就寝前に夜の庭に出て一周することが日課となっている。夜桜を楽しむなんて余裕はなく、あの子がどこを歩いていて、何をちゃんとしたか確認することにあらゆる神経を集中している。
それでも、ほんのりと甘やかな香りに足を止める時がある。仰げば、さくらんぼの大木にぼんぼりのように花が見事に咲き誇っている。最近は甘い香りがぐっと強くなっている。ついこの間雪が降ったことなんて嘘のように気温が上昇しているので、リラの蕾が色付き始め、香りを放っている。
勝手口から出入りするようになってしまったので表玄関を使うことは稀だが、濃厚な甘い香りを放つヒアシンスなど、暗闇でも、その存在感に圧倒されてしまう。今はチューリップが色とりどりにかわいい丸い蕾を膨らませて、玄関に春を運んでいるが、香りの存在感はない。その代わり、強烈な色彩は夜でも大いに人目を引く。自然界は本当にうまくできているものだと感心してしまう。
一日中雨が降っていたことが嘘のように晴れて来た夕方、トンカが真っ黒の濡れた鼻を膝に押し付けてきた。そろそろ仕事を終えようよ、との合図。森に行ってみようか。
どうだろう。この5日のうちに、森は木々の新芽が芽吹き始めて、がらりと様子が変わっていた。トンカが本領を発揮する小径に入ってみると、一面紫色の絨毯。思わず足を止めてしまった。
はるか昔となってしまった留学時代を思い出す。キャンパスはパリの郊外にあったので、早朝授業に間に合うように、時には夕方の電車に間に合うようにと、キャンパスのある丘と村の駅までの間、森の中の近道を通ったものだった。あれは夕闇だったのか、或いは朝の靄の中だったのか。急な斜面が一面紫で覆われていて、その幻想的な様に言葉を失ってしまった。
今、その紫の絨毯が一面に目の前に広がっている。その神々しさに、動けなくなってしまった私のところに、早々とすっとんで遠くにいたトンカが弾丸のごとく戻ってきて、のんびりと土の香りを楽しみ始めた。
ゆっくりと歩みを前に進める。
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