息子バッタが高校時代の友人から家族の感謝祭の饗宴に招待されたと言う。父親がアメリカ人で、彼自身もアメリカのパスポートを保有している。パリの国際学園都市ではアメリカ館で寮生活をしているので、日本館にいる息子バッタとは一緒に食堂に行ったり、図書館で勉強したり、テニスやサッカーをしたりと、何かと行動を共にすることが多いらしい。
高校時代の仲間とまた一緒に学生生活を過ごせることを大いに楽しんでいる息子バッタを見て、学園都市の寮に引っ越して良かったなとしみじみ思っていた。アメリカ館と日本館の違いを観察したり、寮に住む学生たちと交流するのも大いに刺激的であろう。
しかしアメリカ本場の感謝祭の食事とは如何なるものぞや。俄然興味が湧いてしまう。友人のパパが七面鳥をローストするらしいよ、と息子バッタも嬉しそう。友人情報だと、クリスマス以上にご馳走がたっぷりあって、とにかくお腹がはち切れそうになるらしい。彼のパパが全て手料理。すごいねえ。友人が何か手伝おうかと聞いたら、お前はパンでも切ってくれ、と言われたらしい。これは本格的。いいなあ。
そうか。彼の家は父親が料理をするんだ。感謝祭という大行事なので、そうなのかな、とも思うが、どうも父親の話しか出てこない。ひょっとしたら、離婚した家族だったかしら、と思い、ふと、お母さんはどこに住んでいるんだっけ?と息子バッタに話を振ってみた。
去年、亡くなったんだよ。
突然のことに呆然としてしまう。しばらく言葉が出ない。
ご病気だったの?
癌だったんだって。
急だったのかしら。どこが悪かったのかしらね。
知らないよ。癌で亡くなったって聞いて、何癌だったの、なんて聞けないよ。
息子バッタがぽつりと言う。それはその通り。そうなんだ。なんだか急に涙が出てしまいそうになる。彼の父親の気持ちが波のように押し寄せてくる。去年はきっと感謝祭どころじゃなかったんだろう。今年は、息子と二つ上の娘とで、家族でお祝いをすることにしたのだろう。子供達には、友達を招待しろよ、にぎやかに楽しくやろう、と声を掛けて。
息子バッタの友達の母親なら、私と似たような年齢か。これから、子供達が社会に大きく羽ばたくことを見ずに、去らねばならない辛さ。今度は母親の気持ちが波のように押し寄せてくる。
今年の彼らの感謝祭は、いつものものではない特別なもの。子供達は、きっと遠くで見守る母親に、元気にやっている姿を見せたいだろう。家族皆で楽しくやっているよ、とのメッセージを送りたいだろう。だからこそ、父親が頑張って全て手作りをするのか。合点がいく。大きな七面鳥。
御馳走がたくさんあるから何も持ってこなくていい、と友人は言ったらしいが、息子バッタはチョコレートを手土産にすると言って、自分で選んで買って持っていった。香ばしく焼き上がったローストした七面鳥に真っ赤なクランベリーソース、ぽってりとしたパンプキンパイ、甘みあるスイートポテトのマッシュ。ご馳走の前で皆が幸せそうに頬を染めている姿が目に浮かぶ。幸多からんことを。
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