2022年12月26日月曜日

森の中の音楽のシャレ―

 





バッタ達は、練習の開始時期こそ違うものの、皆それぞれ高校を卒業するまでバイオリンを弾いていた。彼らがそこまで続けられたのも、音楽の魅力はもちろんのこと、バイオリンの師の存在が大きかったことは言うまでもない。


我が家から車で30分程の森にある、赤ずきんちゃんのおばあちゃんの家のようなシャレーが教室だった。レッスンが終わって外に出たら雪がたっぷりこんと降っていて、車のタイヤが雪に埋まって動けなくなり、四苦八苦したこともある。夜道、あまりの大きな満月に車を停めて、バッタ達としばし眺めたこともある。


個人レッスンとグループレッスン、春は鮮やかな黄色い絨毯が延々と続く菜の花畑、夏はいつまでも暮れない青空、秋はたくさんのイガ栗、冬は雪景色、四季折々の景観を楽しみながら通ったものだった。


「今度の土曜日はノエルのコンサートに行ってくる。」


そう末娘バッタが言うと、長女バッタはもちろん、息子バッタでさえも、目を輝かせて行くと言う。今でもバイオリンの師から、教室のコンサートやバカンスの間の講習会など、イベントがあると案内がくるらしい。ノエルには皆でサンタの帽子を被って、マルシェでミニコンサートをしたものだった。ソロのコンサートとは違って、飛び入りでお姉ちゃんやお兄ちゃんが弾いても大歓迎の、アットホームさがある。


久しぶりに皆がそれぞれのバイオリンを出して、音出しをしようとしたところ、弓が痛んでしまっていて、至急交換する必要があることが判明した。皆それぞれ週日は学校や仕事があるし、家にはいないので、ついつい昔の様に皆の弓を携え、町中のアトリエを何年かぶりに訪れた。


バッタ達が毎日バイオリンを弾いていた時は、毎週とまではいかないが、月に何回かは弦を買いに、或いは教本を、時にはバイオリンのサイズの交換、新たにフルサイズを購入するために、扉をたたいたものだった。


ドイツ人のカタリナがすぐに「まあ、お久しぶりですね!お元気でしたか。」と嬉しそうに対応してくれた。


三日で三本の弓を張り替えてもらい、コンサートの時にはよく持って行って生徒達に人気だったバナナシフォンケーキを焼き、末娘バッタの運転で皆で出掛けて行った。「ママは行かないの?」と声を掛けられたが、バッタ達が弾くからどんなコンサートにも出掛けて行ったが、今更幼い子供たちのキラキラ星を聴くのもね、と遠慮し、トンカと留守番をすることにしていた。


その夜、バッタ達が嬉しそうにコンサートの様子を話していて、そのうちに昔の思い出話で盛り上がり、バイオリンの師の一番のお気に入りは昔も今も長女バッタだとか、やっぱり未だ3歳にもなっていない時から教えている末娘バッタだとか、なんだかんだ言っても息子バッタだとか、言い始めた。


バイオリンの師は、どの生徒とも特別な関係を持っていて、どの生徒にとっても特別な存在で、同時にどの生徒も師の特別な存在なのよね。


そう長女バッタが呟くと、それまで騒々しかったのが嘘のように静まり返り、皆それぞれの思いに浸り始めた。長女バッタよ、さすが良く分かっているじゃないか。そして、そんな関係を築けているバイオリンの師に、改めて感謝と尊敬の念を強く抱く。



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