フランスで初めて「ネック」と聞いて何のことか分からなかったが、やがてそれが「NEC」のことだと分かると、ずっこけてしまった。「バドワ」はビールの「バドワイザー」ではなく、炭酸水の「BADOIT」と知らずにの、同僚とのランチで赤っ恥をかいたこともある。
同様に、えっと驚いたのが「マクド」。学生時代に皆と「マクド」の話題になって、きょとんとしている私に、「マクド」も知らないのかと大騒ぎになり、それが「マクドナルド」の略だと知った時の驚きといったらなかった。日本では「マック」だと伝えると、皆げらげらと笑った。正に、所変われば品変わる、である。
一方で、マクドの魅力は世界共通のようで、フランスに来た頃にはアメリカ文化、特にジャンクフードなどフランスの風土には向かないとかいって強固な抵抗勢力が健在で、店舗一つなかったが、今ではどうだろう。哀しいかな、いつのまにかフランス全土はマクドナルドに席巻されてしまった。
森の中でトンカと夕方のいつもの散歩をしていた時、前方に幾つもの別れ道がある場所に差し掛かった。トンカは私の先を速足で行くのが習性で、この時も随分と前を歩いていた。勝手に道を選ばずに待っていてくれるようにと願いつつ、ちょっとした上り坂を歩いて出てみると、曲がり角のすぐの場所にうずくまっているトンカを発見した。
トンカの周りには茶色い紙袋が無造作に積まれている。トンカにより物色され、紙袋が破られ中身が散乱している一部から、それがマクドナルドのものであることが分かった。一体なんだって森の中に、マクドナルドで食事をした後の紙袋を捨てていくのだろう。ピクニックにマクドナルドを食べたのなら、食べ終わった紙袋も持って帰ればいいだけのことなのに。
森にはゴミ箱はない。なぜなら、ゴミを収集する人がいないからである。その辺に食べ残しや紙袋を破棄していく神経が分からない。ため息をつきながら、トンカがフライドポテトの袋に鼻を突っ込んでいる様子を見つめる。トンちゃん、拾い食いは止めようね。ああ、でも、トンカにマクドの魅力を拒否するだけの強い意思があるだろうか。それでも、ダメなものはダメ。
現行犯逮捕。トンカは意外にしおらしく、簡単にお縄頂戴となる。
そこからまっすぐに道は続いており、リードをつけながら、後ろ髪引かれる思いのトンカを半ば引きずるようにして歩いて行った。しばらくすると丁度良いことに、前方にトンカと仲良しの近所のポインターが散歩している姿が見えた。これでトンカもマクドのことは忘れて、ポインター君と一緒に走り出すに違いない。さすがに友達の前でリード付では格好が悪いだろう。さあ、トン、おゆき。
トンカは神妙に首をうなだれはしたものの、さっと身を翻すと瞬く間にマクドの残骸に向かって突進していったのだから、驚いてしまった。やられた!まっすぐな一直線とはいえ、既に500メートルは離れていただろうか。トンカの頭からはマクドの魅力が離れなかったのか。
参ったな、と思いながらも、トンカを怒れない自分がいた。あんなところに明らかに食べ残しの紙袋を捨てていく人間が情けなかった。彼らには、想像力というものがないのだろうか。森に置きっ放しにしたら、いつのまにか誰かが捨ててくれると思っているのだろうか。或いは、森がゴミ溜めと化しても平気なのだろうか。次の機会に、同じようにマクドの紙袋を持ってピクニックに来て、以前自分たちが置いて行った紙袋の残骸があったら、どう思うのだろうか。当然、雨風でべちゃべちゃになって、森の動物たちにあちこち食べられて、見るも無残な姿になっているだろう。まさか、自分たちが破棄した残骸とは思わずに、汚いと顔をしかめるのだろうか。
漸くトンカに近付くと、敵も分かっているのか、静かにお縄頂戴となった。悲しい気持ちになりながら、とぼとぼとトンカと一緒に歩き出し、先ほどリードを離した場所まで来て、それからまた森の中に入った。随分と歩いただろうか。広場に出る手前で、せっかくの散歩なのにリードをつけられたままではトンカも半分しか楽しめないだろう、そう思って、トンちゃん、頼むよ、とリードを外した。
と、驚くなかれ。さき程と同じように、素早く身を翻し、今来た道を逆戻りするために駆けだした。
「トーン!」「トーン!」「トーン!」
哀しみに満ちた声で叫んだ。
一回目の呼びかけは、まさか裏切るのかい、の意。二回目の呼びかけは、またマクドの残骸を食いに行くのかい、の意。最後の呼びかけは、お願いだから行かないでおくれよ、の意。
そうしたら、驚いたようにトンカは立ち止まった。そして、とぼとぼと戻ってきたではないか!
おお、トン!分かってくれたのかい。それからは、お互いを試すような真似はしたくなかったので、リードを付けながら家路を急いだ。まったく、マクドの魅力は魔力である。それに打ち勝つことは並大抵なことではない。
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