2021年12月4日土曜日

我が家のもみの木

 





今年のサパンはどうしようか。


環境問題に敏感なバッタ達は、昨年は長女バッタの発案で植木鉢に入った小さなもみの木を購入し、時期が来たら土に植えるスタイルを選んでいた。ところが、水をやり過ぎて根っこを腐らせることを心配してか、暖房の効いた家の中での空気の乾燥を嫌ってか、もみの木はすっかり枯れてしまい、根っこは未だ生きているとの長女バッタの強い信念により、植え替えはしたものの、庭の片隅で本当に小さく干からびてしまっていた。


人口のもみの木はどうか、との意見も出た。どうも埃っぽいイメージとこじんまりと整頓された人口の美を想像するが、どうなのだろう。本気で環境を思えば、スイスの山奥に自分だけのもみの木を指定し、そこにカメラを設置し、サロンの壁にでも映写するサービスなんて悪くないのではないか。


一方、香りは本物には敵わないし、ノエルなんて一年に一度しかない。ささやかな贅沢をしてもいいではないか。本物の良さを味わわずに、本物を見る目は養えない。フェイクばかりに埋もれた生活は人生そのものがフェイクになりかねない。


日頃は過激なコメントをする末娘バッタも、もみの木の香りの良さへの思い入れを語ってくれた。


取り敢えずは、今年のもみの木たちにご挨拶をし、それから大きさ、種類を決めてもいいかもしれない、となり、長女バッタと二人でもみの木のマルシェに出掛ける。


12月入っての最初の土曜日からだろうか。すごい人だかりで、大きなもみの木を車の屋根に括りつけている人々でにぎわっていた。白のスプレーだけのシンプルながら、シックで落ち着いた品の良いサパンが目につく。長女バッタに言われなければ、本物と思っていたので驚いてしまう。精巧な作りで、画一的ではなく、とても見事なサパン。値札を見れば、これも見事なお値段。それはそうか。しかし、これまでの人口サパンに対する考えを改めなければなるまい。考えてみれば、造花にしろ最近のものは素晴らしく精巧な作りになっていて、嫌味がない。それには、それなりの美がある。


考えながら足を進めて行くと、もみの木独特の香りが急に鼻をかすめる。そう、やっぱりこの爽やかな森の奥深い香り。以前なら、マルシェの中でも一番大きなもみの木を手に入れたいと思ったものだった。バッタ達の喜ぶ顔はもちろん、こんな大きなもみの木を我が家に抱えて持って帰ることの喜びに胸が躍った。


末娘バッタが生まれた時のパリのアパートは、天井が高くて、大きなもみの木を入れても、まだ十分な余裕があった。今の家では、天井にぶつかりそうになってしまう。それでも、頑張って運び込んで、飾ったものだった。変なところで頑張ったものだな、としみじみ思うが、馬鹿な意固地さが、あの頃は生きていく上でのエネルギーだった。


今回は無理せず、車にもちゃんと載せられる大きさの、それでもついつい太目のしっかりとしたもみの木を選んだ。長女バッタとも、そうあれこれ悩まずに、すっとこれにしようと選ぶことが出来、心満ち足りた買い物となった。


車の後部座席を倒して場所を作り、そこにもみの木を載せ、ゆっくりと家に帰る。車の中は深い森の香りに満ちている。早く家に帰って飾りつけをしたいと大喜びの長女バッタ。サロンの入り口に飾るアイディアはどうかしらと嬉しそうに語っている。ふと助手席の彼女を見ると、なんと両足をぽんぽんと動かしてリズムを取っている。幼い頃、嬉しい時にした仕草ではないか。ちっとも変っていないんだな、と思うとともに、ノエルは彼女にとって幼い頃の気持ちになれる魔法のイベントなのだなとも思う。


毎年複雑な気持ちになったノエルだが、こうして心穏やかに過ごせそうな年も初めてかもしれない。深い森の爽やかな香りを胸いっぱいに吸い込む。



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