜂家のおじさんとマロに挨拶さえもせず、トンカの後を追いかける。怒りで胸がいっぱいになると同時に、どこかに行ってしまったのだろうか、ちゃんと見つけられるだろうかと、心配で心が震える。


子供達の水飲み場の脇を走り、奥まった建物の陰に足を向ける。以前、夕方の暗闇の中、そこでひっそりと息をひそめて立ち尽くしていたトンカを見つけたことがあった。霧が晴れ上がってきたのか、その建物の容貌が浮かび上がって来た。


扉が取り外されていて、その奥に剥き出しになったトルコ式トイレが隠れ見え、そこにトンカが立ち尽くしていた。水飲み場と思っていたそれは手洗い場で、建物自体は公衆便所であることが漸く分かってきた。


ああ、とんちゃん。


罪のない真ん丸の瞳を大きくさせ、じっとこちらを見つめているトンカ。トンカには、どこかに逃げようとか、隠れてしまおうとか、そんな感情が一切ないことが瞬時に分かり、大いに安堵した。それでも怒りは収まらない。


リードをつけ、有無を言わせず家に帰る。脱力感に襲われ、しばらくはベッドの上に身を投げ出し、呆然としていた。


時間がたち、冷静さを取り戻してくると、明らかに私の判断ミスであったことが思われた。


とにかく好奇心旺盛で、何かを疑うことを知らないので、気になるものは全て口にする。鼻が利き、遠くの匂いであっても敏感に察知し、確認したがる。私のそばを離れても、また戻ってくる自信があるので、平気で遠くに行ってしまう。そして、私がいつも待っていてくれると勝手に信じている。


それがトンカなのである。


理性的に行動せよ、など思うこと自体が間違っていて、そのように行動させ、成功体験を重ねさせることが重要であり、そうさせることが私の務めではないか。


とんちゃん、ごめんね。よっしゃ、相棒よ。霧もすっかり晴れ上がって来たよ。森に遊びに行こうじゃないか。さあ、いざ行かん。



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2022年11月10日木曜日

名残り

 






今年最後の蕾かな、そう思いながらいまだに庭で咲き誇る薔薇たち。例年になく穏やかな日が続くことが大いに影響しているのだろう。それでも朝の7時になっても東の空は暗闇に包まれていて、夕方の5時になろうものなら、空に星が瞬き始める。


人間とはかくも愚かなものかな。わずらわしいと思っていたものがなくなると、それを懐かしむ、いや、かえって欲する気持ちが湧いてしまうことがある。


所詮気持ちなど山の天気のように目まぐるしく変わるもの。


こんな時は、芳しい薔薇の香りをせめて楽しもうではないか。この香りこそは確かなものなのだから。


いや、待て。香りを楽しむとすることこそ、主観的なことこの上ない。


笑止。誰がこの高貴な甘やかな香りに惹かれないものがいようか。


秋の名残りを楽しもうではないか。



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2022年11月9日水曜日

飛翔のとき

 




3匹のバッタ達、三人三様で驚くほどにそれぞれに性格が違う。ママは3人を深く愛しているが、彼らへの愛情は同じようで同じではない。親への愛と、子への愛の種類が違うように、子への愛も、子供一人一人違っていることは、極自然なことではないかと思う。愛とは対象が増える度に増え続けるものなのだから。


そして恐らくバッタ達は、皆それぞれ、ママからの愛情が自分の方がちょこっとだけ多いと感じ、他のきょうだいに対して申し訳ないなと思っているのではないか。いや、そうであって欲しいと願っている。


末娘バッタへの母親としての思いは、長女バッタ、息子バッタのそれに対して、かなり異なるものである。それは彼女の性格に起因しているし、その性格というものも、我が家の末っ子というポジションから大いに影響を受けていることも否めまい。


中学3年ぐらいまでは、顔一つママよりも背が高くなっていながらも、ママとずっと一緒に住むと言い張っていたのが、高校3年になった頃には、私は一人でやっていくから、ママはママの好きなことをして自分の人生を楽しんでね、などと大人びたことを言ったものだった。


彼女の高校卒業を機に、子供達はしっかりと自立し、親がいなくても十分に我が道を切り拓いていける力を有していると判断し、これからは日本の実家の力になれるものならなろうと、日本に戻り、人生の新たな展開を試みた。


