2023年6月24日土曜日

仙人の落とし物




トンカと森の奥で散歩をしていた時、木の枝に鍵が引っかかっていることに気が付いた。見たところ家の鍵で、門扉用と思われるリモコンキーも付いていた。この辺はマウンテンバイクに乗ったサイクリストがいるので、彼らの一人が落としてしまったのだろうか。或いは、散歩やジョギングをしている時に誰かのポケットから落ちたのかもしれない。


近所の散歩仲間のグループで、時々「うっかりと鍵を失くしてしまったので、見つけた人は連絡を!」とか、「ハーネスを森に置いてきてしまったので、見た人は至急連絡されたし」とか、「リードを発見。広場のベンチの傍の木に掛けておいたので、心当たりのある方はピックアップしてね」といったメッセージが回覧されることがある。


我が家のバッタ達も、何度か鍵を失くしている。末娘バッタは高校最後の年に、最後の授業の日のお祭り騒ぎの時に、ちょっとリュックを校門の傍に置いておいた隙に、リュックごと何者かに盗まれてしまった。最初は仲間内のいたずら程度と思っていたらしいが、他にも同様に携帯やお財布を盗まれてしまった友達もいて、馬鹿なお祭り騒ぎをする高校生を狙った、ワルの仕業であるらしいことが分かった。


一緒にいた彼女の友達の場合は、アプリで位置情報を確認したところ、携帯が近くの郵便受けに入れられていたことが判明。カバンは、その近くのゴミ箱に捨てられていたらしい。


末娘バッタの場合は、リュックには家の鍵しか入れていなかったらしく、所有者を判別できる書類もなく、どこの家の鍵かも分からないのだから、利用価値無しと、せめて学校の近くにでも置き捨ててくれればありがたいと思ったものだが、それから数日、真っ青になって探す彼女からの朗報はなかった。それこそ、どこの家の鍵なのか分からないのだから、その鍵を使って侵入される可能性は皆無に等しかったので、仕方なしと諦めるしかなかった。


家の鍵を失くすこと程、困ることは無い。持ち主が家の前で立ち往生する姿が目に浮かび、心が痛んだ。なぜか、一人の若者がアパートの前で泣きそうになっているように思われてならなかった。せめて、独り住まいではなく、家族の誰かが家にいることを願わずにはいられなかった。


ひょっとしたら、散歩仲間の誰かかもしれない。そう思って、鍵の写真を撮り、忘れ物発見としてメッセージを送ってみた。


すると、仲間内の一人が「森の木々と語り合う仙人の落とし物に違いない」と書いてきた。


ふふふ。そうかもしれない。森は時に人を詩人にさせる。


さあ、トンカ、お待たせ。先に進もうか。仙人に出会えるかもしれないよ。



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