パクディンのロッジでは、遅い昼食をAmmaと私のみでとったように記憶している。相棒の調子は、ここでも今一つで、確か早々に寝入ってしまったように思う。ダールバートに舌鼓を打つ私の傍で、Ammaは所謂チャーハンに、溶き卵をさくっと焼いただけのシンプルな卵焼きが定番となっているオムレツ付きフライドライスを、時間を掛けながら食べていた。が、それも半分以上は残してしまった。
懸念していた通り、Ammaは体調が振るわず怠いようで、喉の痛みに加え、咳が出るようになっていた。高山病向けの薬はあるが、風邪薬は持ち合わせていない。痛み止めのアスピリンも、錠剤の数が少なくなってきていた。
ロッジに向かう手前に、目を見張る立派な建物に、残念ながら手入れが行き届いているとは言い難い、豪勢な庭園を持つシャングリラリゾートという、宿泊施設があった。シャングリラグループの系列なのだろうか、と思ったのでよく覚えている。その隣にドイツの支援で建てられた病院があることを、Rajさんが教えてくれていた。
相棒が言い出したのか、私が思いついたのか、詳しいことは忘れてしまった。とにかく、そこに行って薬を買ってくることになった。早速厨房の入り口にいたRajさんを見つけ、新たなミッションを担ったので、遂行すべく助けて欲しい旨伝えた。
薬を買いたいので、病院に連れて行ってはくれまいか、と言うと、勿論ですよ!となり、すぐに一緒に外に出てくれた。ひと休みしていたところを連れ出してしまったことを詫びると、いつもの笑顔で、大丈夫ですよ、と言ってくれた。Rajさんが「大丈夫」と言うと、本当に大丈夫だと思えてしまうから不思議だった。彼の「大丈夫」に何度救われ、何度甘えたことか。
病院は、思っていた通りにシャングリラリゾートに隣接しており、小洒落た小径の奥にある瀟洒な建物だった。中に入ると受付に女性がいて、丁度男性に薬を渡しているところだった。解熱剤と風邪薬を少々買いたい旨告げると、非常に高飛車な言い方で、ここは病院であり薬局ではない、従い患者を診るが、薬だけを販売することはない、と撥ねつけられた。
そして、初診料は75ドルです、と印刷された紙を指さした。母と妹が具合が悪くて寝ており、とてもではないがここまでは来れないと告げ、お願いなので薬を分けて欲しいと懇願した。しかし、けんもほろろに断られ、険悪な空気が流れた。
一瞬、私が診てもらい、薬を処方してもらおうかとの思いが過るが、その思いを口にする前に、Rajさんが、ディディ、もう行こう、と私を出口に促した。75ドルも支払うなど馬鹿げているし、薬なら誰かが持っている筈だ、と言うのであった。
病院は確かに薬局ではない。それでも、パクディンには他に薬局などないのである。具合が悪くなった人を救おうとするのが、医者の使命ではあるまいか。そんなことを言っていたら、誰も診察料を払わずに、薬だけを買うことになり、人件費や運営費が賄えない、となるのかもしれない。病院側の言い分も分からなくはないが、妙に腹が立った。
一体、誰が75ドルの初診料を支払えるのか。旅行者料金で、地元民には別の料金体系になっているのだろうか。誰も使えることが出来ない、立派な箱だけを用意しても、何もならないではないか。
Rajさんも、Rajさんで、腹を立てているようだった。その勢いで、ネパールの現政権の一党独裁の問題点、中共に取り込まれてしまったこと、王政復古を願う動きが次第に多数派になってきていること、などを語ってくれた。彼と政治の話が出来たことが、新鮮で嬉しかった。
ロッジに戻ると、Rajさんは食堂に行き、仲間のガイドさんに薬を持っていないか聞いてくれた。聞かれたガイドさんは、もちろんだよ、と快く応じてくれ、翌日はルクラに戻るのでもう必要ないので好きなだけ使うといいよ、とバファリンを思わせる白い錠剤と、細長い茶色い錠剤を持ってきてくれた。白が解熱剤で、茶が喉の痛み止めだと教えてくれた。
その夜、Ammaは咳込むこともあり、体調が良くなっているとは言い難かった。改めてAmmaの年齢を思った。ここで無理をしてはなるまい、そう思う一方で、もしももう一泊することになれば、当然のことながらルクラからの便は一日遅らせることになり、宿代が一日分増えるだけでなく、航空チケットも日程変更による料金が発生するかもしれない、と思った。
保険が効くのは、病気の本人のみだけで、私や相棒には保険が効かないのかもしれない。恥ずかしいことに、私は母の容態を心配するよりも、自分の財布を気にしてしまっていた。そして、純粋に母の容態が回復するようにと祈ると同時に、何とか翌日はルクラに向けて無事に出発できるようにと、願うのだった。
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