同僚のジェフォワの不在に違いない。
彼は先週、オフィスの皆に『7年の熟考』と題したメールを送り、去っていった。
ここ2、3年はマネジメントとの意見が合わず、冷や飯を食わされてるとし、反抗的な態度を開けっぴろげにしていた。だから、皆がいつかこの日が来ることを知っていたし、彼自身も、いつかはそうなるだろうと予測はしていたと思う。ただ、多分、想定していたシナリオとは掛け離れたものであったろう。
マネジメントとの我慢比べに遂に音を吐いたのが彼。
ノルマンディに家があり、週末はいつも海岸沿いの小さな村に幼い子供3人とマダムを連れ立って行っていた。彼自身がノルマンディの出身。中肉中背でブルドッグのような体躯。不必要な笑顔は見せず、いかめしいが、実は、真面目な顔で二言目には冗談を言っている。
ところが、兎に角言葉が悪い。罵詈雑言。正直、彼の話している言葉の半分以上は分からない。実は彼だけではない。このオフィスの女性も男性も、老いも若きも、罵詈雑言を多様する。それを使用することが、業界人としての掟の如く。
恐らく我が家では紳士淑女であり、良妻賢母(!男性向けの対語が見当たらない!)。それがオフィスに来た途端、英語だろうが、フランス語だろうが、大変なもの。
そのモデルのような彼が、実は祖父がアカデミーフランセーズの元会員であり、著名な作家であることを知って驚愕。しかも、フランスミニアチュールというテーマパーク(広大な敷地にフランスの国土のかたちに、それぞれ名所のミニチュアが精巧に並んでいる観光地)に、彼が結婚式を挙げた一族のシャトーがあるというから二度驚き。ただ、それも、彼の父親の代で人手に渡してしまったとか。
一族の末裔としての圧力を一身に受けているのか。首相官邸の近くの高級住宅街に新居を購入。呼ばれたアパルトマンは古い年代ものの家具、装飾品で埋まっていた。ギシギシと鳴く床、手狭な間取り。
引越し先としては新参者にも門戸が広いと、マダムは喜んでおり、子供たちも早速、クラスメートの誕生会に呼ばれるようになったと嬉しそう。ただ、どうやらクラス全員を誕生会に呼ぶ習慣があるらしく、それも開催地は自宅。子供を連れて行ってみると、きらびやかに着飾ったマダムとタキシードの紳士達で賑わっており、大人にはシャンペンが振舞われていたとか。各国の大使の子息が多いとも。さもありなん。マダムは、このアパルトマンには呼ぶに呼べないわ、と表情を曇らせていた。
実は彼には数度助けてもらっている。
日本のお客様から、フランスで『安全な』娼婦と一晩楽しむための連絡先を聞かれたとき。
氷点下の世界で一晩過ごしたクリオのラジオが駄目になったとき。
クリオのバッテリーがあがってしまったとき。
インジェクターが1本駄目になったとガラージで言われたとき。
車関係が中心。それでも、近所の園芸店でオリーブを2本購入したときも手伝ってくれた。
3分の1がカルバドス、3分の2が林檎ジュースの配合のPommeauを紹介してくれたのも彼。
子供や家族の話題が苦手となり、同僚とのランチが苦痛になり、いつの間にか一人でデスクでサンドイッチを食べることが多くなっており、会社のあらゆる行事に不参加(マラソンを除いて)の非社交的であった私。
そんな私を自宅に呼んでくれた彼。
ライジングスターといって、銀色の星型のメモ挟みを私の机に残して、去る。
今週木曜のボージョレヌーボ解禁日に一献を傾ける会を催している。
彼の前途を祝って駆けつけようか。いや、駆けつけねばならぬであろう。
きっと会場に人が入れないぐらい混雑しよう。
皆に愛され、去って行くライジングスター。君の前途に幸多からんことを!
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