やばいぞ、と思ってはいた。
朝5時半に起きて、
コンサート様の真っ白なシャツ4人分にアイロンを当て、
バッタ達を起こし、
昨晩作った保護者向け名札と、お昼のレストラン券を忘れずに用意し、
バイオリン3つ、ヴィオラ1つ、そして譜面台5本を準備する。
何かに備えて、と、18色のペン、鋏、ボールペン、ゴミ袋を紙袋に詰める。
外は未だ煌々と月が照っていて、
久しぶりに霜のシャーベットが車全体を覆っている。
土曜の早朝のパリは未だ夜を引き摺っているようで、
エッフェル塔に光がないことが、やや異様でもある。
ユネスコ本部からは一部だけ暖かな光が漏れていて、
広場の有料駐車場に車を止めて、荷物を出すと、
バッタ達とぞろぞろと会場に入る。
警備のおじさんは到って親切。
ただ暫くすると、実際の入り口は反対側の通りの向こうで、
そちらは8時にならないと開かないと教えられる。
入場者に名札を渡す係り、つまり、受付係りであると告げると、
ウインクをしながら、セキュリティーチェックを通してくれて、
ユネスコの建物の中を通って、反対側に渡る。
そこまでは、
実にゆとりのある時間。
それからが、息つく暇のない時間に。
門が開く時間を待って、大勢の子供達や親御さん、そして先生が極寒の中を待っていて、
開門と同時に、名札を求めて受付に押し寄せる。
本来ならバッタ達は、すぐにもリハーサルの場所へ移動するのだが、
猫の手も借りたい状況。
気がつくと、第一線で活躍してくれている。
北、中央、南、とフランスを分け、
バイオリンは青、チェロはオレンジ、ヴィオラ、コントラバス、ピアノは緑。
その区分を名札作りを手伝ってくれたバッタ達は良く飲み込んでいる。
ところが、
当日のお手伝いの受付の方々には、どうやらチンプンカンプン。
そうして、てんやわんやの一日が開ける。
朝一でオーケストラ北のリハ。
しばらくして、リヨンやら中央からの部隊が到着。
その後、マルセイユやカンヌといった南仏組。
「中央」と名乗る人の名札を探してもない、
とパニくり、
おかしいと大騒ぎしたところ、
「パリ」の人間と判明。
パリは中央ではなく、オーケストラ北なので、北なのですよ!と説明。
ヴィオラがチェロと同じオレンジと思った受付の方は、
南仏からの20人のヴィオラ部隊の名札を全部作る羽目に。
まさか!
ちゃんと私が作成したよぉ!みんなの分、あるんだよ、と叫びたくなる一瞬。
会場に入りたくてうずうずするのは、子供よりも親。
名札の箱に、沢山の手がイカや蛸のように、出入りする。
結果、北も中央も南もごっちゃごちゃ。
まあ、まあ。
おっと。
リハーサルの時間ぎりぎりに、ヴィオラを持って会場に。
ここ一週間寝ていない。
ここ一週間練習していない。
大丈夫かな。
実は、前日悩んだ。
コンサートの企画担当、当日受付、昼食券担当が、オーケストラで演奏ができるのか、と。
それでも、リハーサルの熱気に鳥肌が立つ。
ヴィヴァルディの四季の春の挿入部分で泣きそうになる。
と、今度は昼食券の担当者として現場に戻る。
申込書だけで小切手が入っていない人など、
予想していた通り、確実に小切手が入っていたと主張。
子供達の引率担当の保護者からのリクエスト、
リハーサルをしている子供達とランチのためにピックアップしに来た親たちからのリクエスト、
午後のコンサートの入場券をリヨンに忘れてきてしまったと泣く家族、
入場券はないけど、ウェイティングリストに載せてくれと訴える人々。
様々な声を捌いているうちに、
午後2時半。
レストランが閉まる時間。
ビスケットチョコの差し入れがありがたい。
外はどうやら氷点下の寒さらしい。
コンサート会場への入場は15時なのだが、
もう入れて欲しいと、入り口にはすごい人だかり。
