2023年2月5日日曜日

ベトラーブ

 




マルシェで元気な野菜たちに挨拶をし、吟味し、籠に入れていた。いびつながらも瑞々しい蕪、見た目にも辛そうな細くてひねった黒大根、ふっくらとした傘の茶のシャンピニョン。きなり色のパースニップ、ごろごろとしたベトラーブことビートルート。


高校時代に一年留学したオーストラリアでの定番の夕食を思い出していた。噛み応えのあるウエルダンに焼かれたステーキと、人参やパースニップ、スクワッシュなどの茹で野菜のマッシュ。


パースニップやスクワッシュは、日本で見たことも食べたこともなかったので、この様な味で、この様に食するのかと思っていた。胡瓜にしても、オーストラリアのものは巨大で味は日本の胡瓜とは似て非なるものだったし、最初こそ新しいものが物珍しく、何でもありがたく頂いていたが、故郷の味が恋しくなかったかと言えば嘘だった。


ステイ先は田舎の小さな村だったが、ある時、車で小一時間程の大きな街に連れて行ってもらった。そこでアジア系の食品店に足を踏み入れた瞬間を、今でも昨日のことのように覚えている。シナモンや八角といった中華料理独特の香辛料が出迎えてくれて、眩暈がする程だった。こじんまりとした店舗で、狭い通路の両脇の棚に、色々な調味料の瓶、香辛料の袋、豆類、ナッツ類、粉類などが、ぎっしりと陳列されていた。そこは明らかに日本の空間ではなかったが、それでも強く郷愁の念にかられた。


ある時、ホストマザーと一緒にお店に行った時、トウモロコシが目に留まった。小躍りし、頬ずりせんばかりの私を見て、早速買い物かごに入れてくれて、その日の夕食に茹でてくれた。興奮しながら黄金の粒が並んだ一切れを口にし、泣きそうになってしまった。頭の中で描いていた、歯を当てると、ぷっつらとした粒が弾け、ほのかに甘く、瑞々しい汁で口がいっぱいになる、といったことはなく、べっちゃりとして、硬い粒の皮が歯にまとわりついたのである。


しっかりと焼いて歯応えのあるステーキに添えられている、茹で野菜のマッシュと共通するものを感じた。ブロッコリーもカリフラワーも、個性的な味のパースニップだけは別としても、人参やスクワッシュ同様、原形の判別つかなくなるぐらい茹でられ、潰されてしまうのだった。味は乏しく、塩をして辛うじて食べる、といったところか。


あんなに美味しいトウモロコシが、茹で野菜のマッシュと同じになってしまうなんて。日本は野菜を生で食する文化を持っていて、素材を活かした調理法をとるのだと、その後思うに至った。


調理法が異なるだけで、こんなに味が変わるものなのか。


そうだと分かっていても、今まで身体が拒否反応を起こしていた素材の一つに、ビートルートがある。これもオーストラリアで初めて出会った時には、その禍々しい程の赤色に怖気づいてしまった。缶詰だったのか、酢漬けしたもので、とにかく柔らかく、独特の甘酸っぱさがあった。


赤色が自然なものとは到底思えず、人口着色料を使ったものだと信じ込んでいた。その後、ホストマザーがスーパーで大きなバケツのようなもから取り出して買う様子を見て、やはり人工的な香りがぷんぷんとして好きになれなかった。好き嫌いが全くない私にとって、唯一の苦手な味だった。


随分たって、フランスのマルシェで蕪や人参と一緒に並んでいる、赤黒いごつごつの丸い球根がベトラーブ、つまりビートルートであることを知り、驚いたことがある。あの禍々しい赤が自然の色だったということに驚き、酢漬けではなく、生のビートルートを人参や蕪と同じように売っていることに驚いた。


それでも、ごつごつのベトラーブ、を買ってみる気にはならなかった。フランスでも、サラダに酢漬けのベトラーブが入っていることがあったが、出来るだけ避けてきた。


ところが、昨年のノエルのバザールで、友人がボルシチを買ってきてくれて、その味があまりに美味しかったことから、ボルシチのレシピを見たところ、重要な材料の一つがベトラーブであることを知り、驚いてしまった。


その後、マルシェでベトラーブを見る目が変わってしまった。ひょっとしたら、別の食べ方があるのではないか。禍々しい赤色が、なんだか身体に良い色に思えてきてしまった。怖いもの見たさ、というよりも、初めて出会ったかのような思いで、ごつごつのベトラーブを手にし、我が家の台所にお迎えした。それが、つい先日のこと。


恐る恐る包丁をあててみると、さっと赤い汁がほとばしった。薄切りにして、味わってみると、例の独特の甘みがあるが、いやらしくはない。良く考えてみれば、柘榴の赤も、ブラッドオレンジの赤も、ベトラーブの赤も似ているではないか。長いこと避けてきてしまったが、これからは我が家の食材として使って行こう。


ふと、小学生の頃学芸会で演じた「大きな蕪」を思い出した。あれは確か、ロシアの民話だったのではなかろうか。いつも大きな真っ白な蕪を想像してきたが、ひょっとしたら赤黒いベトラーブだったのではないか。そう思うと、大声を出して笑いそうになってしまった。早速、ロシア人の同僚に確かめねば。


外では鉛色の空に、春を待ちきれない鳥たちがにぎやかに鳴いている。


👇 拍手機能を加えました。出来ましたら、拍手やクリックで応援いただけますと、とても嬉しいです。コメントを残していただけますと、飛び上がって喜び、お返事いたします。





にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています

4 件のコメント:

  1.   こんにちは

    パプロフの犬ではないですが、私もボルシチ作ろうかなと思っていました。材料全て揃ってますよ(笑
    わからないですが、クッカバラさんの身体は血管をひろげようとしているかもしれません。

    クッカバラさん、私のコメントにはクッカバラさんがしたいときだけして下さいね。私はクッカバラさんの内容を読んでコメントすることで成り立っていることもあります。








    返信削除
  2. 匿名さん、こんにちは。

    日本は寒波が襲ったようですが、いかがお過ごしですか。ボルシチ、時期柄ぴったりだったのではないでしょうか。ちなみに、ロシア人の友人に大きな蕪の話をしたら、ベトラーブではなく、真っ白い蕪であることが判明。ちょっぴり残念でした。ふふふ。
    お元気で。

    返信削除
  3.  こんにちは

    小学生低学年の教科書に 大きなカブ がありました。真っ白な大きな大きなカブでしたよ。ロシアはおもしろいお話や歌や建築なども興味深いものがたくさんありますね。


    話は変わりまずが、お子さんたちの世代を含めて危険な昆虫食に手を出さないようにと思います。

    返信削除
  4. 匿名さん、

    こんにちは!
    「昆虫食」には参りましたね。

    実家は田舎なので、イナゴの甘露煮は普通に食べていましたし、祖父の出身が信州なので、蜂の子も特段驚くことなく、むしろ貴重な栄養食として知っていました。ただ、幼い頃に蜂の子を食べて、首の後ろに発疹が出来てしまい、栄養価が高過ぎるから子供には向かないと言われ、それ以来口にしていないです。

    そういった、風土にあった昔ながらの食については、それなりに受け入れることができますが、むやみやたらに「昆虫食」となると、背景にビジネスやら利権が見え隠れして、閉口してしまいます。おっしゃる通り、むやみやたらに手を出さない、これに尽きると思います。

    やれやれ、ですね。

    返信削除