部屋に落ち着くと、ごんごんとしたドゥードコシ川の瀬音が耳に入ってきて、ああパクディンに戻って来たのだとの感慨が強くなった。寒空が広がる部屋の外では、もうすぐ日も暮れるであろうのに、男性が洗濯物をしていた。これから干しても乾くのだろうか。
夕暮れ時の凍てつく中、ナムチェのロッジの前の通りで、若者たちが上半身裸で身体を洗っている光景に出くわしたことを思い出した。恐らくルクラから荷物を背負ってきたポーターさんたちだろう。泡のついた身体を一瞬にして水で綺麗し、タオルで拭くことなどせず、同時に洗ったと思われる固く絞ったシャツを、さっと着ていた。
高蓄熱・吸水速乾・抗菌防臭効果を備えた高機能シャツを二重に着込み、その上にフリース、ダウンを着ている我が身と比べ、なんたる違いであろう。我々の二人のポーターさんも、いつでも裸足にビーサンだった。高山病など、彼らの辞書にはあるまい。
それでも、当たり前のことながら体調が悪くなったり、風邪を引くこともある。ある時、我々の荷物を取りに来たポーターさんが、別の部屋の荷物も一緒に持って行こうしている場面に出くわした。ポーターさんの表情と、わずかな会話で、彼が特に間違っているわけではないことが感じ取れた。
その時は、大抵2人分の荷物を一人が運んでくれる勘定なので、我々は3人の荷物しか預けていないことからも、余裕があって別の仕事も請け負っているのだろと思った。それが、実はそうではなかったことが、ひょんなことでRajさんとの会話で判明した。
体調が悪くなったポーター仲間の荷物を、運ぶことがあるという。目的地が同じでない場合は、途中で別の仲間に託すこともあるらしい。そうやって、当たり前の様にお互いに助け合って、仕事の穴をなくし、時には過酷なトレッカー達のスケジュールに合わせてくれているのであった。
ガイドにしても同じだろう。Rajさんも、一度デング熱で一週間ナムチェのロッジで寝込んだことがあった。彼が引き連れていたチームは、エベレストベースキャンプに無事到着して戻って来たと言っていたので、詳しくは聞かなかったが、誰か別のガイドが彼の代わりにカバーしてくれたものと思われた。
契約以外の仕事はしない、時間外労働の無報酬は搾取である、といったマインドが濃厚なフランスで既に半生以上生きてきた。時に、俺はアジア女性は苦手なんだよ、と公言し憚らない同僚と仕事をし、社内で会っても無視され、会議中に存在さえ無関心であるかのように遇され、フランスが如何にあらゆる意味で階級社会であるかを見せつけられてきた。
確か、あれはやはりナムチェのロッジであったろうか。我々と同じ階の外廊下の手すりに、二人分の山靴と、恐らく洗ったのであろう靴下が干されてあった。ナムチェでは高度順応のため最低二泊することからも、その機に洗濯をするトレッカーは少なくない。彼らもそうなのだろうと、ぼんやりと思っていた。
ところが翌朝、くだんの外廊下で、ポーターと思わしき男性が床に膝を付けて荷物の準備をしているではないか。開け放たれたドアから見えた部屋は、寝袋や洋服が散乱していた。Business is business なのかもしれない。それをすることによって、彼は報酬を得ているのかもしれない。何も知らない私が、勝手に解釈すべきではないことは承知している。
それでも、私の胸は痛んだ。
お前だって、荷物をポーターさんに持ってもらっているではないか、と言われるかもしれない。ひょっとしたら、高山病でヘリコプターで運ばれるトレッカーの荷物を、ポーターさんが取り纏めてくれていたのかもしれない。そうかもしれない。むしろ、そうであって欲しい。
凍てつく寒空で、身体を洗っている青年たちの笑顔は爽やかだった。私が感じる幸せが、このヒマラヤにはある。
私は寒空の中で、高機能シャツやダウンを着ているし、靴下も二重に履き、軽量ながらも防水のトレッキングシューズを履いている。それでも、いや、だからこそ、こぼれんばかりの荷物を背負っているポーターさん、重い米袋やガスボンベを背負ったゾッキョやロバたち、彼らを率いる人々への畏敬の念は膨らむばかりである。そして、彼らの手を取って、一緒に歩んでいきたいとの思いも、ドゥードコシ川の瀬音のようにごんごんと溢れてくるのであった。
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