2023年12月3日日曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~出発編 ラメチャップ(恋に落ちて)








ラメチャップの空港は、お宿から目と鼻の先だった。未だ暗い中、空港に近付くとトレッカー達が賑わっていて、ペルーのマチュピチュ行きの電車に乗る駅を思い起こさせた。と、中型車が柔らかなクラクションを鳴らし、すっと隣に寄って来た。Rajさんが何か話している。運転手がにこやかに手を振るものだから、こちらも釣られて大きく手を振った。



Rajさんが、昨日我々をカトマンズからラメチャップまで乗せて来た車の運転手だと教えてくれた。ええっつ?夕方到着し、あれから彼は夜道をカトマンズに帰った筈だった。いや、確かにカトマンズに帰り、夜中に今度は別のトレッカーを乗せて、ラメチャップに戻って来たのだった。休憩時間などないに等しい。




それって、過労運転ではないだろうか、と咄嗟に思った。旅行会社に運転管理責任が問われそうだが、ここはネパール。働き方改革など実施している筈はなく、働きたい者や稼ぎたい者が自己責任で身体を張って仕事をしている社会であることを、突きつけられた思いだった。


件の運転手は特にどこかの旅行会社の専属ではなく、組合に所属し、旅行会社のオファーに個別に応じるとのことだった。今はヒマラヤトレッキングのハイシーズン。12月を過ぎると寒過ぎて、降雪もあり、春まではシーズンオフとなる。そして夏は夏で雨季となり、10月まではシーズンオフ。仕事が全くない時期が年間で半分以上あるということになり、稼げる時に稼ぐ、という姿勢が基本なのであろう。




空港では、荷物検査に時間がとられた。リュックの重さを計り、中身の検査を一つ一つする。担当者が大勢いるようで、実際にリュックの中を検査する人間は少数なので、効率的とは言い難かった。ライターの有無を口頭で聞いていたが、多くのトレッカーが渋々ライターを取り出して捨てているのを見て、おいおい、と思わずにはいられなかった。預ける荷物にライターはダメだろう。



小さな国内線の空港なのだが、乗り入れている航空会社は3社あるようで、だからこそ小さな空港はごった返していた。少しでも視界不良の天候の際には、飛行機は飛ばないと聞いていた。東の空が明るくなるにつれ、ラメチャップは快晴になるだろうことが分かった。ルクラも快晴であって欲しい。祈るような思いだった。


予定の時間になっても滑走路には飛行機の姿は一つもなかった。一方で、我々の荷物だけはカートに載せられ、いつでも飛行機に運び込まれるようにスタンバイされており、その様子に少しは安心もしていた。


昨夕は、半袖で十分な程の気温であったのに、朝は吐く息が白く思える程に冷え込んでいた。飛行機を待ちながら、Rajさんに昨夜犬たちの遠吠えが賑やかだったが、良く眠れたかと聞いてみた。「確かに夜中になって、犬の鳴き声が聞こえていましたよね。犬たちは、寒いよ、寒いよ、と言い合っているんですよ。」なんだ、そんなことか、とばかりに、そんな返事が返って来た。


ネパールの犬たちはフランスの犬と違って、皆放し飼いだし野良犬も多いだろう。ぬくぬくと我が家のソファーで、毛布の上に寝そべっているトンカとは違うのである。そうだったのか。彼らは寒かったのか。だからあんなに、心細そうな声で鳴いていたのか。


本当のところは分からないし、真実など大した意味はない。けれども、夜中の犬の掛け合いのような遠吠え合戦の背景を、こんなに優しく説明してもらおうとは思いもしなかっただけに、心底驚いてしまった。そして、その時、そんな解釈をするRajさんを生み出したネパールという国に、すとんと恋に落ちてしまった。



前日の盲人の父親をもつ家族に対する、村人たちの態度を思い出していた。カトマンズで、信号機のない、車やバイクががんがんに走っている通りを、えいやで渡った時のことを思い出していた。皆、なんだかんだと停まってくれた。驚くなかれ。交通事故は滅多に無いという。




皆で助け合って、共に生きていく、そんな社会に思われた。そして、それはルクラに入り、エベレスト街道を歩くにつれ、確信に変わっていくのであった。



漸く我々の乗る飛行機が滑走路に姿を現した。できたら左側の座席に乗るように、とのRajさんのアドバイス通りに、母、相棒、私と皆それぞれ左側の座席に乗り込んだ。12人乗りの小さなプロペラ機は、想像以上にゆるやかに上空に舞い上がった。小さな窓からは、純白に輝く8000メートル級の山々の連なりを見渡すことができ、食い入るように見続けた。









---------------------------------------------------------------------
夢のエベレスト街道トレッキング(これまでの章)

プロローグ

カトマンズ編 出会い 

カトマンズ編 迷子

カトマンズ編 コペルニクス的転回

カトマンズ編 政治談議

出発編 ビスターレ、ビスターレ

出発編 ラメチャップへ(人生観)

出発編 ラメチャップ(深淵)



にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています

PVアクセスランキング にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