2022年6月6日月曜日

千人の乙女

 







トンカの温かな息遣いを膝に感じながら、YouTubeで人口知能のAI様が私の趣味嗜好を慮って選んでくれた記事を何のことなく覗いていた。最近は犬のしつけや、大型犬の飼い方、保護犬の問題などをテーマとしたものが多い。その中で、「ミルフィーユ」をプロ並みに作る方法を丁寧にアップしている動画を見つけた。


よし、これに挑戦しよう。早速俄かシェフに変身。Yuvuzela亭を臨時オープンし、お向かいのマダムにサービスしなきゃ。もう作る前から、完成品を夢見、それをどう愛しい人々に愛でて喜んでもらえるかを考えてしまう。


さくさくの香ばしいパイが焼きあがり、ぷるるんとしたさっぱり系のカスタードクリームが冷たくなると、気を引き締めてモンタージュに取り掛かる。パイ生地にフォークで穴を開ける作業を怠ったために、ばっくりと膨らんで焼き上がってしまったものを、上からざっくりと押さえつけ、その後パウダーシュガーを掛けてキャラメリゼする。これを二回したので、ちょっと焦げてしまっていないかと心配。


庭の片隅に咲いているローズ色の薔薇を飾りにして、マダムに献上すると、マダムが歓喜の声を上げてくれた。そう、これを待っていた。これを聞きたくて、この反応を見たくて半ば作っているようなもの。味わっている姿こそ見ることはできないが、デザートは目で味わう部分が半分以上占めていると勝手に解釈している。


遊びに来ている息子バッタが感心したように見入っている。そして徐に、「ママ、もう一回このデザートの名前を言ってみてよ。」と言うので、「えっ?ミルフィーユでしょ。」と言うと、「ねえ、日本語で言わないで、フランス語で言ってみて」と返ってくる。


ちょっと待った!「mille-feuille(ミルフイユ)!」と叫べば、「そうだよ。ミルフイユ。ママ、日本語のレシピを見たの?ミルフィーユって、mille-filleじゃない。」と、携帯で調べ、「ええっ?日本ではミルフィーユって言うの?変だよ!」と大騒ぎ。そう、日本語で「ミル」と打ち始めたらすぐに「ミルフィーユ」が提示される。だって、喫茶店でも、お菓子屋さんでも、「ミルフィーユ」だもの。


ええ????


初めてmille-feuilleなるお菓子を日本に紹介した人物は、分かって誤記したのか。今頃、こっそり仲間内で笑っているのではないか。ミルフィーユとなると、「千枚の葉」ではなく、「千人の乙女」となってしまうのだから。


フランスのカフェやお菓子屋さんで、ミルフィーユを注文しようとしたら、ゆめゆめ「ミルフィーユ」なんて発音をしてはならない。「千人の乙女」だって?と変人扱いされるか、大笑いされるかのどちらか。いやいや、発音がちゃんと聞き取ってもらえないだろうから、安全だって?ま、そうかもしれないけれど。だから、私も今まで気づかなかったのだろうか。


ミルフイユ、今更名称変更なんて、日本では無理だろうな。


では、気を取り直して、「ミルフィーユ、千人の乙女」を味わいましょうか。




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