しかし、フランスにいる子供達こそが自分にとっての大切な家族ではないか、と目を覚ますに至り、今がある。そのきっかけを作ったのは、末娘バッタだった。その割には、週末やバカンス中でも、あまり家には帰ってこない。帰ってきても、すぐに友達と会う約束をとりつけ、家を空けることが多いのも、彼女ならではのこと。


しかし、それこそが彼女らしいではあるまいか。若さならではの根拠なき自信に満ち溢れ、常に仲間から必要とされ、仲間を必要とし、明るく、ほがらかで、好奇心に満ち溢れ、向学心に燃えている。そんな彼女の笑顔を、しっかりと支え、見守り続け、いつでも必要な時に帰ってこれる場所であることが、親の務めであろう。


21歳のお誕生日おめでとう。

さあ、どんどんと力強く思う存分羽ばたいていってね。ママはいつだって応援している。


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2022年11月8日火曜日

生意気盛り

 






近所の犬仲間のグループのアカウントに、迷子の犬として画像メッセージが送られてきた。それを見て、心臓が止まる程驚いてしまった。トンカではないか。送信者の飼い犬と思われる犬と鼻を突き合わせているが、毛並み、毛の色、細身な体躯、正にトンカ。まさか、勝手口のドアがちゃんと閉まっていなかったのだろうか。


最近、トンカは生意気になってきていて、呼んでもちっとも応えずに、むしろ遠くに勝手に行ってしまうことが度々あった。ピザの食べ残しやバゲットの切れ端など、転がっていたらひっかかってしまい、何とか引き離しても、遠くに行った際にリードを外すと、一目散にその場に戻ってしまう。たとえ、それが直線コースでなく、歩道とは言え、道路を通るとしても、である。


その日の朝も、勝手に自分で散歩コースを決めて、サッカー場の入り口が開いていたことを良いことに、さっさとサッカー場に入ってしまっていた。朝といえど、未だ暗闇が支配している時間帯で、トンカが一体どこにいるのか分からない。これまでは口笛を吹けば、慌てて走ってくるのだが、どんなに口笛を吹いても、「トンカ!こい!」と呼び掛けても、気配すらしない。


漸く入り口に戻って来たかと思うと、飛び跳ねるように入り口をすり抜け、またどこかに駆けだしてしまった。それでも、恐らく逃げるように走る先はゴミ箱の近くだろうと予想をつけ、足音忍ばせ、暗闇をこちらも忍者のように走る。


案の定大きなゴミ箱のあたりをうろうろとしていて、蛇口が並んでいる水飲み場に転がりこんだところを押さえつけ、お縄頂戴となった。


そんなことがあったので、一匹でうろついている犬の写真をみて、トンカだと真っ青になってしまったのである。よく見ると首輪をしていて、それも丁度トンカの首輪に似ているではないか。ん?首輪?まてよ。トンカは外で散歩をする以外は首輪はしていない。トンカではないのか。


慌ててバッタ達に画像をシェアしていたが、すぐに長女バッタから、トンカに似ているが耳の形が違うのではとメッセージがあった。首輪の話をすると、トンカではないとなる。それでも心配なら、お向かいのマダムに見に行ってもらってはどうか、と言うので、そんなことをしたら、マダムは心配するし、大ごとになりそうだから、と提案を退け、冷静になって画像をもう一度見て、トンカでないことを確認する。


他の犬仲間から、トンカではなく、農業学校のスタッフが放し飼いをしているアイスに違いないとのメッセージも入って来て、ようやく安堵するに至ったが、本当に度肝を抜かれてしまった。


トンカよ。生意気盛りなことは分かるけど、呼び掛けたら返事をするか、ちゃんと戻ってきなさいよね。


トンカとの人生の珍道中は続く。


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2022年11月4日金曜日

雑草の魂を秘めて

 




第一子ということで親が特に手塩に掛けて育て、幼稚園、小学校、中学校、高校とあらゆる節目で親子ともども大騒ぎし、誕生会から始まり、お泊り会、お友達とのプチ旅行、そして、フェット、ガラと続いて行く社交イベントの度に、親も一緒にどきまぎしてプレゼントを用意したり、洋服を新調したり、ハイヒールを購入したりする。


つい親が先回りをして色々と準備をしてしまうので、どちらかと言えばのほほんとした気性になりがちで、おおらかでのんびり屋さん。


それが正しく第一子の運命ではなかろうか。しかし、それこそ運命とは分からぬもので、色々なところで落とし穴や地雷が潜んでいて、波乱万丈となるのが常。長女バッタに至っては、そうなのだろうなとつくづく思ってしまう。


