随分前を飛び跳ねるように軽快に歩いていたトンカが急に立ち止まった。耳をピンと立てている様子からして、恐らく仲間が近くにいるに違いない。案の定、人影が見え始めた。家族の散歩らしいが、父親がリードを持っているので、犬を伴っているのであろう。両親と高校生ぐらいの少女の後ろから、ゆったりと構えた大きなジャーマンシェパードが現われた。
シェパードはトンカの3倍はあろうと思われる体躯で、トンカが飲み込まれそうに思われたが、意外に二匹は鼻で先ず軽く挨拶をすると、猛スピードでの追いかけっこをし始めた。シェパードの威力は圧倒的ながら、俊敏さにかけては引けを取らないトンカ、なかなかの見物であった。
飼い主のムッシューがにこにこと、未だ10ヶ月なんですよ、と教えてくれる。なんと、トンカとほぼ同い年。マダムがトンカの名前を聞いてくるので、シェパード君の名前を聞くと「TSUKI」と教えてくれた。「ツキ?」
ええ、そうです。「月」を意味するのです。
ええっ?日本語の名前を付けたのですか?
娘が日本の文化が大好きで、娘が選んだのです。
まあ、そうなのですか。びっくりしました。日本のアニメが好きなのかしら。
日本の文化全体に興味があるのです。お料理もするのですよ。海苔巻きも上手に作りますよ。そうそう、先日もお菓子を作ってくれました。
そうなのですか。それはすごい。お菓子って、何を作ったのかしら?
それまでちっとも会話に入ってこないで、知らんぷりしていた少女に声を掛けると、ちょっと頬を赤くして、「名前、ど忘れしちゃいましたけど、小豆で作るペーストです。でも、失敗しちゃいました。」「餡子を作ったの?すごいわねえ。」
マダムが「すごく甘いのですよね。」と言うので、塩を一つまみ入れて、砂糖の量を控えめにできることを伝える。塩を入れるなんて書いていなかったとびっくりする少女に、どんなレシピにも隠し味や敢えて書かない秘密があるものなのよ、とウインクする。
隣ではツキとトンカが、ノンストップの駆けっこを止め、地べたにへたばって休息のポーズを取り始めた。
それでは、またお会いしましょうね。そう言って、我々は彼らが来た方向に進み、彼らは我々が来た方向に進み、別れた。
こんな森の中で、小豆から餡を作る少女に出会うなんて、なんて奇遇なのだろう。我が家のバッタ達でさえ、餡は作ったことがないのではなかろうか。どんなレシピを使っているのだろう。大福にしたのかしら。餡だけで食したのでは、確かに甘過ぎるだろうけど、餡パンにしても美味しいし、フルーツにもぴったりなんだけどな。
そんな思いを巡らしながら、自分よりも三倍も大きなツキに引けを取らず、一緒に駆け回って遊び、ご満悦の様子で威風堂々と歩いているトンカに目をやる。なんだか随分と頼もしくなってきたではないか。にんまりと思わず笑みがもれる。
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