ところが、問題はコンサート会場。
なにせ、今日初めての顔合わせで、
今日初めての会場でのリハ。
練習よりも、場所決めに時間がかかっているらしく、会場には最後のリハ部隊が陣取っている。
鼻を真っ赤にして待っている人々に、
パリの時間はちょっと時差がありまして、
などと、つまらない冗談を言いながら、
謝り、謝り、会場の開場15時、と言明。
そうして、
待ちに待った開場の時間。
入り口で寒い中お待ち頂きありがとうございました、と、
一人一人に声をかけ、念のためにと入場券を拝見。
バッタの父親もその一人。
ずきん、とする。
このコンサートが終わったら、彼がバッタ達をパリの家に連れて帰ることになっている。
クリスマス休みから未だ一度も会っていないし、そう取り決めていたことながら、
胸に堪える。
大イベントのコンサートの達成感、充実感を分かち合えずに、
バッタ達と別れるのか。
そんな思いも、一瞬で、目の前の極寒の中待ち続けてくださった方々を笑顔でお迎えする。
そして、走る。
ヴィオラを手に、舞台に。
オーケストラが終わり、
今度は会場のドアマンに変身。
そうして、400人のバイオリニスト達の演奏を間近にみる。
バッハの二つのバイオリンの為の協奏曲の掛け合いを、長女バッタと息子バッタは勿論、末娘バッタまでもが一緒になって演奏している様子を見つつ、ついつい、涙腺が緩んでしまう。
一日、受付で一緒だったカナダ人のママが、どんなにか誇らしい気持ちでしょうね、と囁く。
ユーモレスクもワルツも、立ちながら、気がつくと拳まで握って見入ってしまう。
正直、最後のテーマでは、神経が完全に麻痺しかかっていて、400人の演奏に魂が揺さぶられる、と言うよりも、これが終わって、どうやって、自分ひとりで、明かりのない家に帰ることができるんだろうか、との漠然とした悲しさを感じ始めていた。
だから、オーケストラ全員でのドライユアティアーズは、
ほぼ意識がなく、
悲しいことに、弓を張ることさえ忘れてしまって、
悲惨な演奏に。
意気消沈。
そんなところに、
パパが登場して、バッタ達をさらってしまう状況になったら、もう、崩れてしまうと思っていた。やばい、と。
朝持参した5本の譜面台の行方を捜しに舞台裏に行くとき、
つい、長女バッタに泣き言を言ってしまう。
ママを一人にしないで、と。
びっくりした長女バッタは、すぐにパパと交渉しに飛ぶ。
譜面台は見つからず、悄然として戻ると、バッタ達は消えていて、バイオリンだけが残っている。
崩れてしまう。
怒りよりも悲しみが先に出てしまう。
こんなに大変な思いをしたことの結果が、
こんなに大変な思いをしたことの結果が、
これなのか。
これから待っている後片付けと、その後遅くに、バッタ達のバイオリンを一人で抱えて、どうやって車に運ぶのか?昼食だってとっていないし、夕食の時間はもうとっくに過ぎている。
と、長女バッタが泣きそうな顔で、寄って来る。
ママ、私、どうしたらいいのか分からないよ。
そうか。ごめん。
長女バッタは残ってくれた。ママはもうちょっと頑張ろう。
ママが泣き崩れたら、子供は共倒れ。
よっしゃ。もうちょっとだけ。
長女バッタが舞台裏で譜面台を5本揃えて見つけてくる。
さすがだ。
元気が出てくる。
レストランの食事券と小切手の会計を〆、責任者に説明、手渡し、全て完了。
心身ともに燃焼し尽してしまう。
僅かに残ったエネルギーで車を動かし帰宅。
長女バッタと慌ててベッドにもぐりこむ。
隣に寝にくるかな、と半分期待したが、
彼女は自分のベッドで安らかに寝息を立て始める。
もう、あまり考えることさえもできなくなる。
瞼が重くなる。
。。。
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