何不自由なく育ち、お嬢さん街道まっしぐらであった筈なのに、小学生の低学年にして親が離婚し二つ下の弟と四つ下の妹を連れて、隔週の週末にはパパの家庭にボストンバックを抱えて行くことになるのだから。嫌がろうと、ママと一緒に残っていたいと主張しようと、問答無用で連れ出される。二ヶ月ごとの学校のバカンスも然り。期間の半分はパパのところ。


気が付いたら、10歳下の弟も加わり、4人きょうだいのしんがりを務めることになっていた、といったところだろう。ヌヌ(ベビーシッター)の時代を経て、朝起きて学校に行くまで、そして、学校から帰って来てママが夜帰ってくるまで、自分だって幼いのに、幼い弟と妹を上手に御し、家の鍵を預かっていたのだから、大したものである。


従い、中学生になり、背も大きくなり、体力だって勝るであろう息子バッタに恐れられる存在になったのも、むべなるかな。ムードメーカー、影の番長、そんな存在にのし上がっていった。


彼女が企画するイベントは数知れず、上手に仲間を引き連れてしまう。今年に入ってからは、研究室の仲間たちとイタリアでの学会に乗り込んだり、南仏で勉強会合宿をしたかと思えば、ヴァンセンヌの森でのハーフマラソンに皆で参加したり、モンマルトルの丘を走りぬくイベントに参加したりしている。


ばらばらの地で生活している4人のきょうだい達に声を掛けて、週に一回のきょうだいコールを実施しているのも、彼女ならではのもの。ひとえにパパの努力の賜物と、ここは素直に脱帽するところだが、異母きょうだい達はいたって仲が良く、純粋に「きょうだい」という絆で結ばれていて、結束力は抜群である。それを上手に支えているのが、しんがりの長女バッタ、といったことろか。


博士課程の二年目で、今年は経済を専攻する大学一年生に数学を教えているというから驚いてしまう。長女バッタが数学を大学生に!彼女の中学時代の数学の教師が知ったら、あまりに驚いて椅子から転がってしまうのではあるまいか。


そんな彼女の25回目の誕生日。

誕生日おめでとう。明るく、ほがらかで、雑草の魂を秘めながら、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!

これからも堂々と我が道を突き進め!その道に幸多からんことを!



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2022年11月3日木曜日

輝かしい未来

 





トンカとちょっと長めの朝の散歩を終え、ソファーに転がって柔らかな秋の陽射しをのんびりと楽しんでいると、「息子バッタ君、今、見ています」とのメッセージが届く。送り主は、トンカを心から愛してくれる大切な友人の一人だった。


息子バッタは大学のキャンパスの近くで、友人達5人と共同生活をしているので、彼がいつ何をしているのか、これまで以上に全く把握できていない。テニスを始めると言っていたので、テニスの試合があったのだろうか。或いは、サッカーの試合、それともマラソン大会だろうか。


すぐに思い浮かぶのは、どれもスポーツのイベントだった。しかし、どれも当たらなかった。


「進路フォーラムです。息子と一緒に見ています。」と、友人は教えてくれた。


えええ?全然聞いていない。友人の息子君はバッタ達が通った学校の、高校2年生。そうか、進路フォーラムの時期なのね。それにしても、息子バッタが進路フォーラムにスピーカーとして登壇するなんて!その事実に先ず驚いてしまった。


人前でバイオリンを弾きたくないとコンサートへの出場を嫌がり、口頭試問は苦手で、近所で知っている人に会っても、ろくに挨拶もしなかった、そんな彼が、母校の進路フォーラムに卒業生として参加している。


その後本人に連絡をしてみると、体調が悪くて準備もあまり出来ず、発表の時はひどく咳込むこともあり、大したプレゼンにならずに申し訳なく思っていたのに、保護者会からお礼にと商品券が送られてきて、ちょっと戸惑っているとのこと。


時間の許す限り卒業生が母校のイベントに無償で貢献することは当然のことで、現役諸君にとって役に立つのであれば喜んで馳せ参じる、という彼の姿勢を目の当たりにし、心震えてしまった。


