2022年11月17日木曜日

灯火

 




気が付いたら外はもう真っ暗だった。時計を見れば既にトンカの夕食の時間を半刻も過ぎていた。どうりで、さっきからひっきりなしに膝の上に乗ろうとしたり、ポケットに鼻を突っ込んで甘えたりしていた筈。慌てて全てのファイルを保存し、アプリを閉じ、コンピューターを消した。


さあ、表に行こうか。


朝夕、暗い中での散歩となるので、トンカ用にLEDライトの首輪、そして自分用に懐中電灯付きヘッドバンドを買っていた。その威力を試すに格好の日和ではあるまいか。


しかし、どうやらそう思っているのは私だけで、トンカはちっともその気がないことが判明した。雨が降り始めたので、防寒具に身を固め、防寒靴を履き、勇んで表に出たものの、トンカがついてこない。戸口で恨めしそうに雨空を睨んでいる。


いや、待ってよ。君が外に出たいとねだったのじゃないか。雨が降ってくるとは思っていなかったって?でも、一日中家にいたのだし、外の新鮮な空気を吸って、することをしないと。


転がっていたテニスボールを手にすると、雨に濡れてぐっしょりとしていた。それを遠くに放ってやると本能なのだろか、一旦外に出てボールを取りに行くが、すぐに玄関口に戻ってしまう。トンカの好きなサッカーボールでも同じだった。


仕方がない。あまり上品な手段とは言えないが、煮干しで釣ってみることにする。と、煮干しをもらう時だけ一瞬外に出て、その後身を翻して家に戻ってしまった。


そこまで雨に濡れることが苦手なのか。唖然としてしまう。


ここで諦めてしまったら、雨の日はいつだって外にでなくなってしまうし、そうでなくとも家の中で暴れまくり、せっかく齧らなくなったパイナップルの植木や、ぎっしりと本やノートが入っている本棚が危ういことになりかねない。しかも、未だ用を足していないではないか。


こちらの思いが伝わったのか、数度目のテニスボール作戦で松の木の下にトンカが来た隙に、大急ぎで家の戸を閉めて、外に連れ出すことに成功した。さあ、いざ出陣。


雨は小降りになってきたものの、やむ気配はなく、むしろ風が強くなってきていた。ヘッドバンドの懐中電灯は高性能で、かなり遠くまで明るくしてくれ、夜道でも怖がらずに歩いていける安心感を与えてくれた。トンカのLEDライトも抜群の威力を発揮し、トンカが動くたびに青い蛍光色のバンドが動き、暗闇の中でもどこにいるのか分かりやすく、車道の運転手に喚起を促すことが出来る点で二重丸の商品だった。


肝心のトンカは、一旦外で出てしまうと、時々立ち止まって身震いをし、濡れてしまった体から水滴を振るい落とそうとする以外は、いつも通りに足取りで、嬉しそうにさえ見受けられた。


せっかくだから、森のいつもの散歩コースに行ってみようか。小径はところどころに水溜まりが出来ていて、泥沼が潜んでいたりしたが、懐中電灯のお陰で存在を事前に察知することができた。だからといって、それを避けることができるか、ということは別問題ではあった。


風雨が激しくなってくると、藪にトンカが入り込んでしまい、恨めしそうにこちらを見つめて動かなくなってしまった。懐中電灯を近くて当てられて、トンカの目は異様な光を反射して見えた。暗闇で見えなくなるからと、リードを外していなかったが、LEDライトの首輪もあることだし、思い切ってリードを外すことにした。


自由の身になったことを知ってか、藪から飛び出て来たトンカは、それ以降は藪に入り込むことなく、いつもの散歩コースを、いつものペースで速足で歩き始めた。


首輪が光るので、トンカがどこにいるのかが分かることは、非常にありがたかった。そして、二つのつぶらな瞳がこちらを見ていることも、懐中電灯が捉えてくれるので、それもありがたかった。いつも以上に、こちらの様子を見守っているように思えたが、気が付かないだけで、ちゃんとこちらの状況を確認しつつ歩いていたのかもしれない。


風はどんどんと強くなり、嵐の様相を呈してきた。外套は雨でぐっしょりと重くなってきたが、防寒靴はありがたいことに足が濡れるという最悪の状況から、しっかりと守ってくれていた。


時々、前方でトンカが振り返る。走り寄ってこちらを見上げる。最初は煮干しのおねだりかと思ったが、どうやらそうではなく、近くで存在を確認したいのだろうと思われた。そうだよね。こんな嵐の夜に、酔狂にも散歩だなんて。トンカと一緒に、手をつないで歩いているような錯覚に陥る。


雨は止みそうになく、風はますます強くなっていた。トンカと二人、暗闇の中をLEDライトと懐中電灯を明るく灯しながら、心にも明るい灯火をともして、家路を急いだ。



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