夕方の森の散策に行った時のこと、同じような時刻に同じような場所で、三回繰り返して背広姿の紳士を見かけた。それはスーツというよりも、背広と言った方がしっくりとくる仕立ての良さが感じられるもので、これまたベストというよりはチョッキと言ったほうがしっくりとくる、きちっとした三つ揃いだった。
誰から教えられたわけでもないし、その場を見たわけでもないのに、その紳士が森の外れの塀沿いの隅に一年前から張られてあるテントの住人であると確信した。
森の中に穏やかに馴染む茶色の三つ揃いは、恐らく男性の一張羅であると思われた。ちょっと開けた叢の遠くに佇んでいたので、普通なら気が付かないかもしれないが、兎の様に広い叢を駆け抜けるトンカの姿を目で追っていたので、小径でもない場所に人間の姿を認めて、一瞬どきりとしてしまった。そして、一張羅の三つ揃いであることから、その異様さに胸騒ぎがした。毎回同じ場所であることにも、なんだか変な気がした。
ただ、遠目ながらも道に迷って困っている様子でもなく、人生に疲れてまさかの行動を起こす切迫感も感じられなかったので、特に近くに行って声を掛けることはしなかった。
人生色々で、人それぞれ多くの思いを抱えて生きている。一回目は先立たれた妻の命日だったのかもしれない。二回目は結婚記念日だったのかもしれない。ひょっとしたら、三回目は風来坊の生活にピリオドを打つと決心した日だったのかもしれない。
偶然のことなのか、やはりあの紳士がテントの住人だったのか、真相は謎ではあるが、森の外れの塀沿いの隅にテントが張られていた場所に、もうテントはない。そして、三つ揃いを着こなした紳士を森で見かけることもなくなった。
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