携帯が震える。
こんな時間に誰だろう。
バッタ達からは、もう随分前にお休みメッセージをもらっている。
訝しげにメッセージを見ると「Hellou」。
番号は英国。
今年の春先に携帯を壊してしまって、SIMカードにメモリーを保存しておかなかったばかりに、ほぼ全てのデータを紛失してしまう。
だから、それ以前の知り合いで、頻繁に連絡をしない間柄であると、データに入っていない。
番号の連なりを見つめながら、ひょっとしたら、と思い当たる名前が浮かんだ。
彼に違いない。
元気かな、と返事を返したい気分になりながら、戸惑う。
数年ぶりの連絡。
彼が私と連絡を取りたがっている、ということは、恋人がいないのであろう。
本当はとっても気になる。元気でいるのか、仕事を首になって、その後どうしているのか。
それでも、
と思い留まる。
変な思いやりは、却って相手の為にはならないこともある。
オックスフォード大学の音楽学部に入学し、その後、学部変更をし古典語を学ぶ。同窓生達が官僚や政治家になっているのを余所にシティで仕事を開始。途中で1年ほど園芸学を学ぶために休職。
そんなちょっと変わった経歴の持ち主。アルゲリッチが大好きで、ピアノをこよなく愛す。
欧州各地を旅行していて、知識も豊富で話も面白い。話し相手としては、非常に刺激的ではある。
が、ある時、私の運転する車のスピーカーから流れ出したチェロの音色に対し、騒音だから止めてくれ、と如何にも辛そうに顔を顰めて、宣った。
あの時の凍りつくような思いをどう表現すれば良いのか。
バッタ達のパパとの問題で、辛かった時、確かに色々相談に乗ってくれた。あの時は、何もかもに自信を失い、ちょっとのことで泣いてばかりいた。
ある時、彼は言い放った。一番魅力がなくて、みっともないことは、自分が如何に辛いかと嘆いて同情を引こうとすることだ、と。だから、嘆くことはやめろ、と。人間は底のところで、本当は強くて、滅多なことではくたばらない、と。
凄く悔しかった。なんでこんなことを言われるんだろう、と思った。
でも、そのお陰で、今の強い私がある。
そうして、本当に彼が言ったように、人間は底のところで強く、簡単にはくたばらない、と実感している。
だから、彼のことは感謝している。
ただ、魔法の粉が私には効かなかったらしい。
どんなに言葉を尽くしても、いや、言葉を尽くせば尽くすほど、彼は私が彼に惚れていることに気づいていないと思い込んでしまっている。
一番、人間として、したくないこと。無視すること。それをするしか他になかった。
心を鬼にして、返事をしない。
彼は、その意味では、やはり非常に教養ある、分別ある人間なのであろう。
連絡は一日おきとなり、二週に一回となり、そうして、静かになった。
時々、突然、思いついたかのように、メッセージが届くこともあった。明日パリに行くのでランチをしよう、と誘うメッセージのこともあった。それも、ここ暫くはなくなっていた。
ひょっとしたら、パリに週末遊びに来ているのかもしれない。
どうぞ、お元気で。
携帯を前に目礼する。
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そっか~。なんだか私は電話の向こうで目礼されている方かもしれないにゃ~。みゃ~。
返信削除あかうなさん
返信削除思わぬ反応。。。なんだか、あかうなさん、救われます。はい。お心遣い感謝しますです。ぬは。