ママ!
小さな塊が腰にぴったりと腕を回し抱きついてくる。
見上げた瞳は、ちょっと心なしかウルウルしている。
パパとの週末をパリで過ごし帰ってくると、もう何年も会っていなかったかのように、これまでの会っていなかった時間を取り戻すかのように、そして、自分の場所を探すかのように抱きついてくる。もうすぐ10歳になる末のバッタ娘。
ある時、重要なことを発見したかのように、「それでママは、私たちがいない間、何をしているの?」と聞いてきたことがある。自分中心の世界観から、相手の立場を思いやる、相手の立場に我が身を置く、といったことができるようになったのかと、その成長振りにハットしたもの。
その日は、それでも、いつも以上にくっついて離れない。パリで何かあったのかな。胸が締め付けられる瞬間。
「パパがね、怒ってサインしてくれなかったんだけど、ママはサインしてね。」
そう言って、学校の練習帳を差し出す。パパが怒って、検閲のサインをしなかったものに、ママがサインねぇ。パパがどうして怒ったのか、それが分からないことには何とも言えない。サインしたくない程の酷い内容なのか。練習帳やテストに、親が検閲サインをすることはフランスの学校では常に求められている。
練習帳はフランス語の授業用。『バカンスの思い出』の題で、2ページほどの文章が綴ってある。僅かな綴りのミス以外は目立った文法上の間違いはない。ただ、事実を連ねた文章に留まっており、心情を綴ったものではない。最後に、「素敵なバカンスだった」、とは書いてあるが、どうも物足りなさが残る。その時の空の色は?嬉しかったの?楽しかったの?では、何故?お友達が遊びに来てくれたことで、何かが違った、その何かとは?いとこ達とバイオリンを一緒に演奏した時、心はどうだったの?音色は?いつもと同じだった?その時、お天気はどうだった?色、音、香り、暑さ、色んな要素を表現することで、心をも反映した文章になる。
まだ、そこまで書く力がないのか。いや、誰かが上手に誘導してあげれば、きっと、すらすらと書くに違いない。
先生の評価は『b』。妥当なところだろう。
パパはその辺を膨らませて書けばよかったのに、って思ったんだよ、ね、きっと。
「違うよ。パパとのバカンスについて書いていない文章にはサインしないって、すっごく怒ったの。」
心が凍りつく。
一年も前から夏のバカンスの為にと一軒家を借り、子供達とのバカンスを心から楽しみにしている。知っている。バッタ娘の声にも心締め付けられるが、パパの悲痛な叫びが胸を劈く。
昔、そう、もう5年以上も前。上のバッタ娘が未だ8歳の頃だったろうか。宿題の作文を読んで愕然とした。「家族でサーカスを観に行きました。」 それは、私とではない。サーカスなんて、見に連れて行っていない。胸が引き裂かれんばかりとなり、子とはかくも単純で残酷なものか、と思い知った。
私がやはり8歳の頃、夏の海の家で、暑苦しくて、寝付けないでいると、階下から聞こえてきた母の声が甦った。「子供は決して天使なんかじゃないのよ。」 母は、二つ下の叔母相手に話をしていたのだと思う。
子供であった私が、母親から語られる子供に対する一般論を耳にし、その冷徹なる分析に驚き、恐れを感じた。とは、後々考えたこと。当時は、あまりに唐突でびっくりし、一般論というよりは、自分自身のことを言われたように思い、必死にどんな意味なんだろうと、こっそりと大人の会話を聞いてしまったことへの罪悪感も相まってドキドキしながら考えたように思う。そうして、どんなに暑苦しくとも、一日太陽の下、海で泳いだ幼い身体は睡魔に囚われ、眠りの世界に入り込んでしまったのだと思う。それでも、時々、思い出す一言。
子供は決して天使なんかじゃない。
バッタ娘をしっかりと抱きしめながら、切ない思いでたまらなくなる。
さあ、夕ご飯にしようか。よし、チラシ寿司にしよう。
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今日はまた切なく胸に迫るエッセイですね。ばったちゃんは散らし寿司を食べて落ち着いたのかしら。。。ミントティー飲んだかしら。ラベンダーの香りに包まれて寝たかしら。。。
返信削除あかうなさん
返信削除優しい言葉、胸に染み入ります。。。ありがとうございます。ばった達は元気一杯、あっけらかんと眠りこけていました。チラシ寿司、おいしかったですよぉ!