数日後、フォーラム担当の方が偶々以前からの知り合いであったことから、当日の動画のリンクが送られてきた。確かに咳込むところがあったが、理数系プレパに進学を考えている生徒達に向けて、真摯なアドバイスがなされていて、とても分かりやすくまとめられていた。プレパがいかに楽しかったか、の箇所には笑ってしまったが、コンクールがいかに苦しく、何千人もの学生の問題を解く音、紙をめくる音にすっかり飲まれてしまったことを、これも正直に話していて、心打たれた。


昨年、末娘バッタの進学で本人以上に本当に何が一番彼女にとって良い道なのだろうかと思い悩んでいた時、息子バッタが、悩み続けること、それが人生ではないか、と言ったことを思い出した。


それでも、選んで前に進んでいく、その繰り返し、それが人生だよね。ママだって、フランスに来なかったら、あの仕事をしていたら、あの時こうしていたら、って悩むことがあるでしょう。それが普通なんだよ。僕も、あの時もう一年プレパをしていたらと思う時があるよ。


その時初めて息子バッタの口から彼の進学について後悔らしき言葉を聞いたが、その言葉は既に苦悩から脱し、達観している者が発する響きとなっていて、目を見張ってしまったことを覚えている。


困難を乗り越え、辛い経験を我が身の血と肉とし、逞しくなってくれている。辛い時期を乗り越えたからこそ見えるものもあり、感じることができるものもある。そして何より、どれだけ彼の言葉で私自身が救われたか!悩むことが当たり前、そうだよね。それでいいんだよね、と。


今日は、そんな彼の23歳の誕生日。おめでとう。君の輝かしい未来に幸多からんことを!



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2022年11月2日水曜日

逃したセップは大きいの巻

 






冬時間になって、日暮れの時間も随分と早まっているが、気温だけは異様に暖かく、なんだかちぐはぐな日々が続いている。それでも、青空に輝く太陽の下での森の散策は最高に爽やか。いつもより遠くまで足を延ばしてみようか、そんな気にさせてくれる。


かさかさかさ、と枯れ葉が敷き詰められた絨毯を歩く音が耳に心地よく、野ばらの真っ赤な実がちょっとした装飾になっていて心を和ませる。枯れ葉の厚い絨毯に埋もれている、イガからすっかり飛び出した栗を上手に見つけ出して、こりこりとトンカが食べる音もいたってのどか。


かなりの急勾配の坂を嬉しそうに駆け抜けるトンカの後姿に、笑みがもれる。壊れかけた煉瓦の塀の上を歩く様子は、もしかしたら猫のDNAも持ち合わせているのではないかと思わせる程。


と、丁度目をやった先にぷっくらとしたこげ茶色の傘のきのこがこちらに笑顔を向けている。ま、まさか。天下のセップ様では?いや、さすがに、まさかであろう。写真だけ撮って、その場を離れる。息子バッタがフラットシェアリングをしている仲間の一人がキノコ採りの名人で、彼らが住んでいる近くの森で20個以上のセップを採取し、皆で美味しく食べたという話をしていたことを思い出した。


その日は3時間以上のウォーキングとなり、山歩きの靴を新調したばかりだったからか、足が珍しく火照ってしまっていた。この時期にぐっしょりと汗ばむことは悪くはないが、風邪を引きかねない。急いで着替えて、ソファーに落ち着くと、息子バッタに早速キノコの写真を送る。


と、珍しいことに息子バッタからすぐにメッセージではなく、電話が入る。なんだか興奮している様子で、何事かとよく聞いてみると、セップを見つけたことを喜んでくれているのだった。


「え?本当にこれがセップなの?ママ、写真だけ撮って、キノコは採ってこなかったのよ。」


驚いたのは息子バッタの方だった。先日、息子バッタが久しぶりに家に帰った時に、一緒に森を散策し、セップの見分け方を教えてもらっていたのだが、まさか本当に、あんな大きなセップが見つかるとは露も思わず、そのままにしてしまっていた。


「明日、同じところに行かないとね。」


そう言われたが、さあどうどうしよう。なんだか、最初に見たキノコ(セップ?!)の大きさが、一回りも二回りも大きく思えてきてしまう。豊かな秋の香りがぷんぷんと漂ってくる。炒めた時のとろりとした食感までもが生々しく迫ってくる。


逃した魚は大きい、もとい、逃したセップは大きい。


トン、どうする?明日も森の奥まで、ちょいと行ってみる?相棒からは、すやすやとした安らかな寝息しか聞こえてこない。秋は日に日に益々深まる。



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