2021年7月7日水曜日

書く力

 




親が日本人だからと言って、子供たちが日本語の読み書きができるようになるわけではない。特に日常の生活が日本語環境ではない場合、本人の努力が大いに必要となる。モチベーションも持ち続ける必要がある。


バッタ達が幼い時は、日記一つ書くにしても容易ではなかった。赤ペン指導どころか、文章をまるまる親が書くことが多かった。それはそうだろう。日本語で本の読み聞かせを十分していたわけでもなく、ひらがなが書けるようになったからといって、急に文章が書けるようになるわけではない。


親が書いた文章を読み、そして、書く、或いは、親が口頭で伝える文章を聞き取り、書くといった練習を積み重ねることで、いずれは自分で書けるようになるとの信念で、私が文章を書いたり、読み上げたりしたものだった。


感想文も随分と手伝ったものだった。私自身が書くことが好きなことから、ちょっとやり過ぎてしまった感は否めない。それでも不思議なことで、高校生にもなると一人で小論文を書けるようになったのだから驚いてしまう。


そして今や状況は逆転し、私が公式文書をフランス語で書いた際、バッタ達に添削してもらっている。ところが、驚くほど厳しいのだから、時々閉口してしまう。特に長女バッタ。ちょいちょいちょいと彼女の創造力でママが謂わんとしていることを汲み、書き上げてくれてもいいようなものなのに、「ここには、こういった内容を書くと良い」とか、「この部分は一つにまとめてみたらどうか」など、示唆するに留めてしまう。


ああでもない、こうでもないと文章を書き加えて初めて、訂正してくれる。


しかも、ちゃんと「いつまでに仕上げたい文書か」と、期限を聞いてきて、自分の時間を割くタイミングを決めるのだから、感心してしまう。


それに、毎回、「なかなか分かりやすく良くまとまっていると思うよ」など、先ずは褒めてから、色々訂正箇所を指摘するのだから大したもの。


バッタ達に言わせると、誰かに全文章を書いてもらう事ほど、情けなく、かつ、自分の文章スタイルではないから使いたくないとのこと。幼い時の体験からくる悟りだろうか。


いずれにせよ、頼もしいことこの上ないが、なかなか完成までこぎつけずに、電光石火の如く仕上げたい私にとって、大いにもどかしい。いや、とんでもない。こんなに真剣に私のフランス語の文章を訂正してくれるのだから、心底感謝せねば。さあ、今夜も一つバッタ先生のご指示を仰ぎ、文書作成に取り掛かろうか。



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